第十六話 太陽の塔の影
休日の朝、自宅にいたほのかのスマホに九条から電話がかかってきた。
「今日は、外に出てみるか」
「外って、どこにですか」
「万博記念公園だ。当時の記録を探すなら、資料室にこもるだけじゃなく、実際に現地を歩いてみた方がいいこともある」
「それは、そうですけど……。今日ですか?」
「ああ。都合が悪いなら別の日でもいい」
「いえ、大丈夫です」
こうして二人は、万博当時の痕跡を探しに、公園を歩くことになった。
広大な公園の中央には、あの有名な「太陽の塔」が、変わらぬ姿でそびえ立っていた。
「間近で見ると、迫力ありますね」
「一九七〇年当時は、この塔を中心に、世界中のパビリオンが立ち並んでいたらしい」
九条は事前に調べてきた資料を片手に、公園内を歩きながら説明を続けた。
「日本の博覧会史上でも、最大規模の万博だった。世界各国から、多くの品々や人々が集まった」
「その中に、今、博物館に収蔵されている品々のルーツがあるんですね」
「ああ。当時のパビリオンで展示されていた品の一部が、閉幕後、いったん別の施設で保管され、その後、この地に設立された民族学博物館へと引き継がれた、という経緯がある」
二人は、当時のパビリオンの跡地を示す案内板を辿りながら、公園内を歩いていった。
「このあたりに、東南アジア地域のパビリオンが集まっていたらしい」
九条が、資料の地図と照らし合わせながら言った。
「水岡さんが見た箱も、この辺りにあったのかもしれませんね」
「可能性はある」
二人は、しばらくその場に立ち、当時の様子を思い浮かべようとした。けれど、今はただ緑豊かな公園が広がっているだけで、当時の面影はほとんど残っていなかった。
「万博が終わった後、多くのパビリオンは解体されたんですよね」
「ああ。展示品の一部は、各国へ返還されたり、他の施設へ移管されたりした。だが、その過程で、記録が追いつかなかったものも、少なくなかったらしい」
「だから、地下に眠ったままの品が、まだあるんですね」
夕方近くなり、太陽の塔の影が少しずつ長く伸び始めた。
「そろそろ戻るか」
「あ、待ってください」
ほのかは、ふと視線を感じて公園の一角に目をやった。
太陽の塔の影が伸びる方向、その先に、見覚えのある小さな影が佇んでいるのが見えた。
「タビ?」
声に出すと、影はゆっくりとこちらを向いたように見えた。
「こんなところにも、来られるの?」
九条も、その方向に目を向けた。
「……本当に、あそこにいるのか」
「見えるんですか」
「いや、はっきりとは……。だが、何か、視界の端にちらつくものはある」
タビは、ゆっくりと動き始めた。太陽の塔の影が伸びる方向、公園の奥へと歩いていく。
「追いかけてみましょう」
ほのかは、九条を促してタビの後を追った。
公園の奥、あまり人の訪れない一角に、古い施設の跡らしきものが残っていた。コンクリートの基礎だけが、草に埋もれるようにして残っている。
「これは……」
「案内板があるな」
九条が朽ちかけた案内板を見つけた。文字はほとんど読み取れなかったが、かろうじて「旧・地下展示施設跡」という文字が読み取れた。
「地下展示施設……?」
「万博当時、いくつかのパビリオンには、地下にも展示スペースが設けられていたと聞いたことがある」
九条は、手帳にメモを取りながら続けた。
「もしかすると、この施設が、現在の博物館の地下収蔵区画と、何らかの形でつながっているのかもしれない」
ほのかはタビの姿を探したが、いつの間にか、その姿は見えなくなっていた。ただ、古い施設跡の入口があったと思われる場所に、崩れかけた階段の跡だけが、かすかに残っていた。
「タビは、ここに向かって消えたんですね」
「ああ。まるで、この場所と、博物館の地下とを、結びつけようとしているかのようだった」
その日の帰り道、二人は万博の歴史について、さらに詳しく調べる必要性を感じていた。
「長谷さんに、もう一度話を聞いてみるべきかもしれません」
「ああ。今度は、こちらもある程度の材料を持って、話を聞きに行った方がいいだろう」
「材料、ですか」
「台帳の記録、水岡さんの証言、そして今日見た施設跡。これだけの状況証拠が揃えば、長谷さんも、何かを話してくれるかもしれない」
九条はそう言いながら、公園の奥にそびえる太陽の塔を、もう一度振り返った。
「あの塔は、当時の万博の象徴だった。だが、その裏側には、記録されなかった多くの品々や、名前の残らなかった人々の物語もあったはずだ」
「その物語を、今、私たちがたどっているんですね」
「そういうことになるな」
二人は、万博記念公園を後にした。
夕暮れの光が、太陽の塔を茜色に染めていく。




