第48話 ナナリエたちの夏休み
「アンリ〜」
ナナリエとエンジュは楽しそうに両手を広げながら上空を通過していく。そのまま広葉樹の葉のかげに消えて、あっという間に見えなくなってしまった。
「あれぇ。行っちゃったけど」
「着陸角度が適正でなかったのだろう」
「エンジュはともかく、あいつもあれ乗るんだ。体幹強えな」
青空を眩しそうに見上げるソラリスの横で、ハルジオンが軽く笑った。
「ナナリエは子どもの頃からエンジュと山で遊び回っていたからな」
「なんだよ。ハルジオンがあいつのお兄様じゃなかったのか」
ソラリスが意外そうに言った。
ナナリエも山遊びをしていたのか。だからあんなに足腰がしっかりしてるんだな。
そんなことを考えていると、見上げた先とは違う方向から二つの影が再び接近してきた。先ほどより飛行速度が増している気がする。着陸する気あるのかな。
「私が先よ!」
「僕も負けないから!」
二人の怒鳴り合う声が空から降ってくる。
「……ああ。あれは兄貴分って感じじゃないな。同類だ」
ソラリスが呆れ果てた声で苦笑いをした。
「同類か。……同等というべきかもしれないな」
ぼそりと言ったことが気になって、ハルジオンの表情を確認した。私の視線を感じとったのか、ハルジオンはすぐにこちらを見て微笑んだ。ぼそりと呟いた時の表情はすっかり隠されていた。
「幼い頃は、エンジュがナナリエと対になる双王候補と言われていたくらいだ。根底にある気質は似ている二人だからな」
「似てるかなあ?」
「エンジュが王になる予定だったのか」
ソラリスが空から視線を外した。青空みたいな目でハルジオンを真っ直ぐに見る。
「あくまで周囲がそのように評価していただけだ。正式な話としては持ち上がったことはない」
空中でナナリエが一回転した。足はサーフボードに張り付いたように離れなかった。すごい遠心力だ。どんな速さで飛んでるんだろう。
ナナリエはポニーテールをなびかせながら急降下を始めた。
「えっ。あの速度で降りてくるの!」
あれが自転車だったら、止まる気ない速さだよ。ブレーキかけたらつんのめる。私が大きな口を開けて空を見上げると、ギラついた目のナナリエと視線がぶつかった。
「安心して! 進入角と失速速度は計算済みよ!」
「軽く追い風だよ! ちゃんと計算に入れてる?」
後ろを追うエンジュが大声を張り上げている。
「もちろんよ!」
ナナリエはいっそう鋭く笑った。そしてなんか、すごく私を見ている。
「ひいっ! 来る! ナナリエが来る〜!」
「お前は落ち着け」
ハルジオンとソラリスの声が重なったとき、私の頬を疾風がかすめた。
通り過ぎた風を追って振り返ると、片手で押さえたサーフボードに膝をつくナナリエの背中があった。
「待たせたわね」
深くスリットの入ったワンピースの裾を整えながら、ナナリエが会心の笑顔で振り返った。ポニーテールが虹色にきらめいている。ピンチに現れたスーパーマンみたいな登場まで似合うなんて!
「ナナリエは無茶するなあ」
エンジュはゆるやかに減速して、舞い落ちる木の葉のように静かに地面に降り立った。それでも、いつも布をたっぷり使っているエンジュの衣も乱れ、緑色の三つ編みもほつれていた。
エンジュは乱れた衣を整えつつ、楽しそうに笑った。
「アンリも乗る〜?」
「いや、さすがに無理」
「アンリの星にはこういうのないんでしょ。楽しいよ」
ふと、一ヶ月ほど前の記憶が蘇った。
「ねえ。突然、王都にやってきた日も、こうやって神殿から飛んできたの?」
ハルジオンが議会で諸々の宣言をしたあと、一刻も経たないうちに、髪も服も謎に乱れたエンジュが琥珀宮殿に怒鳴り込んできたんだ。
「そうだよ。飛んで来たって言ったでしょ」
エンジュは髪を編み直しながら目を丸くした。ハルジオンを問い詰めるために空をサーフィンしてきたのかあ。本人は真剣だったんだろうけど、絵面は面白い。
ニヤニヤ笑っていると、ナナリエが宙に浮かせたサーフボードを私の前まで運んできた。
「これがカレンダエ最速の移動手段よ。軽量だし、免許もとりやすいわ」
「十五になったら免許を取れるぞ。アメジスト宮で講習受けるだけ」
ソラリスがサーフボードをコンコンと軽く叩いた。
「まだ半年も先ね。アンリの個体認証年齢を十五歳にしておけばよかったわ」
本気で悔しがっている。ソラリスが呆れ顔で肩をすくめた。
「お前って真面目そうなのに倫理観おかしいよな」
「あら、アンリの年齢は、遺伝子検査で算出したものだから多少の誤差はあるのよ」
ナナリエとソラリスが言い合っている間に、エンジュはかまどの火を見るハルジオンに歩み寄っていた。背負っていた風呂敷包みを解いて、中から食材らしきものを出してハルジオンに手渡している。
ハルジオンはお礼を言って受け取ったけど、二人はほとんど目を合わせていなかった。まだ喧嘩は継続してるんだろうか。
二人の様子が気になったとき、両側から肩を掴まれた。
「ねえ、ちょっと板の上に座ってみて」
「いや。いくら鈍臭くても立つくらいできるだろ」
ナナリエとソラリスはサーフボードに乗るように促してきたのだ。
「え、勝手に動き出さないよね?」
「免許を取得していない環では動かせないから大丈夫よ」
「ほら、つかまれ」
二人に支えられながら板の上に腰を下ろした。
車やバイクとは感覚が違う。柔らかい水の上に浮いているみたい。板を下から押し返す力がかかっているのを感じる。
板の下に手のひらを入れてみたけど、不安なくらい何もない空間。ただ、白い光の粒が集まっている。
「磁性の塵のようなものよ」
白い粒を触ろうとする私にナナリエが横から説明してくれた。サーフボードの真下は濃くて、離れるにしたがって薄くなっていく。この粒は磁力に引き寄せられてるのかな。
へっぴり腰で板の上におそるおそる立ち上がって遊んでいると、料理をしていた二人もこちらを見て笑っていた。
「第一弾、焼けたよー」
五人でかまどを囲って座った。ナナリエが私の腕を引いて隣に座らせてくれ、その向こうにハルジオンがさりげなく陣取っていた。だけどソラリスによる怒涛の料理談義に律儀に相槌を打っていて、ナナリエと会話をするタイミングがなさそうだ。
何かの肉と、よくわからない野菜の焼いたものを食べながら、ナナリエの学会の話やエンジュが育てている野菜の話などを聞いていた。
「アンリはどう? ソラリスと一緒だから大変でしょ」
ホクホクに焼けた野菜を頬張っていると、エンジュが話を振ってきた。ソラリスが不満そうにブツブツ言っているのは無視して、エンジュに答えた。
「全然、名前を覚えてくれないんだよね」
「ああ、ソラリスには難しいだろうねえ」
「エンジュはさ、最初から私の名前を呼んでくれていたよね」
「アンリはアンリだからね」
丸っこい翡翠の目が私を覗き込む。ちゃんと私の中身を見てくれてる感じする目だ。
だけど私からはエンジュの中身が本当に見えているのか、自信はない。
「先日保留になった話だけど」
ナナリエの淡々とした声が切り込んできた。
「エンジュは彼を王に相応しいと思っているのよね」
肉を半日煮込んだ話をしていたソラリスが、ぴたりと口を閉じてナナリエを見た。
「ソラリスが、じゃなくて。ナナリエとソラリスの相性が、だよ」
「私と彼の価値観は合わないのにね!」
ナナリエはソラリスに見られていることも気にせず、口を尖らせた。エンジュがくすくす笑った。
「磁場への共鳴に、性格とか人間的相性は関係ないからね」
「冗談よ。生体磁石の強度が同程度で、性質が正反対ということね。でもそれなら、やはり最適化された電磁石を人工的に作って安定した磁場調整を行うべきだと思うの」
ナナリエは淡々と言った。王様だけが担える機能を研究していると言っていたけど、解明にとどまらず、王様自体を作ろうとしているんだ。
「実用化の目処は立ったの?」
今まで笑っていたエンジュの顔は、夏空の下とは思えないくらい冷たかった。
「途上なだけよ。それに」
ナナリエは視線を振った。その向こうにハルジオンとソラリスが座っている。どちらを見ていたのか、私の位置からはわからなかった。
「私の代で確立しなくてもいいの。誰かが引き継いで、そして遠い将来に誰かの役にたつなら意味がある」
「誰かが引き継ぐ、か」
エンジュは赤く光る炭を棒で突いた。煙がエンジュの方に流れ、寂しそうに目を細めた。
「それじゃあ……遊ぼっかぁ」
みんなの視線が集中する先で、エンジュが身軽に立ち上がった。
倫理観が怪しいナナリエと、ふざけた叔父さんセアノサスを書いている時がやっぱり楽しいなあ。夏のうちに夏休みのシーン書き終えたかったなあ……!第二部はこのまま春まで時間が進む予定です。なのにまだ夏が終わらない。




