第49話 ずーっと見てるよ!
「遊ぶってどういうこと?」
「また大事なことを後回しにするのかよ」
ナナリエとソラリスは不満を言いつつも、もう遊ぶ態勢になっている。
河原の開けたところに長めの流木を一本転がして陣地を二つに分けた。ソラリスは手でボールを弄び、ナナリエはそれを迎え撃つように前傾姿勢で待機している。
ナナリエの隣にハルジオンが立ち、ソラリスの背後でエンジュが笑っていた。
私はその様子を、食べかけのカラフル野菜の串焼きを手に持ったまま脇から見ている。
「えーっと、球が一往復するたびに一点ずつ増えるでいいんだよね?」
この国の国技であるバレーボール——私の知っているルールとは異なるのでその名称で呼んでいいのかわからないが、正式名がピサピサソゥスーンと掴みどころがないのでバレーボールと脳内変換することにした——を今からやることになった。
「そうそう。相手が拾えなかったら、攻撃した方が点数総取りだよ」
「十往復したら、十点。百往復して攻撃成功したら百点?」
審判めちゃ大変じゃん!
「アンリなら記憶力は問題ないだろうけど」
ナナリエがじぃっと私を上目遣いに見た。
「数え間違いすんなよ!」
ソラリスが鼻で笑った。
「仮に数え間違いしても、記憶を遡って辿れるから大丈夫だよ。みんなには見てもらえないけどさ」
ヨルカの機能はすごいな。試合のビデオ判定をするためにあるのだろうか。
審判をやれと言ってきたのはエンジュだ。私が名残惜しそうに食事を続けていたからかもしれないが、適性を見てくれたんだと思う。
「アンリは嘘つかないもんねぇ」
「あー、たぶん?」
口から出まかせを言うときはあるかもしれないけど。
「いつまで立ち話をしているつもりだ」
ハルジオンの一言を合図に、ニッと笑ったソラリスが白い球を空へ放った。その背後でエンジュが跳ぶ。デカいのに跳躍力がすごいから手の先端がもはや地上からどれだけ離れているのかわからない。振り抜いた腕が球を押し込んだ。白い球はハルジオンとナナリエの間に向けて一直線に走る。
ハルジオンが当たり前のように拾い、空中に上げた。ナナリエはそれを待っていたかのように飛び上がり、自陣と敵陣の境目ぎりぎりに高速で打ち込んだ。
ナナリエが球に触れるより前に、ソラリスは前方に走り出していて、軽々と球を拾った。いったんエンジュに回った球を、今度はソラリスがナナリエの頭上を越すように打った。
ナナリエは振り返り、敵に背を向けたまま両手で球を打ち上げた。くるりと回ったときに虹色の髪が生き物みたいにしなやかに動いた。
一向に、地面に球が落ちない。どちらも全力で攻撃しているのに、四人の間で球は受け継がれていた。三十二往復を過ぎたところだ。体力はもちろん、そろそろ集中力も限界じゃないだろうか。
陣地を分けるのは真ん中の流木だけで、四人の背後には区切りがない。どこまで飛んでも拾えばいいというトンデモルールは、ナナリエとソラリスの合意によって決まった。
「エンジュ、ちょっと手加減して!」
「あいつの言うことなんて聞くな!」
ナナリエとソラリスが息を切らしながら喧嘩を始めた。それでも打ち合う手は休めない。戦略はわからない私だが、二人の動きが対照的なのはわかる。ナナリエはハルジオンの意図を読みながら、ソラリスは自分で動いてエンジュに合わせさせている。
「やぁ、二人に言われると困っちゃうなぁ」
「えー! エンジュ、私とナナリエを天秤にかけたときは迷わずナナリエを選んだじゃない」
「アンリはお姉さんだからね!」
エンジュはヘラヘラ笑いながら後ろに下がった。笑っているのに目は球の動きを追っている。ハルジオンが片腕を振り上げた。手のひらに弾かれた球が、高い弧を描いて飛ぶ。打つというより、空中で投げ返したという方が近い。今までの低く鋭い球とは違う。あれ、かなり後ろまで飛びそう。
「エンジュ、手ぇ貸せ!」
下がりかけたエンジュが自陣の中央まで立ち位置を戻し、組んだ両手を腰の位置で構えた。ソラリスは迷うことなくそこに足をかける。エンジュの両手に打ち上げられたソラリスは猫のように空中で身体を捻り、上昇する球に追いついた。高く伸ばした手が、その上を捉える。
「そんなのずるいわ!」
ナナリエが叫んだときには、空中に浮かんだソラリスが流木のギリギリに向けて球を打ち落としていた。流木のすぐ向こうを球が跳ねる。跳ねた球をハルジオンが片手でキャッチし、肩で息をしながらソラリスを睨みつけた。
「ずいぶんと曲芸を仕込んでくれるじゃないか」
「反則ではないだろ」
ソラリスが顎の汗を拭いながら挑発するように笑った。
「エンジュとソラリスに三十四点」
拮抗した戦いに思わず見入っていた私は、ようやく我に返って点数を告げた。
「身体能力では君たちには敵わないな」
呆れたように笑うハルジオン。たしかに笑うしかない。エンジュとソラリスの動きは球技というより体操競技……いや、もはや忍術だ。
「情けないが、チーム変更を提案する」
「お兄様! 私はまだいけます!」
興奮気味のナナリエがハルジオンの手のひらを掴んだ。ハルジオンは平静を装っているが目元が少し緩んでいる。
「いいじゃん。俺もハルジオンとチーム組みたい」
流木をまたいで敵陣に踏み込むソラリスを見て、ナナリエは不満そうな顔でハルジオンの手を離した。
ナナリエがソラリスと入れ替わろうと一歩踏み出したとき、夏の陽射しが降り注ぐ河原に涼しい風が吹いた。
「ハルジオン、こっち」
エンジュが静かに告げた。
さっきまで好きな女の子に手を握られてにやけていたハルジオンは表情を改めた。琥珀色の眼光が、翡翠の瞳の奥を読み解くように鋭く走る。
「ソラリス、ナナリエと組め」
ハルジオンがソラリスの肩を叩いた。
「なんで!」
二人は同時に叫んだ。
その抗議の声に振り向きもせず、ハルジオンはエンジュの元へ歩み寄り、黙って隣に立った。身体能力のバランスは多少整ったのかもしれないが、身長差は偏った。ナナリエとソラリスの前に大きな壁がそびえ立つみたいだ。
でも小柄な二人が気にしているのはそこじゃない。敵陣なんて目もくれずに、二人で睨み合っていた。
「絶対に邪魔すんなよ」
「協調なんて無理そうな人ね」
「お前が俺に合わせればいいだろ」
「従ってもいいわ。あなたに的確な指示が出せるならね」
二人の言い合いはハルジオンが打ち込んだ球によって中断された。球は真っ直ぐにナナリエに飛んでいったので、ナナリエも迷わずに打ち返す。私はまた一往復目から数えることになった。
けれど、それも長くは続かなかった。
二人の間を球が抜けようとしたとき、ソラリスとナナリエが同時に動いて衝突したからだ。
互いの肩をぶつけ合い、二人はよろめいた。その隙間を球が抜けていく。
「直前まで動く気配なかったじゃない!」
「当たり前だろ! 敵に動きを察知させてどうする!」
「味方にも読めないのよ!」
同時に球を拾いに行ってしまう、相手が取ると思って二人とも動かない。そんな連携不足な戦いが繰り返されていた。でも単純に息が合わないというのとは少し違う気がする。
違和感を覚えながらも、私は球の行方に目を凝らしていた。先ほどの試合より審判をするのが大変だ。ラリーが長く続く方がカウントするだけだから助かる。頻繁に点数が入ると……足し算しなくちゃいけなくなるからね。ヨルカに暗算機能もついていたらよかったんだけど。
「こいつが近くにいると頭の中が混ざるんだよ!」
「私が動こうと思ったのか、彼が動こうと思ったのかわからなくなるの」
球を打ち損ねたとき、二人は何度かそう不満を漏らした。
その感覚は私にはわからない。でも見ていると訴えには頷けた。二人の動きが写し取ったようにぴったり揃っていたからだ。同じタイミングで跳ね上がり、同じ球に手を伸ばす。同じ形で一向にはまらないパズルのピースみたいだ。
二人の苛立ちで夏の空気が沸騰しかけたとき、エンジュが球を止めた。
「ねえ。どこ見てるの?」
涼しげな声に二人の視線が同時に向く。だけどエンジュはひとつ問いかけたきり、何も続けなかった。
エンジュを横目で睨みながらハルジオンがため息をつく。
「周りをよく見ろ。ここにいるのはお前たち二人きりじゃない」
「ハルジオンは先回りして教えすぎ」
「お前が遠回りしすぎなだけだ」
冷たく言い放つエンジュにハルジオンは即座に言い返した。エンジュは不満そうに目を細め、それ以上言い返さなかった。代わりに、二人に向かって笑いかける。
「対戦する僕たちも、そこにいる観客も含めて、僕らは一つの輪だよ」
「私は観客じゃなくて審判ですけど! ちなみに今、二十対三だからね!」
エンジュに指をさされ、私は腹を立ててふんぞり返った。
「えぇ! アンリ、ちゃんと数えててくれたの?」
「ずーっと見てるよ! ナナリエがハルジオンの動きにぴったり合わせていたところも、ソラリスがエンジュを当てにして無茶してたところも、全部ね!」
エンジュ、君が私を審判にしたんだろ! 記録係を舐めるなよ!
「そういうことだ」
ハルジオンが不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちを含めて一つの輪が完成する。だから、安心して打ち込んでこい」




