第47話 エンジュを待ちながら
「よし、お掃除終わり!」
私たちは山小屋を発つことにした。今日は神殿でナナリエと待ち合わせる日だ。ソラリスが見せてくれると言った、夜間に飛ぶキノコの胞子を観察できなかったのは少し残念。でも、ナナリエに会えると思うと、私の足取りは軽かった。
「どこ行くんだよ。こっち」
ソラリスが道じゃない方を指差した。
「参拝道はこっちでしょ」
「エンジュには少し遅れるって言っといた。ほら行くぞ」
「予定を変えるなら事前に相談してよ」
勝手なやつだ。ヨルカの保護者みたいな立場を引き受けておいて、ヨルカに甘えてるし。引受人の自覚がないんじゃないの?
呆れる私を放置して、ソラリスは待ちきれないみたいに走り出した。樹々の間を抜けて、河原の方へ走っていく。また釣りでもするつもりだろうか。
「もう来てる!」
ソラリスの歓声が聞こえた。森の中の日陰から明るい場所に出ると、眩しさで視界が白くなった。
眩しい。
黄金色の硬そうな髪のソラリスと、白金の柔らかい髪を一つに結んだハルジオンが笑い合っていた。
なんでハルジオン?
「もう完成じゃねえか。いつからやってたんだよ! 呼べよ!」
「無心で石を積むのも悪くない。結果が可視化される作業は気分転換には最適だ」
最適解王子ハルジオンの足元には、かまどが組み立てられていた。河原から大きめの石を集めて作ったらしい。隙間には小石も挟んで頑丈そうだ。ハルジオン、こういうのこだわりそうだもんなあ。
いや、でもさ。
「ソラリス、予定を変えるなら教えてよ。いつハルジオンに声かけたの?」
「なんだ、ソラリス。アンリに伝えてなかったのか」
ハルジオンが肩をすくめた。
「別にいいだろ。ちょっと遊んでくだけなんだから」
悪びれる様子もないソラリスに、私のこれまでの不満が刺激された。
「ハルジオン!」
「……何なんだ君は。唐突に大声を出すのは相変わらずだな」
ハルジオンは肩をびくっと縮ませたあとに、私を睨みつけた。
「ソラリスは引受人としての自覚がないと思うよ。相談もなく予定を決めるし、異性との距離感をわかっていないし、ヨルカに膝枕してもらってた!」
「ハルジオンに告げ口すんなよ!」
「目の前で言ってるんだから告げ口じゃないでしょ。報告、連絡、相談、だよ!」
黙って聞いていたハルジオンが、澄ました顔で私を見た。
「想定通りだ。言っただろう。ソラリスを頼んだぞ、と」
「えっ」
「君が出歩くためには実績のある監督者が必要だった。だが、それは司法と社会を納得させる条件であって、君自身は保護されるだけの人間ではないだろう?」
なにそれ、保護に値しないってこと!?
「……また極端な解釈をしてるだろう」
ハルジオンの呆れ顔。まるで心の中を見抜かれているようだ。
「君の判断でソラリスを指導しろと言っている」
「いやいや。『ソラリスを頼んだぞ』だけじゃわからないよ」
「わかっていなかったか。これは取引だ。好条件を整えてやったのだから、君もそれなりの働きを見せてもらおう。ただで自由が手に入ると思うな」
相変わらず、短い指示で相手が理解できたと決めつける人だな。
「待てよ! 何勝手に俺のこと決めてんだよ! 指導なんて必要ないんだよ!」
ソラリスが地団駄を踏んでいる。
「……ハルジオン、ずいぶん私のこと買ってるじゃん」
以前はナナリエのことも任されたし。いったい私の何を評価してるんだ、この人は。
ハルジオンは端正な顔で怪しく微笑んだ。
「当然だ。使えるものは使う。配置は常に最適だ」
はあー。こういうとこ、本当にハルジオンだなあ。
「もういいだろ。火を起こそうぜ」
ソラリスがリュックを下ろした。ずいぶんご機嫌ナナメだ。仕方あるまい。
「エンジュは待たないのか」
「来れないだろ」
ソラリスの青い目に見上げられて、ハルジオンは眉をひそめた。
「いや、あいつは来るぞ」
「なんでわかるんだよ」
ハルジオンは口元を手で覆って目を伏せた。その隙間から、少し上がった口角が垣間見えた。
「エンジュに聞いたの?」
喧嘩終わったのかな。あんなに仲良しだったのに、かれこれ一ヶ月は膠着状態だ。
ハルジオンは、不機嫌そうに薄っすら目を開いた。
「いや……」
「じゃあナナリエ?」
琥珀色の目が今度こそ見開かれた。いつも他人に表情を読ませないハルジオンにしては、ずいぶん素直だ。
「ナナリエと連絡取ってるんだねー」
「……私を観察するな」
「エンジュとは、まだ喧嘩してるの?」
ハルジオンは口元を隠していた手を下ろし、拳を軽く握りしめた。
「あいつが何も話さないからだ。呑気な顔して一人で抱え込む」
しゃがんでいたソラリスが、火起こしの手を止めて顔を上げた。火吹き棒で空気を送っていたらしい。大変そう。
「エンジュは言わねえって決めたら絶対言わねえぞ。頑固だからな」
ハルジオンはドライヤーみたいなものを手に腰を落とした。それを見て、ソラリスが呆れた声を出した。
「何だよ。送風機使うなんて味気ないな」
「君はそれでいいのか」
「これで火が点くんだからいいんだよ」
「そっちじゃない。エンジュだ」
ソラリスは地面に腰を下ろして背後に手をついた。身体からも表情からも適度に力が抜けている。
「俺だって腹は立った。でも話す気がないのに、無理に抉じ開けるのは違うだろ」
火吹き棒を杖のように構えて、ソラリスはハルジオンを見据えた。
「何を抱えてんのかは知らねえけど、エンジュはエンジュだ。見えたまま信じればいい」
ハルジオンは火吹き棒を持つソラリスの手をそっと払い、うなずく。
「理解した。だが、私は自力でエンジュが見ているものに辿り着くつもりだ」
「がんばるなあ」
ソラリスは再び火に向き直る。息が届くたびに炭に赤みが増していた。その明かりを睨みつけ、ハルジオンは噛み締めるように言った。
「おそらく国家の在り方に関わることだろうからな」
ずいぶん重い推測だ。ハルジオンなりの根拠と、二人の間の信頼の積み重ねがあるんだろうけど。ソラリスは火起こしに夢中になっている。私は一人、ハルジオンへ目を向けた。
ハルジオンの視線が上空を捉えた。
「……来たぞ」
何が?
私は視線の先を追った。
良く晴れた空。
青々と茂る夏の森を越えて、二つの人影が飛んできた。
え、人影……?
目を凝らしてよーく見た。
風を切る、緑色の三つ編みと、虹色のポニーテール。
二人が波に乗っていた。
「お待たせ〜」
若葉色の衣をはためかせながら呑気に笑うエンジュ。
普段の装いと異なり、タイトなパンツスタイルのナナリエ。
二人がサーフボードのようなものを乗りこなして、空を飛んでいた。
こんな危険な乗り物、あり得るわけ!?




