第43話 興味はあるの
ひょろっと長い身体を折り曲げて、私の環を観察する謎の男子。
「ふむふむ。無駄な制御回路を増やすのではなく、欠けによって過熱を防ぐ。なるほど、そういうことですな」
さっきからずっと独り言を言っている。
「あのー、ナナリエの知り合い?」
仕方なく自分から切り出した。ソラリスも呆気に取られているのか、観察しているだけで何も助けてくれない。
男子は顔を上げて目を見開いた。見開いても、目は細い。
「おっと、私としたことが。環の構造的余白に気を取られて自らを名乗ることすら忘れておりました」
すごく流れるようによくわからないことを言ってくる。瑠璃宮の人は問わず語りがすぎるのでは。
「わたくし、ユニワ・ジャカランダと申します。ナナリエ殿の足元にも及ばないような傍系の傍系の末裔にして末端の王族。今年成人したばかりの若輩者にございます」
へえ。二十歳なんだ。
「ソラリスと同い年だってさ」
「お、おお。そうか……」
ジャカランダは目尻を緩めてソラリスの背中に腕を回した。
「我が同輩でしたか。堅苦しいのは無しにしましょう」
「いや、いいよ」
「なにをなにを」
ソラリスは背中に添えられた手から逃れようと移動したのに、ジャカランダはピッタリくっついていく。
「ご案内いたしますぞ。我が友よ」
「友達になんてなってねえよ」
「どこに行くの?」
ジャカランダから喜びが溢れ出した。
「それはもちろん我々の研究室であります!」
ジャカランダはナナリエと同じ研究室の仲間らしい。植物同士のコミュニケーションについて実験や考察をする人たちが集まっている研究室のようだ。
「こちらです。ふふ……少々手狭ですが」
普通の話もちょっと笑いながら喋るジャカランダ。
中から、落ち着いた女の人の声が聞こえてきた。
「使い終わった実験皿は、使用者が片付ける規則よね」
「知ってる」
「これ終わったら」
感情の乗っていない声がふたつ返事をする。そのひとつは、たぶんナナリエ。
音もなく滑り開いた扉の向こうでは、広い机で二人の女の子が身を寄せ合っていた。
乳白色の髪を一つにまとめた後ろ姿、ナナリエだ。もう一人は、小さな植物の入った容器に何か器具を差し込んでいる。
その傍にもう一人、腕を組んで二人を見下ろす女の子。
腕を組んでいた子がこちらに気づいて、不思議そうに会釈した。
あ、この子は審理のときにナナリエと一緒に来ていた真面目そうな子だ。
審理のときは後ろ姿しか見ていなかったけど、ジャカランダもナナリエの後ろをついてまわっていた。ナナリエにとって身近な人たちなんだ。
「お客さんですぞ」
ジャカランダが声をかけると、ナナリエも振り返ってこちらを見た。
「アンリ!」
ぱっと表情が明るくなった。
立ち上がろうとしたナナリエの袖を、隣の女の子が引いた。
「ねえ、ナナリエ。こっち。繋いでない方も反応出てる」
「本当ね。反応時間は?」
ナナリエは座り直した。
あ、研究に戻っちゃった。
「何してるの?」
私は机に近づいて手元を覗き込んだ。
透明な容器の中には土と植物が入っていて、同じようなものが棚にもたくさん並んでいた。ひとつひとつ札がついているけど、私にはどれも同じに見えた。
「植物の反応を比べているの。こちらはコメリナ、一緒に研究することが多いわ」
ナナリエは隣に座る女の子を紹介してくれた。
「よろしくー。ナナリエ、こっちも記録しておく?」
コメリナは私に笑いかけたあと、すぐ容器へ目を戻した。
「そうね、お願い。そして、彼女はチコリ。植物が反応する条件を調べているの」
紹介し終わった途端に、ナナリエはコメリナとの話に戻ってしまった。
チコリは、きりりと真面目な表情で私たちに向き直った。
「いつもこんな感じで。せっかく来てくれたのに忙しなくて申し訳ないわ」
「いえ、忙しいところに押しかけちゃったんで……」
私は恐縮したけれど、ソラリスは堂々と言い放った。
「この男に無理やり連れてこられたんだよ」
「はっはっはっ! 多少、強引でしたかなぁ」
愉快そうに笑うジャカランダをチコリが睨みつけた。
「まったく、初対面の人に迷惑をかけて。姫も、一旦休憩よ」
姫、と呼ばれたナナリエはゆっくり振り返った。
「休憩? もう?」
「もう正午よ。きっちり休憩。その前に二人は実験皿を洗う」
「チコリ、細かーい」
けらけら笑いながらコメリナが立ち上がった。それでも素直に積み重なった皿を抱えて流しへ運んで行った。
「現在行っている実験はね」
ナナリエも机の上を片付けながら真剣な顔をこちらへ向けた。
「二株を一組にして、一方だけに刺激を与えるの。菌糸で繋いだ組と、繋いでいない組で、もう一方の反応を比べているのよ」
「前に言ってた、植物同士が会話するみたいなやつだね」
「ナナリエー、こっちのも片付けていいのー?」
「そちらはまだよ」
ナナリエは流しや棚の間を走り回りながら私に説明を続け、さらに同僚たちからの確認事項にも答えている。
……忙しそう。だけど楽しそうだ。
私は実験台に置かれたままの容器に入った植物に顔を寄せた。
土の中で根が張っているのが見える。菌類らしきものは、私にはよくわからない。
「ご興味がおありですかな?」
ジャカランダが晶盤を取り出して画像を表示した。そして、根から伸びる白くて細い毛のようなものを指差して、これが菌糸だと教えてくれた。
「根と菌糸の区別がつかないや」
私がため息を吐くと、チコリが「専門外の友達に見せると、大抵そう言われる」と笑った。
「でも可愛いの。一生懸命に手を伸ばして手を繋いで」
チコリが興奮気味に言うと、ジャカランダも大きく頷いて晶盤を操作した。すると動画に切り替わり、根と根の間で、菌糸が伸びて繋がっていく様子を早回しで見せてくれた。
「この菌糸、似てるよね」
動画を見ながら、私は思わず呟いた。
「何に?」
「髪の毛で、意思を伝えるのに似てる」
私とナナリエの間を繋いだときも、こうやって互いから髪の毛が伸びてきて、髪の中を光の粒が移動していた。そうして言葉を通さなくても、意識がそのまま伝わるんだ。
「ほうほう。いいところに目をつけましたな」
ジャカランダが身を屈めて、実験台の植物を眺めた。
「わたくしの研究も正にそれでして。我々の意思の伝達と植物同士の意思の伝達の類似性を調べています」
「でもさ」
ソラリスがジャカランダの肩に寄りかかって容器の中の植物を覗き込んだ。
「別に実験なんかしなくても、聞こえてくるだろ。『おい、葉っぱをかじるな!』って虫に怒ってる声」
「……え?」
ジャカランダとチコリの表情が固まり、流しの方でもパリーンと皿が割れる音がした。
流しからものすごい勢いでコメリナが走ってきた。
「なになにー? あんた植物の声がそんなに正確に聞こえるの?」
コメリナに詰め寄られたソラリスが、怯えた顔で一歩下がった。
「え、誰だって聞こえるだろ」
チコリが、コメリナの身体を引き剥がしながら答えた。
「たしかに誰もが植物の状態には共感するわ。でもあなたの言い方だと、葉を虫にかじられてることまでわかるみたいよね」
この星に来て、ヨルカの身体に入ったからか、私にも植物の感情が理解できるようになった。病気に冒された穀物——玉穂が、畑で啜り泣くのを聞いたこともある。そしてそれはチコリが言うように、共感という表現が合う。
「ソラリス、調理済みのキノコの悲鳴も聞こえるんだもんね?」
私は思い出したことを何気なく言った。
「ええっ!?」
研究室の三人は揃って悲鳴をあげ、ソラリスの肩がびくっと動いた。
「なにそれー」
「まあ落ち着きなされ、コメリナ殿。調理後に残る成分を感じとっているのかもしれませんぞ」
「でも悲鳴だよー?」
「私も聞きたいわ。どういう知覚原理なのかしら」
「なんだよ……お前たち」
三人に取り囲まれてソラリスは壁際まで追いやられた。
どうしよう。ソラリス、困ってる。
「実験したーい」
コメリナがソラリスの肩を掴もうとした、そのとき。
「彼はとても嫌がっているわ」
ナナリエの静かな声が落ちた。
みんなの視線がナナリエに向けられる。床に落ちた皿を拾いながら、ナナリエがこちらを見た。
「あなたの感覚はあなただけのもの、だものね」
「……ああ」
ソラリスも青い目を見開いてナナリエを見ていた。
「怖がらせてごめんねー?」
「別に、怖がってはねぇし」
ナナリエが輪の中に戻ってきて、大きな瞳でソラリスの顔を見た。
「気が変わって協力する気になったら教えてちょうだい」
「……ねぇし」
睨み合うというよりは、二人の間で言葉を必要としない会話がもう少しだけ続いているみたいだった。
「片付けも終えたことだし、お昼休憩にしましょ」
チコリが声をかけると女の子たちが実験台を囲うように、椅子に腰を下ろした。
お昼の時間か。ここでお弁当でも広げるのかな?
「ささ、お二人もこちらへ」
ジャカランダが椅子を二つ運んできて、私とソラリスに座るように促した。
あれ、一緒に食べていけってこと?
私もソラリスも何も食べるものを持ってきていないけど。
背中を押されたソラリスが流されるように椅子に座らされた。
チコリが実験台の下から大きな瓶を取り出して、ガサっと雑に中身を皿の上に広げた。陶器の皿は、実験用じゃなくて食事用らしい。
「お好きなものをどぞー」
コメリナが皿を私とソラリスの前に寄せてくれた。
「ありがとう……」
これは、ときどきナナリエが齧っている岩塩みたいなやつ。
全体的に白っぽいけど、よく見ると何種類かの色に分けられている。
「これ、なんだ?」
ソラリスが皿に顔を近づけて匂いをかいだ。首を傾げているところを見るに、匂いはしていないようだ。
「何って、お昼ご飯だよー?」
「栄養機能食品よ」
コメリナとナナリエが周知の事実のように告げた。
えっ。栄養機能食品って、私が知っているのだとクッキーとか飲むゼリーみたいなのだけど、これってどう見ても岩塩だよね。めちゃくちゃ硬そう。
「あ、いけない。アンリは美味しいという概念を重視していたのだったわね」
ナナリエが焦ったように皿に手を伸ばした。
「これはアンリには——」
「待って」
私も慌てて皿を引き留めた。
「興味はあるの。もらうね?」
「俺も」
私とソラリスは揃って白い塊にかじりついた。
とりあえず硬くて、甘さの中に、苦さと、微妙なしょっぱさ。
研究室のみんなが好奇心に満ちた目で、私たちの反応をじっと待っている。
「正直に言うけど……」
「美味しくはないな、全く」
「やっぱり〜」
やっぱり?
私たち、被験者にされたかな?




