第41話 この都市は変人たちでできている
青色の長衣のポケットに手紙をしまいながら、セアノサス様が勢いよく立ち上がった。
麦茶も飲みかけのまま、そわそわした様子で扉へ向かって歩き出している。
「さあ、行きましょうか」
手紙の謎が解けたらもう次の興味へ移ったらしい。切り替えが早い人だな。
「まずは全体を見渡せるところに案内しますね」
どこへ行くんだろう。
宮殿から延びる透明な通路の中を行き来する、ゴンドラのような乗り物に乗って、私たちは瑠璃宮の研究施設へやってきた。通路から見渡すと、高層ビルは一面、重厚な青黒い窓ガラスに覆われていた。
「ちょうど時間ですね」
セアノサス様の言葉を合図にしたかのように、青黒い窓ガラスが一斉に青空を映す鏡に変わっていった。
「気温が一定基準を超えると発電効率が落ちますからね。それ以上熱を溜め込むより、反射率を上げて都市を冷やした方が効率がいいんです」
へえ、そうなんだ。太陽光を反射させたらあたり一面が眩しくなりそうに感じるけど、角度も調整してあるんだろうな。それに、この透明な壁のおかげで反射した光も眩しくない。
「瑠璃宮は太陽光で発電してるんですね」
「補助的なものです。もっと効率の良い発電方法を採用しています」
もっと効率の良い発電ってなんだろうと思ったとき、研究施設の大きな扉が開いて、ゴンドラごと吸い込まれていった。
「昇降機に乗り換えますよ」
私たちはゴンドラを降りて、エレベーターのようなものに乗り換えた。扉は自動で開閉するけれど、セアノサス様の秘書のような男性が扉に手を添えて私たちの乗り降りを見守ってくれていた。
エレベーターの窓も透明で、上昇していくにつれて瑠璃宮全体を見渡せるようになっていく。建物と建物の間がすべて通路で接続されていて、先ほど乗ってきたゴンドラがゆっくりと走っているのが見える。
都市の果ては茶色く硬そうな岩山が広がっていて、瑠璃宮は荒野に突如現れた人工都市なのだと、よくわかった。
その都市も次第に足元に小さくなっていく。飛行機が上昇していくような速度で高度が上がっていくのに耳への不快感は少ない。気圧が調整されているんだろうか。
さっきまで上空に見えていた雲の塊が近づき、窓の外は白い霧で包まれた。それもあっという間で、すぐに雲を突き抜け、足元に雲の絨毯が広がった。
「おお……」
目の前には青空が広がり、雲の隙間からは金属光沢を帯びた瑠璃宮が見える。
けれど、感激と戸惑いは同時だった。
頭の奥がふっと遠くなった。
景色も見えているし、隣にいるソラリスたちもわかる。
それでも自分が今どこにいるのか、とても曖昧に思えた。
「気持ち悪いな」
ソラリスが呟いた。
「おや、もう反応が出ましたか。個人差がありますからね。少し高度を下げましょう」
しゃがみこむソラリスを見て、セアノサス様がエレベーターの操作板に手をかざした。少しだけ下降して雲の上ぎりぎりで止まる。
「ここからさらに上がると、次第に日常生活が難しくなります。現在の技術で恒常的な生活圏を維持できる高度の限界ですね。この昇降機はもともと、人体と現在の科学技術の限界を測るために作られました」
観光用のエレベーターじゃないんだ。
「こうやって、景色を楽しむためにも使っていますが」
セアノサス様は茶目っ気たっぷりに笑った。
私は空を見上げた。この国の人たちは、もっと上へ行くと長く滞在できなくなるってことか。
以前、地球では飛行機という乗り物があるよと説明したときに、ナナリエが言っていた。
——私たちは、星の磁場と切り離されると神経の同期が保てなくなるの。高度を上げすぎると、感覚が分離して自分を維持できない。
「数値だけ見れば、ごくわずかな差なんですけどね。我々の身体は繊細に磁場の強弱を読み取りますから。地下へ潜る場合も、地質によって磁場環境が変わるので同様の問題が起こります。地表付近のごく限られた場所だけが我々の生活圏です」
住む場所には制約があるんだな。地球人も雲の上に住んだり、地下深くに住む人はいないけど、交通網はここよりは上下に自由度が高い気がする。住む場所だけじゃなく、交通網も限られた空間に収めなきゃいけないのか。
「……だから、こんな荒野に都市を作ったんですか?」
「そうなんですよ。双王を出す四家門の中でも瑠璃宮は新参者で立場が弱いので、かつて荒野に追いやられましてね」
セアノサス様は、瞳を潤ませながら都市を見下ろした。
「そんな……!」
驚く私の横で、ソラリスも顔を上げた。
「当主様」
それまで静かにしていた秘書さんが口を開いた。
「純粋な方に政治的な冗談を言うのはお控えください」
「おや、失礼。我が国はかつて、急激な人口増加を迎えた時期があり、瑠璃宮が自らこの土地を選んで移り住んだのです。いや、好んでこの土地を開拓した者が瑠璃宮の住民と呼ばれた、が正しいでしょうか」
急激な人口増加の時期か。何があったんだろう。出生率が上がったのか、どこかから人が移り住んできたのか。私が質問を口にする前に、ソラリスの呆れた声が割って入った。
「なるほどな。変人の集まりってわけか」
セアノサス様は満足そうに頷いた。
「瑠璃宮は都市自体が実験です。荒れ果てた土地で人がどれだけ生きられるか」
セアノサス様は秘書さんの肩に手を置いた。
「彼もまた、その変人のひとりです」
「その紹介はいかがなものかと思いますが、私は構造力学を研究しております」
この人、秘書じゃなかったんだ。エレベーターや都市全体が成り立つように計算している人なのかな。
「この昇降機を作るのにも、構造計算をする者、最適な材料を試す者、地盤を調査する者、気象条件を予測する者、磁気浮上の技術者、人体への影響を見る専門医。様々な知見が必要となります」
当たり前だけど、ひとつの学問だけじゃないんだな。実際に手を動かす人も必要だし。
専門分野によって見える世界って違うんだろうな。私には、この国のどんな一面が見えているんだろうか。
「瑠璃宮一帯は、各地からの人の出入りが激しいですよ。私の父親も珊瑚宮の出身ですが、王族同士の婚姻によって瑠璃宮に移ったのではなく、もとは研究者として移ってきたくらいですから」
オレンジ色の瞳を輝かせながらセアノサス様が言った。
今更だけど、ハルジオンは、髪が白金で瞳が琥珀色、エンジュも深緑の髪に翡翠色の瞳。サファイア宮の人たちもだいたい青かったし、ペリドット宮の人たちも緑色だった。きっと地域ごとに身体的な特徴が現れるんだろう。
けれどセアノサス様は瞳がオレンジ色で、ナナリエにいたっては、髪も瞳も虹色に輝く乳白色だ。瑠璃宮は、いろんな地域の遺伝子が混ざっているからだろうか。
今度ヒヤシンス様に会ったら質問してみよう。きっと医学的な観点から教えてもらえるかもしれない。
「珊瑚宮か」
ソラリスが呟いた。
そういえばソラリスって、初めて会ったときは赤いマントをつけていたから赤い印象があったけど、本人だけ見ると、髪は太陽みたいな金色で、瞳は雨上がりみたいに澄んだ青空の色だ。
ソラリスはどこで生まれたんだろう。




