第40話 ナナリエからの一通目
「そうそう。ナナリエからこれを預かっていますよ」
麦茶を飲んでいると、セアノサス様が薄い木箱を手渡してきた。
麦茶は本当に苦くて、ソラリスは険しい顔で、シロップを大量に垂らしていた。
私はカップを置いて木箱の蓋を開けると、中には薄っぺらくて丸っこい乳白色の板が入っていた。取り出して光にかざすと、虹色の光を反射させる。ナナリエの髪みたいな色合いだ。
「これは……なんですか?」
「アンリにだけ、読んでもらいたいそうです」
これを読むの?
ひとまず環を握りしめ、この板にかざしてみた。けれど何も読み取れない。試行錯誤する私の様子を見て、セアノサス様が待ちきれないように身を乗り出してきた。
「環に反応する機構を組み込んでいないようですね。直接、髪を接続してみては?」
「髪の毛で読み取ると、記録を消しちゃうのに……」
「ナナリエなら、それも折り込み済みでしょう」
私は乳白色の板に髪を触れさせた。
アンリ。
入れ違いになるかもしれないから、こちらにも置いておくわね!
先に送った分は、もう読んでくれたかしら。相手の反応が即時じゃないって、もどかしいけど、少し楽しくなってきたわ!
早く会いたいわ。でもその前にお返事をもらえたら、もっと嬉しい。
お返事は、からっぽになったこれにそのまま入れてちょうだい。楽しみにしてるわ。
高揚したナナリエの感情が意識の中に流れ込んできた。
これは手紙だ。
ナナリエが手紙を書いてくれたんだ。
私のいないところで、部屋でひとり、ナナリエがウキウキしながら手紙を書いてくれてる様子が目に浮かぶ。
目の前にいなくても、私のことを思い出してくれているナナリエの顔が——
ソラリスの視線で、私は自分の口元がにやにやと緩んでいることに気づいた。
気になるとすぐに検証しちゃうナナリエが、反応も結果もすぐに確認できない手段を楽しんでいる。それが面白くて、嬉しかった。
どうやらこういったものが他にも、すでにどこかに届いているらしい。
この前までいた王都かな?
それとも、私が行きそうなところを予測して手紙を出してるんだろうか。
……まさか手紙の大量生産をしてるとか?
「読めましたか?」
落ち着かない様子のセアノサス様が私の手元を覗き込んできた。
こういうところ、ナナリエの親族って感じする。
「はい。もうこの中には残っていませんけど……」
私は薄い板をセアノサス様に手渡した。
もうこの中に、ナナリエの言葉はない。でも消えたんじゃなくて、私の中にちゃんと積もっている。
「これに返事を入れろって言ってました」
からっぽになった容れ物に入れて返せばいいなんて、合理的なナナリエらしいや。
「この結晶の板に、音声や風景を直接覚えさせる、ということでしょうか」
セアノサス様は推理を楽しむように考え込んだ。
「以前、神殿の珪化木の欠片に私の声を吹き込んで、ナナリエに贈ったんです」
「たしかに環の技術が確立する以前のカレンダエではそのような手段で記録を残していました。偶然に頼り、安定しないため、現在では翡翠宮と琥珀宮の祭事機関でしか利用していない儀礼用の方法ですが」
早口で解説するセアノサス様が、口を閉ざした。
「……でもなぜ、そんなに薄くしたのでしょう。結晶本来の強度が落ちてしまうのに」
低い声で唸っている。
「ああ、それは……」
私は苦笑いをして説明した。
私の星では、紙という薄い媒体に意味を持たせた記号——文字を記して、記録を残したり、離れた相手に手紙として送ったりするのだと。
一枚、二枚と数えると伝えたら、ナナリエはまるで木の葉のようねと驚いていた。
「なるほど。薄さそのものに意味を持たせたのですか。実用的なだけじゃないんですね」
セアノサス様は感心しながら、薄い板を私に手渡した。
「いえ、たぶん実用性を追求したらそうなっただけだと思います。葉を模っているわけではなくて。でも、ナナリエにはそう伝わったみたいですね」
しかもナナリエからの手紙は均一な円形で、さらに虹色に反射する乳白色で、葉っぱというよりCDみたいだ。もしかして、同じ材質?
「……で。返事、今から吹き込むの?」
苦い顔のソラリスがカップを置いた。がんばって麦茶を飲み干したらしい。
なんだろう。食事に思い入れがあるみたいだし、出された食べ物は食べ切るという信念でもあるんだろうか。
「そうだね。すごく待っているみたいだし」
私は虹色の板を口元に近づけたところで、ふと気づく。
「というか、この会話ももう拾われてるんだよね?」
「そうだろうな。だから静かにしてた。早く吹き込んで箱にしまえ」
……。
「ナナリエー! 遊びにきたよー! 来る前にソラリスが、ナナリエが留守だったらいいなーって言ってたよー! 本当になっちゃった!」
「おい! 変なこと言うなよ!」
私はひとしきりメッセージを吹き込んで板を箱にしまった。
「……しまった。ソラリスの悪口しか言っていない」
「ようやく気づいたか」
「私からナナリエに渡しておきますよ」
ソラリスに睨まれる私を見ながら、セアノサス様が笑っていた。
木箱を手渡す前に、私はもう一度見つめた。
懐かしいな。大人になってからは仕事関係の実務的な手紙しか出してないけど、中学生の頃なんて、よく友達と手紙のやり取りをしていた。
その中でも、七海とは数えきれないほど手紙を送り合った。毎日、学校で顔を合わせるのに、どうして手紙にして渡していたんだろか。
返事を待つ時間が楽しいからだろうか。
最後に七海から手紙をもらったのはいつだろう。
私は頭の片隅で、なぜかそれがとても気になっていた。
「環で連絡すりゃいいのに、非効率じゃね?」
ソラリスが長椅子にもたれながら木箱をつついた。
「じゃあ、ソラリスがナナリエと連絡先を交換してくれるの?」
「そうだった。お前の環に連絡機能をつけられないって、昨日話したばっかりだったな」
「それにね」
私は木箱を両手で包んだ。
「その待ち遠しい時間を楽しむのが“これ”だよ」
これを指す言葉がわからないから、ひとまず“これ”と呼ぶしかない。
「ふーん」
ソラリスは興味あるのかないのかわからない適当な相槌を打った。
「お願いします」
私はようやく、木箱をセアノサス様に差し出した。
早くナナリエに届くといいな。
じゃあ、いってらっしゃーい。




