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星粒のリテラエⅡ からっぽの魔女は想いを注がれる  作者: はなちゃん
第三章 野良王子ソラリスと、てんやわんやな旅
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第37話 分類できない!

 建物から出ると、乾いた風が頬を撫でた。

 風が吹いているのに涼しくはない。


「あんたら、その格好のまま瑠璃宮を歩くのは無理だに」

 畑までの道を歩きながら、おばあちゃんが高い声で言った。


「日差し強いですもんね」

「どっかの店で日除けの布を買った方がいいよ」


 おばあちゃんは道行く若者を指差した。

 大きな布を頭に巻いて、それがストールのように肩に落ちている。


 そう言うおばあちゃんは、ツバが広く、後ろに日除けの布が垂れた帽子を被っている。


「帽子じゃなくて?」

「帽子は建物に入ったら脱がなきゃいかんでねえ。布なら巻いたままでもいいで」


 へえ。なんか、そういう服飾のマナーがあるのかな?


「たしかに暑いな」

 すぐ後ろを歩くソラリスも太陽に手をかざして空を見上げた。

「とりあえずこれでいい?」


 背負っていた大きなリュックから、バンダナくらいの大きさの布を取り出して、一枚を私に手渡してくれた。


「ありがとう」

「布は何枚あっても困らねえからな」


 そう言いながら、ソラリスはささっと自分の頭に布を巻いた。

 私も見よう見真似で巻いてみる。頭部への日差しは少し和らいだが、顔面には相変わらず強い日差しが刺さる。


「まあ、畑はすぐそこだで」


 腰くらいの高さの門扉を、おばあちゃんが軽く開けた。

 その向こうには大人の背丈くらいの木と、白っぽい地面から生える植物が並んでいた。


 畝ごとに植えられている植物が違う。畑っぽい。

 私はすっかり感心して、ため息混じりに聞いた。


「農業ってペリドット宮以外でもするんですね」

「そりゃ、食べるもんくらい自分たちで作るよぉ」


 おばあちゃんは呆れたように言い、集落の向こうを指差して付け足した。


「まあ、あっちの方は無理だね。ここらが、外で作れる限界だ」


 指差された方をみると、青空の中にうっすらと高層ビルの上層階が見えた。


「じゃあ、あっちの方は建物の中で野菜を作るの?」

「そりゃそうだ。暑くて人も歩けんもん。野菜なんて育ちゃしないよ」


「東の方は、夏場の雨は滅多に降らねえしな」

 ソラリスがしゃがみ込んで土を触った。


 瑠璃宮では野菜は工場生産ってことか。

 宮ごとに職能が分かれていると言っても、瑠璃宮は学問だけやっている場所じゃないんだな。


 そりゃそうか。農業はともかく、飲食店を経営する人もこうして目の前にいるし、生活に必要なものは自ずと存在するはずだ。


「お、あれ、じいちゃんがさっき食わしてくれたやつだ」

 

 ソラリスが畑に一歩だけ足を踏み入れて止まった。


「そういや……」


 青空みたいな目が私の方へ戻ってくる。


 ソラリスが口を開く前に、私の隣でおばあちゃんが言った。


「おねえちゃん、その靴じゃ畑は入れんに」


 そう言われて、私は足元を見た。

 以前、王都で買った、柔らかいペタンコ靴だ。たしかに、これだと土が入っちゃうかも。


「お前に渡すもんあった」


 ソラリスが畑の通路にリュックを下ろして中身を漁った。

 すごくいろいろ入っているみたい。


 私が黙って眺めていると、リュックの底の方から布の袋を引っ張り出した。


「ん」


 言葉が短い。それだけ言って袋を寄越す。


「あ、ありがとう……?」


 くれるのか?

 受け取って袋を開けると、くるぶし丈の丈夫そうな靴が出てきた。


「靴?」

「見りゃわかるだろ。歩きやすい靴、作ってやるって前に言っただろ」


 あー。そういえば?審理の前に言っていたかもしれない。

 唐突に椅子に座らされて、足を採寸された、あのときのことか。


「履いてみ」


 ソラリスに促されて、私はもらった靴を地面に並べ、ペタンコ靴を脱いだ。


 ……ショートブーツ的なものを履くなら、座るところが欲しい。


 よろめく私の二の腕を、ソラリスが当たり前のように支える。


 少しだけモヤっとしながら、私は靴に足を入れた。


「あ、ぴったり」


 両足とも履くと、包み込まれるように足裏が安定した。それなのに硬くない。


 ソラリスが身を屈めた。靴の外側から私の足の指の位置を確認する。

 そして満足したように顔をこちらへ向けた。


「だろ?測ったからな」


 無邪気な笑顔だ。

 ものづくりが好きなんだろうな。器用だし、なんでも自分でやりたがるんだ。


「へえ。おにいちゃんが作ったんけ」

 おばあちゃんがしげしげと、靴と私とソラリスを見比べる。ずいぶんと見てくる。


「あんたら、そういう仲かね?」

 おばあちゃんの目が楽しげに笑っている。


「違います!」


 違う!そういう分類に入れないでほしい!

 ソラリスの距離感がおかしいから誤解されるんだ!


 と、ソラリスに文句を言おうと顔を向けたら、当の本人はすでに畑の真ん中にいた。


「おーい、これこれ!」


 野菜たちに囲まれて、なんかすごく楽しそうに私たちを呼んでいる。

 その姿を見て、おばあちゃんは甲高い笑い声を上げた。


「なんだありゃ。あっちで散水してるから、好きに見てきな」

 作業小屋の方へおばあちゃんが向かうので、私は畑に向けて足を上げた。


 新しい靴で、いきなり土の中に入るのか。


 私は少しだけためらったけど、そのためにもらった靴だ。


 ……もらった?あれ、これ、代金払うのかな。


 私のために作ってくれたのかな?それともやっぱりヨルカのため?


 すっきりと分類しきれないものを抱えながら、私は畑の畝間を踏み締めた。


「これ見ろ」


 なんだこれ。


 細いふさふさした葉っぱがもりもりしてて、その下に玉ねぎみたいなのが膨らんでいる。


 待って。

 私はふさふさした葉っぱを掴んだ。祖母の家庭菜園で、この葉は見たかも。


 収穫されなかったアスパラガスが伸び切った時に似ているような、似ていないような。下の玉ねぎみたいなのも、ずいぶん真っ白だし、そもそも土の上に飛び出ている。いや、玉ねぎも顔をちょっと覗かせていたな。


「これ食べられるの?」

 考えすぎて微妙なコメントしかできなかった。


「葉も食えるのかな」

 またバカにされるかと思ったのに、ソラリスも真剣に悩み出した。


「そうだよな。さっき食ったの下のとこだったしな」

 そう言って、ソラリスは白い玉ねぎみたいなところをつついた。


 私は摘んでいた手を離した。ふわっといい匂いがする。指の匂いを嗅ぐと……美味しそうだ。


「葉っぱもいい匂いがする」

「本当だ。香草焼きに良さそうだな。長い茎は煮込めって言ってたし。全部食べられるんだな」


「その白くて丸っこいところは?」

「昼前に食べただろ。薄く切ってサラダにしてあった」


 ああ、あのセロリみたいにシャキシャキしてて、ハッカみたいな香りの変わった野菜か。


「うーん」

「思い出せないのか」

「思い出せてはいるよ。美味しかったもん」


 だけど、自分の知っている野菜の名前に当てはめられない!


 これから先、この野菜を見るたびに「セロリみたいな歯応えのハッカみたいな匂いの野菜」と思わなきゃいけない。


「それでこれ、なんていう名前?」

「ああ、じいちゃんはゲリラゴリラって言っていたな」


 ゲリラゴリラ?

 また微妙な名前だな。でも翻訳できない以上、このまま受け入れるしかない。


「何個か持っていって良いってさ、ゲリラゴリラ」

「へえ。じゃあ夜に食べる?」

「いいな。いろいろ試したい」


 ソラリスは腰元の道具入れから大きなハサミを取り出して、白く膨らんだ株元と土の間をザクザク切り始めた。


 私もしゃがんでその様子を見守った。


「いいな」

 ふいにソラリスが言った。


「良い匂いだね」

 ソラリスの足元には、ゲリラゴリラがすでに三本転がっている。


「そうじゃなくて。靴、良い感じだろ」

「歩きやすいよ。ありがとう」

「だろ」


 ソラリスはふさふさの葉っぱがついたままのゲリラゴリラをそのままリュックに突っ込んだ。


「葉っぱ飛び出てるよ」

「いいんだよ」

 

 ソラリスは満足そうにリュックを背負い直した。


「おお、たくさん取ったね。こっちも持っていきな」

 戻ってきたおばあちゃんがミニトマトみたいな野菜や芋みたいなものも、籠に入れて手渡してくれた。


「籠は、次来た時でいいでね」

 おばあちゃんにお礼を言って、私たちは畑を後にした。


 また来よう。


 新しい靴でウキウキしながら、夕方になってもまだ暑い日差しの中を私たちは歩き出した。


 隣で同じようにご機嫌で歩くソラリスを見る。


 ヨルカにとってソラリスってなんなんだろ。保護者?友達?


 ソラリスは誰にでもこういう距離感なのかな。

 

 ソラリスのリュックでは良い匂いの葉が揺れている。


 なんとも分類しがたい疑問がゲリラゴリラの葉の匂いと共に私の周りを漂った。

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