第33話 十三歳の指
ゆるやかに続く斜面には落ち葉が積もり、足を踏み入れるたびに軽快な音が鳴った。それが三人分ともなるとずいぶん賑やかだった。
以前より背が伸びたナナリエが足元の木の実を拾い、籠に入れると、先頭を歩くエンジュが振り返った。
「そろそろ、おやつにしようか」
エンジュは肩に提げていた鞄から敷物を取り出して落ち葉の絨毯の上に広げた。ハルジオンも敷物の端を持って手伝った。並んだ二人は二本の柱のように大きく、少年と呼ぶには肩幅がだいぶ広かった。
ナナリエは敷物の端に腰を下ろして長靴を脱いだ。空を見上げると、二つの太陽が南の空の低い位置から地表を照らしていた。吐く息が少し白くなる。
エンジュが水筒から湯呑みにお茶を注ぐと白い湯気が揺れた。ナナリエはエンジュの鞄の中から木の皮の包みを取り出して、三人の真ん中に広げた。中の緑が透けて見える、白い皮の饅頭だった。
「熱いから気をつけてね」
エンジュはナナリエに湯呑みを手渡した。ナナリエはお礼を言って受け取ると、両手で湯呑みを包んで小さく息を吹きかけた。しばらくその温かさを確かめるように、じっとしていた。
「寒くないか?」
ハルジオンが尋ねた。
「指先は冷えますね。でもたくさん着込んでいるので、平気です」
「もうすぐ新年祭だもんねえ」
エンジュがのんびりと空を見上げた。手には柔らかそうな饅頭が握られている。
「今度の新年祭も、雪が降るかなあ」
目を細めて白い饅頭に噛み付いた。
「ナナリエは来年、高等教育課程に入るな」
ハルジオンがお茶を啜りながらナナリエを見た。
「ナナリエ、もうすぐ十四歳なのかあ」
エンジュが目を丸くした。
「僕たちも高等教育最後の年になるね。ハルジオンは来年、行政院の試験を受けるの?」
ナナリエに向けていた視線をハルジオンに移して、エンジュは首を傾げた。
「そのつもりだ。エンジュはどうする?」
「あんまり考えてないなぁ。翡翠の山の樹木のお世話でもしようかな」
「林業に進むのか?」
「そこまでは決めてないよ。育てたり、弱った木を診たり。ときには切ることもあるかもしれないけど」
ナナリエは饅頭を食べようとした手を止めた。
「切ったら、木が泣くでしょう?」
「泣くよ。だから、切らずに済む方法があるなら、先にそっちを考えたいんだよねぇ」
ナナリエはしばらく辺りの樹木を見回して、納得したように饅頭を食べ始めた。
「甘い……」
饅頭に頬を緩ませ、お決まりの感想を言うナナリエに、ハルジオンもエンジュもおかしそうに笑った。
「ナナリエ」
笑いを収めたハルジオンが、真面目な顔で口を開いた。
「新年祭の祝賀会だが、一緒に出席しないか」
「いやです」
ナナリエは即答した。
「ナナリエは、知らない人と話すの苦手だもんねえ。今年もお祭りだけ見て帰る?」
エンジュは、その即答に静かに笑った。しかし、ハルジオンの表情は崩れない。
「今年も、祝賀会の頃に初雪が降るかもしれない。顕微鏡を持っていこう」
「結晶の観察は、初雪じゃなくてもかまいません。新年祭じゃないときに見ましょう」
ハルジオンは肩をすくめ、意を決したように言った。
「ナナリエが高等教育に入る前に、各宮で働いている人たちの話を聞いておくのも悪くないと考えている」
「働いている人たちの……?」
ナナリエの目が、何かを想像するように、少しだけ上を向いた。けれどすぐにハルジオンに視線を戻した。
「いえ。行きません」
「私がついているから不安に思うことはない」
「そんなこと言って。お兄様は、先月トパーズで開かれた展覧会にご一緒したとき、ずっと他の大人の方たちとお話しされていました。私は退屈で仕方がありませんでした」
「それは確かに悪かった。誘っておいて配慮が足りなかったな」
ハルジオンが非を認めても、ナナリエはまだ頬を膨らませていた。あの時のことは許していないと全身で主張していた。ハルジオンは困惑顔でナナリエを見つめていたが、やがて何かに気づいたように表情を改めた。
「ならば、こうしよう」
そう言って、ナナリエに向かって手を差し出した。
ナナリエは、突然差し出された手のひらの意味を考えるように、しばらく観察していた。一度、不思議そうにハルジオンの表情を確認すると、ナナリエは戸惑いながら自分の手をハルジオンの手の上に乗せた。
自分の手のひらに重ねられた手を、ハルジオンはそっと握った。
「見たいものや行きたい場所があれば、君が私の手を引っ張っていけばいい」
ナナリエは疑わしそうにハルジオンを見た。
「……誰かとお話しの途中でもですか?」
「ああ。手を引かれては仕方がないだろう」
ハルジオンは含みのある笑顔を見せた。ナナリエも、悪戯を前にした子どものように愉快そうな表情になった。
「約束ですよ」
ナナリエはハルジオンの手を握り返した。
「もちろんだ」
ようやくハルジオンに柔らかい笑みが戻った。
つながれた二人の手を、エンジュがぼんやりと眺めていた。湯呑みを口元へ運びかけた手が、途中で止まっている。
「ナナリエの指って……そんなに長かったっけ」




