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星粒のリテラエⅡ からっぽの魔女は想いを注がれる  作者: はなちゃん
第二章 守り方はひとつじゃない
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第30話 大切な人を失うのは嫌なの

※エピソード分割に伴い、話数が変更されています。内容に大きな変更はありません。

 エンジュの声がみんなの動きを制止した。


 ソラリスとナナリエは互いに手を伸ばしたまま、ハルジオンも二人を見つめたまま、誰も動かなかった。

 ようやく周囲へ視線を向けると、樹々の合間にも複数の人影が立ち尽くしていた。


 ただひとつ、エンジュの足音だけが光のドームに近づいていく。


「少しだけ、そのまま」


 エンジュは光の粒が漂う半球に右手を触れた。そのまま半球の外側を撫でるように、ゆっくりと手を回した。左手は半球の下の方に添えられ、少しずつ内側に押し込んでいるように見えた。

 光のドームは、エンジュが撫でるたびに少しずつ小さくなっていく。まるで大きな雪玉を、両手で丸め固めているみたいだった。


 半球だと思っていた光の流れは、小さくなるにつれて地面から引き抜かれるように持ち上がり、やがてエンジュの手のひらの上で球になった。

 その周囲には、まだ細い光が流れている。エンジュはそれを、わたあめを棒に絡め取るみたいに指先へ巻き取っていった。


 エンジュが息を吐いた。


「もう大丈夫だよ」

 その言葉を聞いて、ようやくソラリスとナナリエは腕を下ろし、ハルジオンも呆然とした様子で一歩だけ二人に近づいた。


「皆、通常の配置に戻れ」

 暗がりで待機しているであろう人たちに、ロタラが呼びかけた。


 ナナリエは下ろしかけた手のひらをじっと見つめて呟いた。


「今の……私たちが磁場に干渉した?」


 自分で言った言葉に驚いたように、ナナリエは顔を上げた。

 虹色の瞳は、真っ先にハルジオンの顔を探した。けれど、その視線はゆっくりとソラリスに戻っていった。ソラリスもナナリエを見ていた。


 私は、何が起きたのかわからず、ナナリエとソラリス、それからハルジオンの背中とエンジュの横顔を順番に見つめた。


 視線を動かしながら私は気づいた。公園に入ったときから感じていた、視界の気持ち悪さが消えている。

 いつからだろう。たしか、私の髪も浮いて、光がドームの中を流れ始めた頃には、もう気にならなくなっていたような。これって、もしかして……。


 ——パシャッ。


 私の背後で誰かが駆け出した。水たまりが跳ねるのも気にせず、風のように樹々の間を抜ける。


 薄金色の柔らかな髪が、ふわりと広がった。


「——ハル!」


 ヒヤシンス様が、ハルジオンの背中に飛びついた。


「……姉上」

 ハルジオンが振り返り、ヒヤシンス様の両肩を掴んだ。


「大丈夫?頭痛は?耳鳴りは?どこか変なところはない?」

 ヒヤシンス様は矢継ぎ早に質問を投げつけた。いつもの余裕たっぷりの彼女とは様子が違った。


「姉上、私は平気です」

「今、何をしたの!」

 ヒヤシンス様が叱りつけると、ハルジオンの琥珀色の瞳が少しだけ揺れた。

「いえ、私は、何も……」

「無意識なの?制御できていないなら、なおさら危険だわ」


 ヒヤシンス様はハルジオンの胸元に顔を押し付けて震えていた。

 ハルジオンがしばらく背中を撫でていると、ヒヤシンス様はゆっくりと身体を離した。


 ヒヤシンス様の顔が横を向き、鋭い矢のような視線が放たれた。


「ちゃんと見てなさいよ」

 重く、突き刺さるような低い声だった。


 ヒヤシンス様の目は、真っ直ぐにエンジュを射抜いていた。

 だけどエンジュはまだ、指先に残った光を見つめていた。


「姉上、どうか落ち着いてください」

 ハルジオンは背後から、ヒヤシンス様の両肩を掴んだ。


 無言のエンジュに、ヒヤシンス様の声が追い打ちをかける。


「あなたたちはそうやって外側から手を出すだけで、身体を削り、危険に晒されるのは王でしょう——」


「口を慎め、ヒヤシンス」

 ヒヤシンス様とエンジュの間に、ロタラが立ち塞がった。槍は石突きを地面に突き立て、穂先は天を向いていた。

「王になることを降りた君が、真っ先に役目を引き受けたこの男を非難するな」

「……役目?」

 ヒヤシンス様はロタラを睨み返した。


「双王が立たねば、この国は成り立たないだろう」

「成り立たないなら滅びればいいのよ」


 鼻先で笑うヒヤシンス様に、ロタラは真っ直ぐな視線を向けた。


「だが、君はその国で今も生きている。この国で生きる人々の命を救う仕事をしている」


 ヒヤシンス様の視線が足元に落ちた。足元ではまだ薄緑の苔が淡い光を残していた。

「……目の前に救える命があって、自分に救う技術があるなら、立ち止まるわけにはいかないだけよ」

 俯くヒヤシンス様をハルジオンがそっと抱き寄せた。


「エンジュも同じだ」

 ロタラは微動だにせず声を上げた。

 エンジュは視線を落としたまま何も言わない。

「双王を守れるのは大宮司だけだ」


 俯いた拍子に顔にかかった髪の奥で、ヒヤシンス様の唇が小さく動いた。

「……守れなかったじゃない」

 小さな呟きを聞き、ロタラの眉間がわずかに動いた。

「二十年前のことか——」


 言いかけたロタラの声を遮るように、ヒヤシンス様が勢いよく顔を上げた。

 見開かれた目が涙に滲んでいた。


「認めないわ。誰かの身体を犠牲にして成り立つ安定なんて」

 腹の底から響く声は、ヒヤシンス様の喉元で少しだけ掠れていた。


「大切な人を失うのは嫌なの」

 絞り出すような声を前に、ロタラは口を閉ざした。

 ハルジオンも眉を寄せて視線を落としていた。


「……うん」

 エンジュがゆっくりと顔を上げた。穏やかな表情。なのに、そこに微笑みはなかった。

「そうだね。僕もそう思う」

 翡翠色の目は冷たくも温かくもなく、ただ静かにヒヤシンス様を眺めていた。


 ヒヤシンス様は一瞬だけ身体を強張らせ、だけど拳をぎゅっと握って声を出した。

「だったら、どうして若宮司になんてなれるのよ……」


 エンジュの目が瞼の奥にかくれた。


「先生のことを慕っていたのは、あなただけじゃないよ」

 静かな声なのに、エンジュの声は空間を満たした。


 やがて、エンジュが目を開いた。


「僕は、僕のやり方で守る」


 その目は、ヒヤシンス様を通り越して、どこか遠くを見ていた。


 淡いオーロラの光に照らされて、みんなが黙っていた。


 ナナリエもソラリスも、さっきまで互いに向けていた視線を、今は四人へ移していた。


 ……エンジュも、ヒヤシンス様も、そしてハルジオンとロタラも、たぶん同じ誰かを思い出している。その人を失った傷が、この人たちの今を作っているのかもしれない。


 どれだけ、大切な人だったんだろう。

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