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第3話 甥っ子想いの伯父、当主討論で暴走する

 双王。


 この国では、王位は二人でひとつだ。


 むすぶ神に対応する結王と、めぐる神に対応する環王。

 その候補者は、四つの宮——翡翠、琥珀、珊瑚、瑠璃の王族から選ばれる。


 祈りの翡翠。


 伝統の琥珀。


 武門の珊瑚。


 学術の瑠璃。



 その四つの当主が、今、低い円卓を囲んでいる。


 結晶球の向こうに見える評議場には、重い空気がしずんでいた。


 盗聴というか盗撮映像だ。


 スパイカメラのようなものがテーブルの上に置かれているみたい。

 当主ひとりひとりの鼻の穴までよく見える。


 そんな視線の中心に堂々と設置するなんて、ハルジオンはどんな手を使ったのだろう。


 ローテーブルの中央に結晶球が置かれ、その周囲を長椅子と二脚の椅子が囲んでいた。

 私たちは思い思いの場所に腰を下ろし、結晶球の向こうの評議場をのぞき込んでいた。



 翡翠宮の当主は目を閉じたまま、何かを祈るように口をもごもごと動かしていた。

 ナナリエとハルジオンの曽祖母にあたる、九十歳いや百歳に近そうな女性だ。


 最初に口を開いたのは、珊瑚宮の当主だった。


 七十代ほどに見える、背筋の伸びた女性だ。

 血液のように赤い鮮やかな髪色をしている。


「此度、双王継承者の選任について、議会より正式に差し戻しを受けた」

 低く、よく通る声だった。


「本会議は、差し戻しを受領するか否か。受領する場合は、新たな候補者の選任を行うものとする」


 珊瑚宮の当主の視線が、琥珀宮の当主へ向けられる。


「琥珀宮の王子ハルジオンからの願い出であると聞いている。琥珀宮から、何か申し立てはあるか」


 琥珀宮の当主はプラチナブロンドの六十代ぐらいの男性だった。

 立派に口髭も蓄えていて、くっきりした顔立ちと相まって厳格そうな雰囲気を感じる。



 結晶球をのぞきながら、ソラリスが呟いた。

「なんか口うるさそうな顔のジジイだな」


 ハルジオンがソラリスの顔をちらりと見て応じる。

「私の伯父だ」

「あ、なるほどね」



 ハルジオンに少し雰囲気の似た紳士が口を開いた。

「受けぬ」

 低い声で唸るように言った。

「琥珀宮は現行の継承者の維持を求める」


「だが、琥珀宮の者からの願い出であるのだぞ」

 珊瑚宮の当主が眉をひそめた。


「若輩者の誤りを正すのも年長者の務めだ」

「ほう。彼の判断は誤りであると」

「当然だ。継承者自らが降りるなどと聞いたことがない」

「前例がないから認めないということか」


 珊瑚宮の当主と琥珀宮の当主だけが言葉を交わしていた。

 翡翠宮の大おばあ様はずっと口をもごもごさせているだけだ。


「そうではない。先代の王が急逝したとき、琥珀宮は現王を立てた。臨時で、暫定の王を引き受けるという不名誉を受けたのだ」



 暫定の王。

 たしかにハルジオンは自分の両親のことをそう言い放っていた。



「我が妹カレンデュラも、その夫シュロも、今日までこの国を支えてきたのだ」

 この伯父さん、ハルジオンと違って声に温度がある。

「暫定の王の次は、撤回された継承者という屈辱を受けろというのか」


「撤回されたのではなく、王子自ら撤回したのであろう」

 釘を刺すように珊瑚宮の当主が言った。


 再びソラリスが口を挟む。

「ばっちゃん、今日気合い入ってんな」


「え?ソラリス隊長のおばあさんなんですか?」

 たしか以前、ソラリスは珊瑚宮の傍系の養子だってハルジオンが言っていたけど。

 私が驚くと、ハルジオンも測るような視線でソラリスを見ていた。


「俺のばっちゃんじゃねえけど。ばっちゃんみたいなもんだな」

 けろっとした様子で答えたあとに、ちょっと笑った。

「ばっちゃんも、めちゃくちゃ小言が多い」


 結晶球の中で、ゆったりと青い髪が揺れた。

「ハルジオン殿下のお話は聞かれたのですか」

 落ち着いた声。


 瑠璃宮の当主セアノサス様だった。

 ナナリエの母方の叔父で、年齢は四十代半ばだろうか、当主の中では最年少だ。


「聡明な殿下のことです。熟慮の結果でしょう」

 口調は穏やかだけど、オレンジ色の瞳は火が灯っているように熱かった。



 セアノサス様の言葉に、ハルジオンの拳が固く握られた。


 以前ハルジオンがナナリエとの結婚に向けた挨拶へ行ったとき、セアノサス様はハルジオンのことを深く気にかけていた。

 ハルジオンも慕うように彼に胸の内を明かしていた。

 なにか思うところがあるのかもしれない。


「あのオッサン、苦労人って感じだな。胃が悪そう」

 ソラリスがさらっと観察結果を言った。

「確かに、以前お会いしたときに胃のあたりを抑えてましたね」

「やっぱなー」

「ちなみにナナリエの叔父さんです」

「ああ。それは苦労するな」



「セアノサスよ」

 ハルジオンの伯父の眉間に、皺が深く刻まれた。

「そもそもの発端は、そなたの姪御の尻拭いを我が甥がさせられているからではないのか」


「何について仰っているのですか」

「議会での答弁を聞く限り、瑠璃宮の姫君が匿っていた少女が——」


 ……ん?瑠璃宮の姫君が匿っていた少女?


「——国中の戸籍情報を消して回っていたことと無関係ではないだろう」


 あ!心当たりある!これ私だ!


「なに。お前、そんな犯罪者なわけ?」

「誤解です。一部は認めますが」

「一部ってなんだよ」

「消したんじゃなくて吸収したんです。それに、わざとじゃありません」

「ああ、いつもの鈍臭い失敗な」

 ソラリスと私が茶々を入れる横で、ハルジオンがこめかみを抑えて難しい顔をしていた。



 セアノサス様が口を開いた。


「ナナリエの保護下にあった少女が、王都の系譜管理局で保存している情報の一部を動かしてしまったことは事実です」


 狼狽える様子もなく釈明をしてくれている。

「しかし故意ではなくただ一度きり。国中の戸籍情報を消したというのは事実と異なります」


「だが、今はハルジオンが後始末をしようとしている」

 琥珀宮の伯父様が恐ろしいことを言った。



「わ、私、殿下に始末されるんですか……?」

「君は少し黙っていてくれないか」

「口封じってやつですか……?」

「なあ、こいつと毎日一緒にいて疲れねえの」

「……楽な仕事などない」



「琥珀宮はいつも尻拭いばかりさせられている。ハルジオンも苦労ばかり背負わされている」

 口髭をぎりぎりと捻りながら伯父様が憤った。

「突然、両親と離れて暮らすことになり、幼いハルジオンがどれだけ寂しい思いをしたか!」



 ……ハルジオン、両親と離れて暮らしてたんだ。

 ちらりと視線を向けると、ハルジオンの顔には「答弁は差し控えます」と書いてあった。



「こうなったのも全て先代の王が法則を無視したことが原因だ!」


 口髭の伯父さんは目を見開いて、声を荒げた。

 ——翡翠宮の当主に向けて。


 先代の王、ナナリエのお父さんとお母さんだ。

 法則を無視とはなんのことだろう。


「大ばば様!あんたに言っておるのだ!」


 耳元で大声を出されても、大ばば様は目も開かず口をもごもごさせていた。

 聞こえないだけで、何か喋っているのかな。


「落ち着いてください」

 なだめようとするセアノサス様に、口髭の伯父さんは目を見開いた。


「貴様だって先王には腹が立っているであろう」

「私がですか」

「貴様の姉君も、先王の無知により寡婦となったのだ!」


 評議場の空気が止まった。


 息を呑む音がした。

 それが結晶球の向こうからなのか、私の隣にいる人からなのか、わからなかった。


「……おやめください。故人を貶めるのは」

 セアノサス様が低い声で告げた。


 故人。


 ナナリエのお父さんは、彼女が生まれる前に亡くなったと言っていた。


 無知。


 法則を無視。


 なにか王として間違ったことをして命を落としたんだろうか。


 ハルジオンの顔を見た。

 琥珀の瞳は険しく、心を閉ざしたように冷たかった。

 ——何か、知っている。でも話す気はない。


 ソラリスの顔を見た。

 目の前の状況から真実を掴もうと睨みを利かせている顔だった。

 ——何も知らない。だけど、知ろうとしている。


 私は、どちらにも質問を投げかける気になれなかった。



「そうだ。落ち着け」

 珊瑚宮の当主が割って入った。

「大ばば様も大切なご令孫を亡くされて、当時はひどく心を痛めたのだ。責めてやるな」


「自業自得だ。双王候補としての教育もまともに受けさせず、遊ばせておいたのだからな」

「そう言うな。彼の兄である現在の環王は大変思慮深い。決して監督者のせいではない」


 わからん。


 現在の環王がハルジオンのお父さん。

 その弟だった先代の環王が、ナナリエのお父さん。


 たしかにナナリエとハルジオンは従兄妹同士って言っていた。

 ふたりとも大ばば様の曾孫なのだから、お父さんたちは大ばば様にとって孫になるのか。

 なるほど。そこは繋がった。


 でも、先代の環王がなぜ命を落としたのか。

 その死が、ここにいる人たちへ何を残したのか。


 そこまでは、全く見えない。

 私が知ってもいいことなのかさえ、判断できなかった。



 結晶球に視線を戻すと、口髭の伯父さんが眉間を押さえて俯いていた。


 セアノサス様も言葉を継がず、大ばば様も相変わらず草を食べる馬みたいに口を動かしていた。


 珊瑚宮の女性当主だけが円卓を見渡し、軽くため息をついた。

「環王でも結王でも、珊瑚宮はいくらでも候補を出せる。三十人は用意がある」


 頭かず、揃えてるな……。

 珊瑚宮は双王を絶やさないことを第一に考えているって教えてもらったけど、本当なんだ。

 珊瑚宮が子沢山っていうのも単なる地域性じゃなくて、家門の方針でもあるのかもしれない。


「よって珊瑚宮は、琥珀宮と瑠璃宮の意向に合わせる」


 うーん。これは。

 うちは知らん。合わせてやるから、琥珀宮と瑠璃宮で話し合えって言っているのか。


「珊瑚宮の予防措置能力には敬服いたしますが、その三十人の若者たちの気持ちは確認せずとも良いのですか」


「王の継承に私情は挟まぬ。我々珊瑚宮は常に心得ている」


「そうだ。セアノサスよ。瑠璃宮は自由に過ぎる。王女以外に候補を立てることもできぬのであろう」


「返す言葉もございません。我が子どもたちはまだ幼いものですから」


「個人の意思で継承権の返上はできぬ。議会の宣言は取り消しだ」


 口髭の伯父さんは目を閉じて、ひとり納得するように頷いた。

 そんな彼を、セアノサス様は静かに見つめた。


「反対されるとわかっていたからこそ、ハルジオン殿下は議会で先に宣言されたのでしょう」


 伯父さんの口髭が片方だけぴくりと動く。

 その動きを珊瑚宮の当主が横目で確認し、セアノサス様に尋ねた。


「では瑠璃宮は王子の意思を尊重し、王女の継承権を返上するのだな?」


 セアノサス様は誠実な瞳で円卓を見渡した。


「たしかに彼女は未熟です。ですが——」


「ならん!」

 伯父さんが突然、セアノサス様の言葉を遮った。


「……はい?」


「瑠璃宮の姫も外してはならん!」


「何を仰っているのですか。さきほどはハルジオン殿下がナナリエの尻拭いをしていることに、ひどくご立腹の様子でしたが」


「だからこそだ!婚約解消は認めない!」


「……これは王位継承者を決める会議なのだが」

 珊瑚宮の当主が冷ややかな視線を送る。


「ハルジオンのこれまでの努力を無駄にすることは認めない!」


 ……どういうこと?


 ハルジオンを王にしたいだけじゃないの?


 このオジサン、何が言いたいの?


 私はそっとハルジオンの表情を確認しようとした。


 琥珀の瞳はひどく動揺していて、私が見た瞬間にハルジオンが素早く動いた。


 椅子から腰を浮かし、膝をついて結晶球に向かって手を伸ばす。


 だけど。


 ソラリスの方が早かった。


 結晶球に触れようとしたハルジオンの手を、愉快そうな顔のソラリスが掴んだ。


「待てよ。いま良いとこ」

「やめろ……!」


 ソラリスは小柄なのに、柔よく剛を制すというやつか、ハルジオンはびくともしなかった。


 にっこにこでソラリスが結晶球をのぞきこむ。


 なにを、そんなに——?


「ハルジオンは瑠璃宮の姫を心から愛しているのだ!!」


 結晶球の向こうでは、オジサンが立ち上がって絶叫していた。



 評議場が静まり返る。


 結晶球のこちら側でも、沈黙が……落ちてはいなかった。


「傑作。今日遊びに来て良かった」

 ソラリスが腹を抱えて笑い転げている。


「…………どうして」

 ハルジオンが分厚い絨毯に突っ伏して悶えている。


「お前のオッサン面白えな」

「頼む。もう止めてくれ」

「おい、話が続いてるぜ。見てみろよ」


 ソラリスの言うとおり、当主討論は続いていた。


「皆は知らぬと思うが、ハルジオンは——」

 口髭の伯父さんは泣きそうになりながら熱弁していた。


 セアノサス様と珊瑚宮のばっちゃんが顔を見合わせていた。


「……まあ、議会では有名な話ではあるな」

 ばっちゃんが言った。


「……国民にもそこそこ浸透していますしね」

 セアノサス様も冷静な口調で解説した。


「な、なんだと!?」

 オジサンは目を見開いて驚いた。


「各地の視察を行う王子と王女が睦み合う姿を、多くの者が目撃している」

 そ、そうだったの……?


「……演出だ」

 ハルジオンがなにか呟いている。


「先日まで流れていた『初恋フィジー』なる飲み物の宣伝も、目に余るものがありました」

 セアノサス様の目に余っていたの……?それに、名前ちょっと間違えてますよ。


「……国の安定に役立てればと、私はあえて」

 ハルジオンが何か壮大な話をしている。



「お前ら、国家規模の恋人同士だったんだな。知らなくて悪かったな」

 ソラリスが申し訳なさそうに頭を掻いた。


「そりゃそうですよ。王子と王女が婚約してるんですから」

 私はハルジオンを安心させるつもりで付け加えた。


「みんな知ってます」


「………………消えたい」


 静かな声が聞こえた。


 ハルジオンが絨毯に頬を埋めて死んだような目をしている。


「殿下、そこは床ですよ」


「……もう何も言うな」


 一週間前はいろいろ消したいって言っていたのに。


 今は自分ごと消えようとしている。



 うーん。



 どうしてこうなったんだろう?


 大ばば様は、相変わらず草を喰む馬のように口を動かしていた。

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