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第2話 俺をお前の代わりにすんな

「ソラリス」


 ハルジオンがその名を呼んだ。



 イサリダ・ソラリス。


 王立特務救難隊第七隊の隊長で、私を見て即座に中身が別人だということを見抜いた人だ。


 それ以来、会うたびに「さっさと帰れ」と言ってくる。

 言い方は乱暴だけど、たぶん悪い人ではない。



「三週間。ずいぶん探させてくれたな」


 ハルジオンはゆっくりとソラリスに向かって歩いて行った。

 その手には私に渡したのと同じ、涼しげなグラスが握られている。


「ああ。探してたみてぇだな」


 ソラリスは怒りを隠さないまま、目元だけで笑っている。

 金色の髪を結う赤い組紐が、頭の動きに合わせて揺れた。


「俺を第七隊から外して、なんとかっていう王女の護衛にしたってどういうことだ」


 ハルジオンは軽くため息をついて、グラスを差し出した。

「外は暑かっただろう」


「ああ、助かる」

 怒ったまま素直に受け取るソラリス。

「そっちの肉もくれ」


「肉か。私が焼いた」

 表情は変わらない。なのに、少しだけ得意げに見えるのはなんで。


「いいじゃん。お前も焼けるクチだな」


 焼けるクチってなんだよ。

 食べる口ならわかるけど。


「そういうことだ」

 ハルジオンが不敵な笑みを浮かべ、串焼きを手渡した。


 白い歯を見せてソラリスは大口でかぶりついた。

 肉が噛み千切られるときに脂がきらりと光った。

 たった今私も食べたばかりなのに、もう美味しそうに見える。


「焼いた後、寝かしたな?中の柔らかさが絶妙だ」

「やはり、君はわかるのだな」


「当たり前だろ」

 ふたりはしばらくの間、楽しそうに視線を交わした。


「先ほどの件だが」

 先に表情を変えたのはハルジオンだった。


「私の人事権を行使しただけだ。ちなみに王女の名は……ナナリエだ。忘れるな」


「え?そうなの?」

 ナナリエの護衛にソラリス?どういうこと?

 そもそもナナリエ、いつも呑気に出歩いてたけど、いまさら護衛とか必要?


「あのときの理屈っぽい女か。最悪」

 うんざりした顔で、ソラリスは天井を見上げた。

「何がしたいんだよ、お前は」


 青い瞳がくるりと動いてハルジオンを見た。

 相変わらず、ライオンの子どもみたいな目だ。

 丸くて愛嬌があるのに、どこか底知れない強さを感じる。


「ひとつ聞く」

 ハルジオンは青い瞳を真っ直ぐ見ながら言った。


「お前が俺の話を聞けよ」

 呆れるソラリスを無視するように、ハルジオンは言葉を続けた。


「王になる意思はあるか」


「……は?」

 その目に再び怒りの色が戻った。

「また勝手なこと言いやがって」


「勝手に決めてはならないと思ったから、保留にしてある」


 怒りを表すソラリスとは対照的に、ハルジオンは穏やかな……いや、気の抜けた声で言った。


「いいことしました!みたいな顔で言うなよ。配属は勝手に変えただろ!」

「それは人事だ。国の下で働く者として突発的な配置転換は覚悟すべきことだと思うが」

 相手を見下すようでもなく、それでいて相手の気持ちなど無視した淡々とした表情だった。


「今すぐ戻せ」

「できない」

「なんだと?」

「議会を離れた今の私には、人事権はない」

 はっきりした迷いのない声だった。


 ハルジオンは王位継承権の返上とともに議会の仕事も退任したらしい。

 もともと王位継承者として議会に席を用意されていたに過ぎなかったから、という理由と。

 独断で王位の見直しを申し出て、国に混乱を与えた責任をとるという姿勢を見せたのだという。


「じゃあ何で俺の配置を変えたんだよ?」

「そのときは権限があった」

「はあ?」

 ソラリスは大袈裟に首を傾げた。


「……さすがにそれはひどい」

 思わず声が漏れた。


 自分の退任まで見越して配置を変えたの?

 盤面を整える王子だとは思っていたけど、ここまで読むなんて。


 完全に、時限爆弾を仕掛けている。


「お前」

 ソラリスが鋭い目でハルジオンを睨んだ。


「名前を覚えてくれたのではなかったのか」

 寂しげにハルジオンは笑った。


「……ハルジオンはこんなやつじゃなかっただろ」


「言うほど親しくはないだろう。君と私は先月初めて会った。しかも三日ほどしか共に過ごしていない」

 少しだけ目を伏せて、言葉を続ける。

「……ずいぶん、評価が早いな」


「でもわかるんだよ。お前がどんなやつかってことくらい」

 ソラリスは目を逸らさない。


 こういうとき、お前に何がわかる?と咄嗟に言い返さないのがハルジオンだ。

 そして、本当にわかっているんだと思わせるのが、ソラリス。


 そういうふたりだ。


 ハルジオンは黙って寂しそうに微笑んでいた。


 ソラリスは怒りをそっとしまって、ため息をついた。

「俺をずっと探してたんだってな」

「そうだ。君の答えを、私が勝手に決めるわけにはいかなかった」


「だけど、勝手に俺を、お前の恋人の護衛に変更した」

「……ナナリエは恋人ではない」


「それに……」


 視線を逸らすだけじゃ足りなくて、ハルジオンは目を瞑った。


「…………………………………………………………婚約は解消した」


 溜めが長い。自分で言ってて致命傷を負っている。



「……は!?そうなの!?」


 ソラリスが勢いよく私を見た。

 この人は、なぜかいつも私に事実確認してくる。


「おい、説明係。どうなってるんだよ?」

「説明係ってなんですか」

「ハルジオンがそう言ってなかったか?」

「たぶんそれ、記録係かなんかじゃないですか」

「同じようなもんだろ」


 まあ、なんでもいっか。


「……先週のことです。ただ、ソラリス隊長が捕まらなかったから、そうせざるを得なかったみたいですけど……」


「余計なことを言うな」

 満身創痍のハルジオンが苦しそうに口を挟んだ。


「はあ?俺のせいかよ。なんだそれ」

「君のせいではない」

「だよな。名前もまともに呼べないような中途半端な距離感だったしな」


 やめて。傷口に塩を塗り込まないであげて。

 この王子、見かけよりずっと弱っているから……。


 ハルジオンはゆっくりと瞼を開いた。

 自分はやるべきことをやるだけ。

 そういう顔だった。


「それよりも大切な問いだ」

 低い声で問う。

「王になる意思はあるのか」


「ようやく本題か」

 ソラリスは肩をすくめた。


「答えろ」


「……ねぇよ」


「理由は」


「まず一つ」


「今のお前の思惑には、なんとなく乗りたくねえ」


「そうか」


「二つ」


「王なんて、俺には向いてねえ。あんな立ってるだけの仕事、ごめんだね」


 ——立ってるだけの仕事。


 以前、ナナリエもそう言っていた。


 だけど本当に立っているだけの仕事なんてあるわけがない。

 そんな立場の人を立てるのに、国中が必死になるわけがない。


 どういうことだろう。


「王になる候補者なんて掃いて捨てるほどいるだろ」


 ソラリスは吐き捨てるように言った。


「俺は俺にしかできないことをする」


 澄んだ目で、正面からハルジオンを見つめる。


「それだけは、昔から決めてる」


「それはわかります」

 気づけば、私はそう口にしていた。


 どんなに些細なことだって構わない。私は私にしかできないことをしたい。


「きっとみんな同じです。自分にしかできない仕事を探して走ってる」


 だから世界は、ちゃんと回ってる。


「何だ今日はやけに味方してくれんじゃん」

 ソラリスが人懐っこい顔で笑った。

「前はこいつの顔色を伺ってびくびくしてただろ」


「こわ。そんなとこまで見てるんだ」

「見りゃわかる」


 冗談ぽい笑顔をしまって、ソラリスはハルジオンを見た。


「俺をお前の代わりにすんなよ」


「……その逆だ」

 ぽつりと溢れる低い声。


「は?」


「私こそが、君の代わりに過ぎなかったんだ。最初から」


 琥珀色の瞳が頼りなく揺れた。


 その先を、ソラリスは言わせなかった。


 眩しい太陽が目の前を横切った。


 ソラリスはハルジオンの胸元に拳をぶつけていた。


「違う」


 迷いのない声。

 だけど、とても穏やかな音色。


「それは絶対に違うぞ、ハルジオン」


 小柄なソラリスがハルジオンの顔を下から覗き込む。


「誰かの代わりなんかいねえ。俺は知ってる」


 ソラリスは時折こうやって確信を持ったような言い方をする。


 その言葉が、信念なのか、本当に真実を知っているのか、私たちはいつもわからなくなる。


「君は、本当になんでも知っているんだな」


 ハルジオンが疲れたように笑った。


「だからこそ……君なんだろうな」


「なんだって?」


 ソラリスが聞き返したときには、ハルジオンはいつもの余裕のある顔に戻っていた。


「……まあ、いい。次の春まで、まだ時間はある」


 春。


 そうだ。

 この国の王様は、春に行われるお祭りの儀式で証明されるんだ。


「結環の儀が示す」

 ハルジオンは断言した。

「君が王に相応しいということを」


 ソラリスは何も答えなかった。

 怒りも呆れも消えて、目を見開いて立っていた。

 どうしてそこまで断言できるのか、ハルジオンの顔を探っているのかも知れない。


 ハルジオンは柔らかい表情を取り戻して、執務室の机に歩み寄った。

 そして重厚な机の上に置かれた、掌ほどの怪しげな結晶球に手を触れた。


 ……占い師にでもなるのかな。


 占いで、王に相応しい者を選ぶとか。


 ……そういう文化じゃないか。ここは。

 立証可能な科学を重視してる国っぽいもんね。


 魔女もいないし、魔法もないし。


 ハルジオンは結晶球を手に取って、私たちふたりに向かって不敵な笑みを浮かべた。


「ひとまず、これより開催される四宮当主による双王候補者選定会議の動向を把握する」


「な、なんて?」

 ちょっと待って。聞き取れなかった。

「またお前は、長い名称をスラスラ言うなあ」

 隣でソラリスも呆れた声を出している。


 一瞬だけめんどくさそうな顔をして、ハルジオンはゆっくりと口を開いた。


「まもなくカレイド宮殿では、四つの宮の当主たちが集まって会議を開く。それを傍聴する」


 なるほど。


「公開されてる会議なんですね」

「……されていない」


「え?」

「だが、聞く」


 どういうこと。


「何それ盗聴!?面白そうじゃん!」

「だろう?」


 ソラリスがわくわくを抑えきれない様子で身を乗り出した。

 そんなソラリスを見て、ハルジオンも満足そうに頷く。


 え。盗聴?

 この国は盗聴が合法なのかな。


 そんなわけないか。


「仕込みは万全だ」

「ほんと、いい性格してんな、お前!」


 あれ、でも。


 そこは意気投合するんだ……。


 もしかしてこのふたり、止める人がいないと、ものすごく危ない組み合わせなのでは。


 ……いや。


 ナナリエがいても、たぶん止めない。


 むしろ目を輝かせて、検証を始める。

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