第26話 俺の両親に会ってくれ
ソラリスとナナリエはまだ睨み合っていた。
私はどちらの味方にもつけずに困惑していた。
「はいはい。ナナリエもアンリも甘いものでも食べなさい」
ヒヤシンス様が私たちの前に三角形のパイを置いた。
ひと口かじると、蜂蜜のような甘さが広がった。甘いものを食べたナナリエは少しだけ頬を緩ませた。
だけどテーブルの反対側では、ソラリスが納得いかない顔をしたままだった。
その肩をハルジオンが叩いた。
「……ソラリス」
「なに?」
ハルジオンは一度深く頷いた。妙に意を決したような表情をしている。
「今度、俺の両親にも会ってくれ」
俺の両親に会ってくれ……!?
ハルジオンの表情は、冗談を言っているようには見えない。ソラリスは青い瞳でじっとハルジオンを見つめた。
「ハルジオンの?いいけどなんで?」
ハルジオンは少しだけ考えて、爽やかに笑った。
「友達だからだ」
ソラリスは一瞬目を丸くしたけど、くしゃっとした笑顔に戻った。
「そっか。いいぜ!」
「友達同士の約束だからな。違えるなよ」
「おう!」
ソラリスは眩しい笑顔で返事をした。ハルジオンの表情にも、満足そうな笑みが浮かんでいる。
……ハルジオンの両親。
それって、現在の双王陛下では……?そこ、意図的に伏せたな?
ちらりとハルジオンをうかがうと、目が合った。
——わかるな?
琥珀の瞳が有無を言わさぬ圧を放っていた。またこの、他人に忖度させる、やけに主張する目だよ。
この前は、裏で画策していたことがソラリスにばれて、「お前の思い通りにはならねえ」って突っぱねられた。それで「今度は正面から行く」って宣言していたのに。
「正面からって、そこなんだ……」
「そうなっちゃうんだねえ」
私は困惑しているっていうのに、エンジュは肩を震わせて笑っていた。
お皿はすっかり空になり、お腹はしっかり満たされた。
みんな、ひと息ついたとき。
「エンジュ、お茶」
ナナリエが慣れた口調で斜め向かいのエンジュに言った。
「はいはい」
エンジュも当たり前のように答える。
「お前、エンジュを使いすぎだろ」
ソラリスが不満そうにナナリエを睨む。
あ、また言い合いになりそう?
「いいんだ」
きっぱり答えたのはエンジュじゃなくてロタラだった。
「エンジュは普段、神職たちを顎で使ってわがままな振る舞いをしている。ナナリエにかしずいて尽くしても、まだお釣りが来るだろう」
「顎では使ってないと思うんだけどなあ」
エンジュが首を傾げた。
「だが、ナナリエ」
ロタラは一度咳払いをして、頭の中で文章を組み立てるように間を置いた。
それから立ち上がり、オレンジ色の前髪を掻き上げた。長身に、彫刻のような顔立ち。ナナリエだけを真っ直ぐに見つめる姿は、この国で会ったどの王子よりも王子様らしい。
……王女だけど。
「目の前に、もう一人いるじゃないか。君のために地を這ってでも、泥水を啜ってでも、お茶を用意できる者が」
白い歯がきらりと光った。
ナナリエは宝石のように輝く瞳でロタラを見つめ、そして静かに答えた。
「……泥水で淹れたお茶は飲みたくないわ」
「何か間違えたか?」
ロタラは一点の曇りもない目でエンジュに尋ねた。
「うーん。敗因は——」
「敗因は!?」
「いつものロタラで勝負しなかったからじゃない?ちなみに、お茶ならここにあるよ」
エンジュがカップを置き、ポットからお茶を注いだ。
「ありがとう、エンジュ」
「どういたしまして」
ナナリエが微笑むと、エンジュは口元を綻ばせた。
ロタラは取り返しのつかない失敗をしたような顔で、力なく椅子へ座り直した。そこまで本気だったんだ。
……さっきのハルジオンといい、正面から行こうとすると、どうしてみんな少しずつ方向を間違えるんだろう。
いつも通りのゆったりした手つきで、エンジュがみんなに食後のお茶を配った。
透明なカップの中で、鮮やかな青のお茶が湯気を立てている。
この色、知ってる。
以前、染色家のニゲラさんが居酒屋で作ってくれたカクテルと同じ色だ。私のはアルコール抜きだったけど。柑橘類を絞ると色が変わって、一緒に眺めていたナナリエが「酸性化で色が変わったのね」と解説してくれた。今日は柑橘類ではなくて、シロップが添えられている。
それにしても、サファイア宮だから青いお茶なんだろうか。これまで飲んだお茶は、地域ごとに色が違っていた。
……などと考えながらお茶を眺めていると、ロタラが真面目な顔で戦況報告のように告げた。
「そういえば、モナルダがハルジオンを殴りに行こうとしていたぞ」
食卓に沈黙が落ちた。




