第17話 アンリ、正式に魔女になる?——審理・判決
澄み切った青い瞳が、私を待っていた。
目元の皺をさらに深く刻んで、オタクサ主任審理官が微笑んだ。
「では、ひとつだけ」
私はどこを見たらいいのかわからなくて、オタクサ主任審理官を真っ直ぐに見上げた。
彼女は「なんでも聞きますよ」と穏やかな目で笑っている。
「私はこの機能について、今日みなさんが検証してくださった以上のことは知りません。危なくないとも断言できません。でも危ないかどうかも含めて、この機能を、私自身も知っていきたいです。あと……この国のことも」
私は一度深呼吸をした。
「この国のことも知り始めたばかりです。でも、みなさんが、わからないことを、わからないからってそのまま怖がるんじゃなくて……ちゃんと考えようとしていることは、少しわかりました」
わからないことも多いけど、この国が好きだ。
この国が、私のことをどう思うのかはわからないけど。
「だから私も自分のことをちゃんと知りたいです。この国のことも、自分の目で見て回りたいと思っています。決められた制限は受け入れます。だけど許されるなら、この国を知る機会をもらえたら、私はとても嬉しいです」
「よくわかりました」
オタクサ主任審理官は澄んだ青い瞳でしっかりと私を見た。
「審理員による協議後、判決をお伝えします」
オタクサ主任審理官と二人の審理員はいったん席を外した。
みんなはその場で待機だ。
セアノサス様は顎をつまんだ姿勢で何かを考えている。
傍聴席では無表情のハルジオンと笑顔のボリジさんが、私を見て頷いていた。
しばらくして戻ってきた三人の審理員が静かに告げた。
一、アンリによる情報消失は事実と認める。
二、ただし、故意による破壊行為とは認定しない。
三、消失範囲は接続条件に依存し、無差別な拡散性は確認されない。
四、現時点で身柄拘束を継続する法的根拠はない。
五、引受人の監督下で、アンリの自由移動を認める。
六、ただし、重要記録・通信中枢・王統記録への接近は許可制とする。
七、接続実験は瑠璃宮・琥珀宮・サファイア宮立ち会いのもとで行う。
八、身体年齢に応じて各地の学校へ通う権利を認める。
九、噂による私的拘束・排斥・接触妨害を禁じる。
え?
九番目の内容って……。
私への制限じゃなくて、憶測で私を排除するなっていう、国中の人たちへの制限だ。
ハルジオンが狙っていたのは、これ……?
思わずハルジオンを見た。
その口元がわずかに笑っている。
これは、勝ったのか……?
あまり実感が湧かずにキョロキョロしていると、低く滑らかな声が響いた。
「ところで彼女が暫定的に名乗っている“魔女”ですが」
セアノサス様がふと思い出したかのように、手を挙げた。
「現在では使われなくなった呼称ですが、古くは、特定の宮に属さず各地を巡り、さまざまな知識と見聞を集め、それをもって王族に助言する者を指した言葉です」
そう。
ナナリエに以前、質問したことがある。物事の吉凶や未来の行末を判断するような怪しい職業はないのか、もしくはかつて存在しなかったのかと。
それは古い街角で、通り過ぎる子どもに“マジョ”と呼びかけられたから。
“マジョ”は森に住む肌が緑色の特殊な種族だということはわかったけど、私が知る“魔女”はなんていう言葉なのか知りたくなって質問したんだ。
そして、たしかに“魔女”を表す言葉があった。
だからハルジオンとエンジュに尋問された時、思わずその名前を名乗ってしまった。
『外からこの国を観察する不審人物の称号、ということにしましょう。私は暫定的に、魔女です』
あのとき、そう名乗ってしまった——
「今の彼女にぴったりではないでしょうか」
セアノサス様は穏やかに微笑んでいる。
オタクサ主任審理官が意表を突かれたように質問を投げかけた。
「役職として復活させ、その職名を正式な姓として付与する、ということでしょうか」
「ええ。私に姓を与える権限はありませんので、あくまで推薦するにとどまりますが」
姓?
急に何の話が始まったんだ?
慌てて傍聴席を見た。
最前列ではスヴェロギ・ハルジオンが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしており、その隣でシジマ・ボリジが手元の端末で何やら調べ「あ、あった!」みたいな顔でハルジオンに何かを見せていた。
「古称とはいえ、法令上廃止された役職ではありません。本人が望むのであれば、異論はありません」
シジマ・オタクサ主任審理官は、ユニワ・セアノサス瑠璃宮当主に静かに同意し、私の正面の席ではいかつい顔のミクマリ・サフルール局長が重く頷き、ライラ・ペリラ統括官も「へえ」と言いたげな顔で私を見ていた。
なんか、みんな納得している。
でも、姓にするのはちょっと。
たしかに“魔女”を自称したのは私だけど。
でも……。
「ビンボー・アンリ」
オタクサ主任審理官が高らかに告げた。
ああ。
この国で“魔女”を表す発音は“ビンボー”なんだよな。
「国家の正式な役職任命および姓の付与は議会の承認を経て、双王陛下から賜るものです」
ビンボー・アンリ。
名前と並べると急に嫌な気持ちになる言葉だ。
「本審理の調書には瑠璃宮当主様より推薦があったこと、議会での審議にかけることを記録します」
議会で審議するの?
ビンボー・アンリを?
「あ、あの……そんな私のためにわざわざ議会で話し合いなんて……」
「慎み深いのは良いことですが、心配はいりません。通らない時は通りませんから」
法廷の中はゆるやかな空気に包まれ、みんな和やかに談笑していた。
けれど、私の心の中は今まさに、混沌としたものが渦巻いていた。
お願い!通りませんように!




