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長命エルフの小さなカフェ〜今日はなに飲む?〜  作者: 藤 野乃


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ドワーフのお客さん


「やれやれ、今回はえらい目に遭ったわい」


 そう言ってカウンターの椅子にピョンと飛び乗ったのはドワーフのおじさん。

 ドワーフ特有のずんぐりした体型だが、軽やかな動きで無事着席した。


「なあに、どうしたの」


 私は白湯をロンゾさんに出しながら、首を捻った。

 ロンゾさんは毎回白湯しか頼まない。

 白湯に銀貨一枚を払う奇特な人だ。


 (理由は自分の手持ち火酒をドバドバ入れるからなのだけれど)


 要するにお湯割りを飲むために、一応白湯を注文しているのである。


「どうしたもこうしたも、女房が旅先で腰をやっちまったってもんよ」


 ロンゾさんは熱々のはずのお湯割りを飲み干し、ぷはーっと豪快なため息を付いて二杯目の白湯を寄越せとマグカップを押し付けてくる。


「腰を。歩きすぎちゃった?」


「いや、砂漠の……ホレ、今シーズンのあの花」


「幻桃香花……?」


 ロンゾさんはポンと膝を打ち、それだ、それ!と頷いた。


「アレを探しに行くツアーに参加して、駱駝に乗るのを失敗して腰を打った」


「あらまあ」


 幻桃香花ツアーは毎年人気の催しで、この街の駱駝商たちが合同で開催しているものだ。

 採取ではなく見るだけのもの。

 物凄く運が良ければ見ることが出来るそうだけれど、そう簡単にお目にかかれる花ではない。

 一年に一夜しか咲かない幻のような花、それが月下の美女とも称される幻桃香花なのだ。

 その甘い香りは桃のようでもあり、それを引き締めるようなエキゾチックなスパイシーさも併せ持つ。


「従兄弟の結婚式で花嫁が幻桃なんちゃらの香水を使ってて、それが気に入ったんだとよ」


「ああ、いい香りだものね」


 ロンゾさんがお湯しか頼まないので、手持ち無沙汰の私はグラスを磨きながら頷いた。


「エルフまでいい匂いというからには、やっぱりいい匂いなんだろうなぁ。この街の土産屋にも石鹸なら売ってたんだがな」


「うん?」


「香水は作れるほど取れないからって扱ってないそうでな、女房の機嫌が……」


「あら。その花嫁さんにどこで買ったか聞いてみたらいいんじゃない?」


「聞いたさ。ありゃあ式場のサービスで、シュッとやってもらっただけなんだとさ」


 (さもありなん。お金を出してもなかなか手に入らない香料だものね)


 ロンゾさんはニヤリと笑った。


「まあ、売ってたところで俺らには買えないからよ、売ってなくて助かった」


「奥さんは宿屋に?」


「ああ。腰を打ったくせに何が何でも行くっつって、無理矢理ツアーに行ったからな。今はマッサージでもうけてるんじゃねえかな」


「よっぽど欲しかったのねぇ」


「石鹸も香水も匂いは同じなんだからいいだろ、なんとその石鹸がまさかの共通銀貨!」


「まあまあ。せっかくの旅行だし、一個くらいは買ってあげたら?」


「イヴォーク銀貨ならまだしも、共通銀貨十枚以上はなぁ。石鹸だぞ、石鹸」


 イヴォーク大陸の貨幣は独特で、世界共通の銀貨と普段使われている銀貨はレートが違う。

 私の店はイヴォーク銀貨単位。

 共通銀貨はその十倍の価値がある。

 石鹸一つにしては高いけれど、高級石鹸なら仕方ないんじゃないかな。


「うーむ、まあ一個だけなら……」


「ふふ、旅の記念になるしロンゾさんのこれからの扱いも良くなるんじゃない?」


「未来の儂への投資か。ふむ、それは重大だな」


 石鹸一つで奥様の覚えが良くなるなら、安い買い物じゃないかしらね。

 仲良く旅行するくらいだから、円満なんでしょうけど。


「帰るまでに一回くらい連れてきて。久しぶりにレーナの顔も見たいわ。ほら、エルフ特製の湿布をあげるから」


「おお、これは効くやつだな。女房も喜ぶだろうて」


 何枚か湿布の入った袋を手渡し、五杯目の白湯もカウンターへ。

 白湯、と言ってもロンゾさんの言う白湯は熱湯のことだ。

 よくもまあ、熱いお湯を水のように流し込めるものだわ。

 あっという間に飲み終えたロンゾさんは、お土産にと冷たいミントティーを買って帰っていった。

 文句は多いが、かなりの愛妻家である。


 (……ドワーフは愛妻家が多いわね)


 仲がいいのは良いことだ。

 私は壁にかかった絵を眺めながら、長いこと変えていないことに気が付いた。


「うん、たまには交換しようかな」


 取り出したのは紺色の背景の花の絵。

 砂漠の夜に咲く幻桃香花。

 透けそうに薄い白い花弁が実に美しく描かれている。

 小さな絵だけれど、お気に入りの一枚だ。


 (そう言えば、これを書いた絵描きさん……近々来るって手紙が来てたわね)


 彼も、この花の魅力に取り憑かれた人なのだろうか。

 

 

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