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逃避行の始まり、あるいは終わりの始まり

お読みいただきありがとうございます。

第2話は、気づいてしまった主人公の必死の抵抗が始まります。


逃げ場のない夜の王都で、ライトの孤独な逃走劇をどうぞ見届けてください。



「「「どうして逃げるの、ライトくん? あんなに私を愛してくれたのに」」」


 ミーシャが、セリアが、ルナが、全く同じタイミングで小首を傾げ、あの女の声で呟く。

 その異様な光景に、俺の脳裏には前世のあの凄惨な記憶がフラッシュバックしていた。深夜のノック音、狂ったような着信、そして胸に突き刺さった冷たい包丁。あの絶望が、この異世界にまで追いかけてきた。


「ふざけるな……! 俺の仲間を、俺のハーレムをどこへやった!?」


 俺は叫びながら、神から授かった『全属性魔法チート』を解放した。

 爆炎魔術が宿屋の部屋を吹き飛ばし、凄まじい爆風が巻き起こる。その煙に紛れて、俺は窓を突き破り、夜の王都の路地裏へと飛び降りた。


 着地と同時に、身体強化 魔法を使って全速力で駆ける。

 誰もいない、静まり返った深夜の石畳。心臓が壊れそうなほど激しく鐘を鳴らしている。


(どういうことだ!? あいつらは確かに俺の仲間だったはずだ。出会ったときは普通の女の子だった。いつから、いつからあいつは――!)


 息を切らしながら大通りへ飛び出す。

 幸いにも、前方の夜回りの詰所に、数人の衛兵たちの姿が見えた。彼らは街の平和を守る、屈強な男たちだ。


「頼む、助けてくれ! 仲間に、正体不明の精神魔法の使い手が――」


 俺が駆け寄り、息も絶え絶えに衛兵の肩を掴んだ、その時だった。


「どうしたんだい、ライトくん。そんなに慌てて」


 親身になって俺の顔を覗き込んできた若い衛兵。

 その男の首筋から、あの安っぽい薔薇の香水の匂いが、ぷんと漂った。


「ひっ……!」


 驚愕して手を離し、後ずさる。

 よく見れば、詰所にいる年配の衛兵も、隣の案内係の男も、全員がすっと表情を消し、人形のような目で俺を凝視していた。


「「「そんなに怖がらないでよ。せっかく、あなたのためにこの世界の男の人の体も用意したのに」」」


 衛兵たちが、全員全く同じ『女の声』でハモる。

 男の肉体から発せられる、おぞましいまでの執着の籠もった声音。


「化物め……近寄るなァ!!」


 俺は我を忘れて光速の雷撃魔術を放ち、衛兵たちごと詰所を粉砕した。

 狂ったように息を荒げながら、夜の王都の闇へと再び身を隠す。


(落ち着け、落ち着けライト! 俺には神様から貰った『全属性魔法チート』がある。精神寄生魔法だろうがなんだろうが、魔法である以上、解除できないはずがない……!)


 そうだ。ハーレムの3人や衛兵たちが操られているなら、その根源にある『術式』を焼き切ればいい。


 俺は路地裏の影に潜み、光属性の頂点たる『神級・聖属性解呪(ディスペル・マギア)』の魔力を練り上げた。

 狙うは、つい先ほどまで俺を慕ってくれていたミーシャ、セリア、ルナの3人だ。彼女たちと交わしたパーティーの契約パスを逆に辿り、その魂に刻まれた呪いを遠隔で強制解除する。


「おねがいだ、解けてくれ……っ!!」


 手元から放たれた極彩色の光条が、虚空へ消えていく。

 全属性チートの魔力だ。並大抵の呪いなら、触れた瞬間に霧散する。


 だが――パスの先から返ってきたのは、呪いが解ける手応えではなかった。

 脳髄に直接響いてきたのは、あの女の、鼓膜をじっとりと濡らすような笑い声。


『あはは! 無駄だよ、ライトくん。これ、呪いなんかじゃないもん』


「な、に……!?」


『だって私はね、彼女たちの魂を書き換えたんじゃないの。彼女たちの前世の記憶を思い出させてあげただけ。……ねえ、忘れたの? 前世で、あなたの隣の席に座っていたミーシャちゃんも。毎朝すれ違っていたセリアちゃんも。みーんな、私だったんだよ?』


 嘘だ。そんなはずがない。前世のあいつは、たった一人の狂人だったはずだ。

 だが、解呪の光は、彼女たちの魂に「拒絶」されることなく、最初からそこに馴染んでいる「本質」として弾かれた。


 解呪が効かない。

 それはつまり、かかっている術式が存在しない――彼女たちは操られているのではなく、最初から「あいつそのもの」としてこの世界に生まれてきていたということだ。


「ひっ、うあああああーーーっ!!」


 絶望に脳を殴られ、俺は再び走り出した。

 どこへ逃げればいい。どこへ行けば、あいつのいない場所へたどり着ける?


 王都の門へ向かって、俺はただがむしゃらに走り続けた。

 神様から貰った『全属性魔法チート』があれば、国境を越えて誰もいない世界の果てまで逃げ切れるはずだ。絶対に、あいつにだけは捕まりたくない。


 深夜の冷たい風を切り裂きながら、暗い大門へとたどり着く。

 門番たちは皆、微動だにせず闇の中に佇んでいた。俺はその横をすり抜け、王都の外へと繋がる果てしない荒野へと、ただ一歩を踏み出した。


 けれど。


「「「ねえ、ライトくん。どこへ行くの?」」」


 声は、前からも、後ろからも、そして上空からも聞こえた。


 ふと見上げれば、王都の巨大な城壁の上が、無数の人影・・・・・で埋め尽くされていた。

 避難してきた街の住人、商人、浮浪者、騎士団――数百、数千もの人間が、夜の帳の中で、一糸乱れぬ動きで俺のことを見下ろしている。


 そして、その数千の群衆が、一斉に懐から『前世の包丁』にそっくりな料理ナイフを抜き払い、月光に煌めかせた。


「「「世界中の誰もが、あなたの敵だよ。だって、みんな私・・なんだから」」」


 数千人の声が、一つの巨大な怪物の咆哮のように荒野に響き渡る。


 この世界そのものがストーカーと化してしまった。


第2話をお読みいただきありがとうございました。

街全体、そして世界そのものがストーカーへと変貌していく絶望感はいかがでしたでしょうか。


次回の第3話では、包囲されたライトが最強のチート能力を手に、最後の賭けに出ます。

神から授かった力の本当の価値が、ここで試されることになります。


それでは、第3話でお会いしましょう。


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