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全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第一章 初級魔法の転校生
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第一章 9 『初級魔法が届かない少女』



 翌朝、フィナ、レオン、ネムの三人は、学院の課外実習として王都近郊の村へ向かっていた。


 実習内容は、村周辺に出現する魔物の痕跡調査と、生活用の魔導設備の点検だ。王都から馬車で半日もかからない距離にあり、初めての課外実習先としては比較的安全な場所とされている。


「初めての学院外実習だね!」


「お前は学院へ来る前に、既に街道で魔物を吹き飛ばしているがな」


「あれは実習じゃなくて、困ってる人を助けただけだよ」


「その結果、岩壁まで消しかけた」


「今日は消さないよ!」


「その宣言を聞くのは三回目だ」


 向かい側に座るレオンは、学院から渡された村の地図へ目を落とした。


 フィナの隣では、ネムが枕型の魔導具を抱え、彼女の肩にもたれて眠っている。馬車が揺れるたびに頭が少しずつずり落ちるため、フィナは何度も位置を直していた。


「ネム、昨日からずっと私の上で寝てない?」


「昨日は膝。今日は肩」


「使い分けてるんだ!?」


「場所に合わせているだけだろう」


「レオンも寝る? 向こうの肩、空いてるよ」


「俺は地図を確認している」


「遠慮しなくてもいいのに」


「遠慮ではない。なぜ課外実習前から三人そろって昼寝する流れになる」


 ネムが閉じていた瞳をわずかに開いた。


「レオン、硬そう」


「誰も寝心地の感想を求めていない!」


 フィナは声を立てて笑い、再び傾いたネムの頭を支えた。


 村へ到着すると、三人はまず中央広場の魔導設備を点検した。


 井戸水を汲み上げる水属性装置、夜道を照らす光灯、畑へ一定量の水を送る導水路。レオンが内部術式と劣化箇所を調べ、フィナは触らないよう両手を背中へ回し、ネムは近くの木陰で座っている。


「私にも何かできることない?」


「異音がしたら教えろ。それまでは見るだけでいい」


「昨日から見るだけが多いよ」


「お前に触らせると、井戸の水量を増やすつもりで地下水脈そのものを移動させかねない」


「そんなことしないよ!」


「できないとは言わないんだな」


「できるかもしれないけど、しないよ!」


「その返答が一番怖い」


 フィナが頬を膨らませる一方で、レオンは導水装置の緩んだ接続部を修復した。


 その手際は正確で、周囲の古い部品を傷つけることなく、必要な箇所だけを補強していく。点検を終える頃には水の流れが滑らかになり、乾きかけていた畑の端まで均等に届くようになっていた。


「すごいね、レオン。壊さずに直せるんだ」


「修復魔法は壊さないためのものだ」


「私も直せるかな?」


「今日は試すな」


「まだ何も言ってないのに!」


「目が『全部新品にしよう』と言っていた」


「そこまでは考えてないよ。ちょっと綺麗にするくらい」


「古い設備から使用された年月まで消しそうだから却下だ」


 ネムが木陰から顔を上げる。


「フィナ、ちょっとの範囲が広い」


「ネムまで!?」


 三人が村外れへ移動したのは、設備点検を終えた昼前だった。


 畑の向こうには低い柵が続き、その先に草原と疎らな林が広がっている。魔物の足跡や荒らされた場所がないか確認しながら歩いていると、乾いた地面を踏み鳴らす音が聞こえてきた。


「火よ、集まり、形を成せ――火球!」


 明るい声とともに、小さな炎が飛び出す。


 だが、火球は数歩進んだところで勢いを失い、標的へ届く前に消えてしまった。


 村外れの空き地では、オレンジ色の髪を肩口で揺らす少女が、一人で魔法の練習を続けていた。年齢はフィナたちより少し下に見え、正面には古い木板を組み合わせた手製の標的が立っている。


「もう一度……!」


 少女は杖を構え直し、息を整えた。


「火よ、集まり、形を成せ――火球!」


 二発目も、標的まで半分ほど進んだところで消える。


 三発目はさらに短く、四発目は杖の先から離れた直後に揺らいだ。それでも少女は諦めず、額の汗を袖で拭って再び構える。


「ずっと続けてるね」


「魔力が尽きる前に休ませた方がいい」


 フィナたちが近づくと、少女は慌てて杖を下ろした。


「すみません! ここ、通り道でしたか?」


「違うよ。私たちは学院の課外実習で来たの。練習、邪魔しちゃった?」


「いえ! 私、リリカ・フェルメルです。村で初級火魔法を練習しています!」


 リリカは深く頭を下げたものの、すぐに視線を標的へ戻した。


 標的までの距離は十歩ほどしかない。初級火魔法なら十分に届く範囲だが、地面には途中で消えた火球の焦げ跡が何度も残っていた。


「魔力量が少ないと言われています。何度やっても届かなくて……でも、もっと練習すれば、いつかは」


 言葉は前向きだったが、杖を握る指には強く力が入っていた。


 村の大人や同年代の子どもたちからも、魔力が足りないのだから無理をしない方がいいと言われているらしい。それでも諦めきれず、空いた時間を見つけては一人で練習を続けていた。


「もう一回、見せてもらってもいい?」


「はい!」


 リリカは杖を構え、標的を見据えた。


「火よ、集まり、形を成せ――火球!」


 炎が生まれた瞬間、フィナには妙な感覚があった。


 魔力そのものが不足しているわけではない。火球が杖から離れる直前に、勢いだけが急に弱くなる。まるで、自分で前へ押し出しながら、同時に後ろへ引き戻しているようだった。


「リリカ、火が大きくなる直前に怖くなってない?」


「えっ……?」


「暴発したらどうしようとか、強すぎたら危ないとか思って、最後に魔力を引いてる気がする」


 リリカの瞳が揺れた。


 以前、練習中に火球が手元で弾けたことがある。それ以来、発動のたびに失敗を思い出し、無意識に魔力を抑えていた。


「どうして分かったんですか?」


「火が、行きたいのに止められてる感じがしたから」


「感覚だけで他人の魔力制御を見抜いたのか……」


 レオンは測定札を取り出し、先ほどの魔力残滓を確認した。


「確かに、発動直前に供給量が下がっている。魔力不足ではなく、本人が最後の瞬間に出力を落としているな」


「直せるでしょうか?」


「理論上は、発動時の魔力供給を一定に保てば――」


「ぎゅっとして、最後まで押してあげればいいよ!」


 レオンの説明を遮る形で、フィナが両手を前へ突き出した。


「火が出たら、途中で『やっぱり戻って』ってしないの。消えないって信じて、標的までぎゅーって押す感じ!」


「説明が雑すぎる」


「ぎゅっとして、最後まで……」


 リリカは目を閉じ、フィナの動きを真似するように両手を握った。


「分かりました!」


「分かったのか!?」


「はい! 火が進もうとしているのに、私が怖がって手を離していたんです。最後まで一緒に押してあげればいいんですね!」


「その理解へ到達できる説明だったか?」


 レオンは納得できない顔でフィナとリリカを見比べた。


 ネムは枕を抱えたまま、草地へ腰を下ろす。


「でも、正しい」


「正しいからこそ納得できないんだ」


「レオン、難しく考えすぎじゃない?」


「お前たちが感覚だけで通じ合いすぎている!」


 フィナはリリカの隣へ立ち、標的との間を確かめた。


「怖くなったら、私が隣にいるから大丈夫。もし火が変な方向へ行きそうなら、レオンが止めてくれるよ」


「なぜ俺への確認なしで安全を保証する」


「止めてくれないの?」


「止める。だが先に聞け」


「ほら、大丈夫!」


「会話の順番を直せ!」


 レオンは標的の周囲へ薄い結界を張り、暴発しても村の方角へ炎が飛ばないよう退路を確保した。


 ネムも眠そうな瞳をわずかに開き、リリカの杖先へ意識を向ける。術式が乱れた場合は、静寂魔法で火の動きを弱める準備をしていた。


「お願いします!」


 リリカは一度深く息を吸い、杖を構えた。


 火球が消える未来を想像しない。手元で暴れる炎も、周囲の失敗したという声も、今だけは考えない。


「火よ、集まり、形を成せ――火球!」


 杖先に炎が集まる。


 一瞬、恐怖で指が強張った。だが、隣に立つフィナが両手を握り、無言で前へ押す仕草をしている。


「最後まで……!」


 リリカは魔力を引かなかった。


 火球が杖先を離れ、真っ直ぐ飛ぶ。途中で小さくなりながらも消えず、十歩先の標的へ届いた。


 乾いた音とともに、木板の中央へ小さな焦げ跡が生まれる。


「届いた……」


 リリカは杖を下ろしたまま、しばらく動かなかった。


 やがて焦げ跡が本物だと確かめるように一歩ずつ近づき、震える指で木板へ触れる。振り返った瞳には、今にも零れそうな涙が浮かんでいた。


「届きました! 初めて、最後まで……!」


「うん! ちゃんと真ん中に当たってたよ!」


 フィナも自分のことのように顔を輝かせ、駆け寄ったリリカの両手を握った。


「ありがとうございます! 私、ずっと魔力が足りないんだと思っていました。でも、火を信じて最後まで押したら、本当に届いて……!」


「私はちょっと見えたことを言っただけだよ。頑張ったのはリリカだから」


「そんな……一度見ただけで私の問題を見抜くなんて、きっとすごい先生なんですね!」


「先生じゃないよ。昨日入学したばっかりだよ」


「昨日!?」


「余計な期待を抱く前に事実を伝えておく。フィナは魔法理論をほとんど知らない」


「レオン、今それを言う必要ある!?」


「重要な安全情報だ」


 ネムが草地から淡々と付け加える。


「説明も、ぎゅっとが中心」


「ネムまで安全情報にしないで!」


 それでもリリカの憧れに満ちた視線は変わらなかった。


 フィナは誰かへ魔法を教えたつもりなどなかったが、自分の言葉でリリカの火が初めて届いたことが嬉しかった。胸の奥が温かくなり、もう一度標的の焦げ跡を見て笑みを深める。


 その直後、村の中央から鋭い警報音が鳴り響いた。


 穏やかだった空気が一変し、畑で作業していた人々が一斉に顔を上げる。村外れの監視装置が赤い光を放ち、林の方向から地面を揺らす重い音が連続して近づいてきた。


 レオンはすぐに丘の上へ視線を向け、測定札を空中へ放った。


 浮かび上がった反応は、一つや二つではない。林の奥を埋めるほどの多数の魔力が、まとまって村へ接近している。


 初級魔法が初めて標的へ届いた喜びの直後、村へ大規模な魔物の群れが迫っていることが判明した。



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