第三章 31 『反魔法』
ガルドの周囲で膨れ上がった反魔法反応は、王都全域へ広がっているものとは明らかに密度が違っていた。
展示広場の中央を基点に、十数メートルほどの範囲だけ空気の感触が変わり、レオンの測定器には複数の術式阻害反応が重なって表示されている。
フィナたちはガルドを正面に見据えたまま間隔を広げた。
左へエルナ、右へレオンが移り、後方にはリリカとネムが残る形を取ると、フィナは中央から仲間全員の位置を確認する。
「来ねえのか?」
ガルドは拳を握っただけで、自分から距離を詰めようとはしなかった。
「試すんでしょ? だったらそっちから来なさいよ」
エルナは強気に返しながらも、すぐには魔法を放たない。
初級雷魔法が王都規模の反魔法に封じられている以上、同じ方法を繰り返しても意味がないと判断し、指先に組み上げる術式を一段階上へ切り替えた。
「初級だけが狙われてるなら――これならどう!」
複雑な雷光術式が一気に完成し、エルナの周囲へ複数の青白い雷球が浮かぶ。
「——雷光連弾〈ヴァルセリオン〉!」
放たれた雷光は左右へ広がりながらガルドへ殺到した。
正面だけではない。
右側の展示台を回り込むものと、頭上から落ちる軌道を取るものを混ぜ、回避先まで塞いでいる。
ガルドは動かなかった。
雷光が彼の周囲数メートルへ入った瞬間、術式を構成していた光の線が一斉に崩れた。
雷そのものへ変わる直前だった魔力は形を保てず、火花のような残光だけを残して消えていく。
「はあ!?」
エルナの顔から余裕が吹き飛んだ。
「今の上級よ! 初級じゃないじゃない!」
「王都全部に広げてる時は初級だけだ」
ガルドは肩を軽く回し、消えた雷の残光を眺める。
「ここまで範囲を狭めりゃ、話は別だ」
レオンはその言葉を聞くより早く動いていた。
ガルドの足元へ直接術式を置くのではなく、自分とエルナの前方へ三重の構築陣を展開する。
攻撃ではなく、相手の反魔法領域そのものを測るための術式だった。
「——術式編纂〈スペル・エディター〉。接続点を分割する」
第一の構築陣から細い魔力線が伸び、ガルドの周囲へ触れる寸前で分岐した。
一つは地表へ。
もう一つは空中へ。
最後の一本は、反魔法反応が最も薄いと思われる右側面へ回り込む。
「消すなら、どこから消えるか見せてもらう」
「面白えな」
ガルドが笑った直後、三方向へ伸びた魔力線の先端から順に術式が崩れ始めた。
地表だけでも空中だけでもない。
ガルドを中心に一定の距離へ入った構築術式が、接続先に関係なく成立を拒まれている。
レオンは崩壊する術式を無理に維持せず、即座に接続を切った。
「解除じゃない。構造を書き換えられたわけでもないな」
測定器へ視線を落としながら、レオンは新しい記録を重ねる。
「術式が現象へ変わる前に、成立条件そのものを否定されてる」
「それ、さっき学院で見たのと同じ?」
フィナがガルドから目を離さず尋ねる。
「原理は近い。ただ、濃度が違う。王都全域のものは共通基底だけを狙ってたが、この範囲じゃ術式の種類そのものを選んでない」
エルナは悔しそうに拳を握った。
「つまり、中級でも上級でも、現代魔法ならまとめて消せるってこと?」
「少なくとも今の二つはそうだ」
ガルドがその分析を聞き、豪快に笑う。
「正解だ。俺の近くじゃ、階級を上げても意味はねえ」
「嬉しそうに答えないでよ!」
エルナが睨みつけても、ガルドはまるで気にしていなかった。
その間に、ネムが前へ出る。
普段より僅かに細められた赤紫色の瞳が、ガルドの周囲に広がる反魔法の揺れを追っていた。
「魔力はある」
「どういう意味?」
リリカが隣から小さく尋ねる。
「消してない。静かにしても、押し返してくる」
ネムは両袖の奥から手を出し、ガルドの正面へ向けた。
「——万象静止〈サイレント・レスト〉」
音が薄れた。
展示広場を吹き抜けていた風の音が遠ざかり、ガルドを中心とする空間へ静寂が広がっていく。
ネムが狙ったのはガルド本人ではなく、周囲に展開されている反魔法の活動だった。
魔力の流れを静め、干渉そのものを一時停止させようとする。
最初の一瞬だけ、測定器の反応が落ちた。
「効いてる!」
リリカが顔を上げる。
だが次の瞬間、ガルドの周囲から押し返すように反魔法反応が膨らみ、ネムの静寂領域へ食い込んだ。
完全に消えたわけではない。
ネムの魔法は反応を鈍らせながらも、中心まで届かず拮抗した状態で止まっている。
「……重い」
ネムの眉が僅かに寄った。
普段ならほとんど変わらない表情に疲労が浮かび、フィナはすぐその横へ視線を向ける。
「ネム、無理しないで」
「分かってる。これ以上、疲れる」
ネムは維持時間を短く切り、自分から《万象静止》を解除した。
音が戻ると同時に、ガルドの反魔法反応も元の濃度へ戻っていく。
「完全には止まらねえか。けど、今のは悪くなかったぞ」
「敵に褒められた」
「嫌?」
「別に。でも眠い」
ネムは一歩だけ後ろへ下がり、枕型の魔導具を抱え直した。
「そこで寝ないでくださいね、ネム先輩!」
リリカが慌てて声をかけると、ネムは半開きの目を向ける。
「まだ寝ない」
「『まだ』なのね」
エルナは反射的に突っ込んだが、すぐガルドへ意識を戻した。
リリカも杖を握り直し、自分にできることを探すようにガルドと仲間たちを見比べる。
「私も試します」
「待て」
レオンの制止に、リリカは悔しそうに唇を結んだ。
「でも、何もしないままは嫌です」
「何もするなとは言ってない。今のお前の初級火魔法は、ガルドの近距離反魔法以前に王都全域の干渉で成立しない」
リリカは一度だけ目を伏せ、それでも杖から手を離さなかった。
「……分かってます」
「なら、見ろ。どこで消えるか、何なら残るか。それも役割だ」
レオンの言葉に、リリカはガルドの足元へ視線を戻した。
「はい。覚えます」
フィナは四人のやり取りを聞きながら、これまでの攻防を頭の中で整理していた。
エルナの雷は消えた。
レオンの構築術式も成立しなかった。
ネムだけは反魔法そのものへ干渉できたが、完全には止めきれない。
リリカは今、最も得意な初級火魔法そのものを封じられている。
「単純に強い魔法を撃っても駄目なのね」
エルナがガルドとの距離を測りながら吐き出す。
「上級で消されるなら、もっと上を撃っても結果は同じ可能性が高い」
「少なくとも現代術式を通す限りはな」
レオンは測定器を閉じず、ガルドの反応を記録し続ける。
「ただ、範囲を集中させてる。王都全域の反魔法と同時維持してるなら、何かしら限界はあるはずだ」
「ネムが静かにすると、少し弱くなった」
ネムも自分が感じ取った変化を補足する。
「でも、押し切るには足りない」
「私の火は、そもそも出せません」
リリカは悔しさを隠さず、それでも視線だけは逸らさなかった。
四人の分析を聞いたガルドは、満足そうに拳を打ち合わせた。
「いいな。ちゃんと全員で考えるじゃねえか」
「褒められに来たんじゃないよ」
フィナが静かに返す。
それまで仲間の動きを見ていた彼女が、一歩前へ出た。
レオンとエルナが同時にそちらへ視線を向け、ネムも眠そうな目を僅かに上げる。
リリカは何も言わず、フィナがガルドとの間へ進む姿を見つめた。
現代魔法を使う四人の攻撃や干渉は、ガルドの周囲でことごとく成立を阻まれた。
それでもフィナには、まだ一度も試していない方法が残っていた。
仲間たちが集めた情報を受け取るように右手を開きながら、フィナは反魔法の中心に立つガルドの正面へ進み出た。




