第三章 30 『十二原環・第三環』
王都中央部で検出された巨大な反魔法反応は、時間が経っても弱まる気配を見せなかった。
学院の大型測定器が示した発生源は魔法祭の中央競技場付近で固定され、そこから王都全域へ同じ性質の干渉が広がり続けている。
フィナたち五人は解析結果を学院側へ伝えると、避難誘導が進む大通りを抜けて発生源へ向かった。
祭典用の簡易照明はほとんど消え、屋台や展示も停止しているため、つい数時間前まで人で埋まっていた王都中心部には不自然な静けさが残っている。
「反応、本当に競技場の方なんだよね?」
走りながら尋ねるフィナに、先頭を進むレオンは携帯型測定器を確認したまま答える。
「競技場そのものじゃない。北側の展示広場だ。近づくほど反応が濃くなってる」
「昨日、魔導具を見て回った辺りね」
エルナは左右の交差路へ視線を走らせ、避難し遅れた人がいないか確かめながらフィナの隣へ並んだ。
「この先は封鎖してあるの?」
「学院側には伝えてある。一般人は入れない」
後ろを走るリリカは、使えなくなった杖を握ったまま前を見ていた。
初級火魔法を封じられている状態でも引き返すつもりはなく、その隣ではネムが《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》で周囲の魔力反応へ意識を向けている。
「ネム、何か分かる?」
フィナが振り返ると、ネムは競技場の向こうへ半開きの目を向けた。
「いる」
「人?」
「うん。大きい」
エルナが眉を寄せる。
「魔力が?」
「身体も」
「そこまで分かるの?」
「もう見える」
ネムが前方を指し、四人も展示広場へ目を向けた。
祭典用の大型装飾柱や空になった展示台が残る中央に、一人の男が腕を組んで立っている。
赤褐色の短髪に褐色の肌。袖のない重戦闘服から伸びる両腕は太く、遠目でも全身に古い魔法傷が刻まれているのが分かった。
「……本当に大きい」
フィナが思わず漏らす。
「最初の感想そこなの?」
エルナが反射的に突っ込んだものの、すぐ男へ意識を戻した。
男は五人が広場へ入っても逃げようとはせず、むしろ待っていたように口元を吊り上げた。
「——来たか」
低い声が、人気の消えた広場へ響く。
レオンは五人の少し前へ出ると、相手との距離を保ったまま測定器を向けた。
表示は一気に跳ね上がり、学院で記録した王都全域の反魔法反応と同じ波形を示す。
「お前が発生源だな」
「そうだ」
男は隠す気もないらしく、豪快に答えた。
「王都全部へ薄く広げるのは、さすがに少し骨が折れたがな」
フィナの表情から、さっきまで残っていた軽さが消える。
「どうして、こんなことしたの?」
「確かめたかったからだ」
「何を?」
男の視線は、五人の中から迷わずフィナだけを捉えた。
「お前だ。フィナ・アウセリア」
名前を呼ばれた瞬間、レオンとエルナがほぼ同時に一歩前へ出る。
「何者なのよ、あんた」
エルナの指先へ雷が集まりかけたが、相手の能力が分からないことを踏まえ、術式を完成させる前に魔力を止めた。
男はその動きを見ても構えることなく、胸元へ拳を当てる。
「ガルド・レヴァン」
フィナたちに、その名前だけの心当たりはない。
しかし、続いて告げられた肩書きには全員が反応した。
「アーク・ノクス。十二原環〈デュオレイア〉、第三環だ」
リリカが僅かに息を呑む。
「第三環……」
フィナもすぐ、アクアレイアで戦った少年のような男を思い出した。
「エルクと同じ十二原環……」
「ああ。あいつは第九環だったな」
レオンは以前得た情報を確かめるように口にしながら、ガルドから視線を外さなかった。
「今度は第三環か」
「番号が上なら強いってこと?」
フィナが小声で尋ねると、レオンは測定器を構えたまま僅かに眉を寄せる。
「分からない。番号の意味までは判明してない。勝手に戦闘力順だと思うな」
「まだ何も決めてないよ!」
「今、顔がそうだった」
「顔で判断しないで!」
緊張した空気の中でも言い返したフィナを、ガルドが面白そうに眺めている。
ネムはそんな男へジト目を向けた。
「敵?」
「今はな」
「曖昧」
エルナもすぐ前へ出る。
「王都中の初級魔法を止めておいて、今はって何よ。十分敵でしょ」
「そりゃそうだな」
「なら最初から認めなさいよ!」
ガルドは怒鳴られても気にした様子を見せず、豪快に笑った。
「威勢がいい嬢ちゃんだ」
「嬢ちゃんって呼ばないで!」
「そこに反応するのか」
レオンの冷静な一言に、エルナが勢いよく振り返る。
「他にも全部反応してるわよ!」
その横でリリカが真剣な顔をして小さく頷く。
「敵の言葉から重要な部分だけを選んで反論する……エルナ先輩の高度な交渉術ですね」
「違うから!」
「リリカ、今のは絶対真似しない方がいいよ!」
「フィナまでそっちに乗らないで!」
ネムは四人を見比べ、僅かに肩を落とした。
「話、進んでない」
短い一言で全員が黙り、ガルドだけが楽しそうに笑い続けていた。
レオンは小さく咳払いすると、測定器へ視線を戻す。
「王都全域の初級魔法を止めているのも、お前の能力なんだな」
「ああ。《反魔法》だ」
ガルドは片腕を広げ、王都全体を示すようにゆっくり回した。
「魔法を成立させなくする。ただし、この広さで何でも消せるほど都合のいい力じゃねえ。王都規模まで広げるなら、狙う対象を絞る必要がある」
レオンの表情が変わった。
「初級術式の共通基底」
「正解だ」
ガルドは満足そうに歯を見せる。
「火、水、風、土、光。属性が違っても、現代の初級魔法なら同じ基底を使う。そこだけを王都全体で否定してる」
その説明は、学院で積み重ねた解析結果と完全に一致していた。
リリカは杖を握る指へ力を込める。
「だから、私の火も出なかったんですね」
「お前だけじゃねえ。初級術式を使う奴は全員だ」
「魔導具まで止める必要があったの?」
フィナの声が低くなる。
「給水も照明も止まったし、困ってる人がたくさんいるんだよ」
ガルドはその視線を正面から受けても逸らさなかった。
「必要だった」
「何のために?」
「お前が本当に初級魔法を使ってるのか、確かめるためだ」
フィナの眉が寄る。
「私を?」
「ああ」
ガルドは腕を組み直し、フィナの右手へ視線を落とした。
「術式を使わねえ。詠唱もしねえ。なのに本人は初級魔法だと思ってる。そんな奴がいるなら、実際に試せば早い」
レオンの目つきが険しくなる。
「それで王都全体を実験場にしたのか」
「初級魔法だけを消せば、お前が本当に同じものを使っているか分かる」
フィナは無意識に右手を見下ろした。
王都中で誰も使えなくなった火を、自分だけは出せた。
火だけではなく、水も風も土も光も闇も、何一つ妨害されなかった。
「じゃあ……私が使えた時点で」
「ああ」
ガルドの笑みが深くなる。
「少なくとも、お前が使ってるものは俺が消した初級魔法とは別物だ」
学院で既に向き合った疑問だった。
それでも、この異常を意図的に作った本人から告げられると、フィナは自分の手から目を離せなくなった。
「確認は終わったんでしょ」
エルナが一歩前へ出て、ガルドを睨みつける。
「だったら、今すぐ王都の反魔法を解除しなさい」
「まだだ」
その返答と同時に、レオンの測定器へ新しい反応が走った。
王都全域へ薄く広がる干渉とは別に、ガルドの周囲だけで反魔法反応が急激に濃くなっていく。
「範囲を狭めて出力を上げたか」
「察しがいいな」
ガルドは拳を握り、太い首を軽く鳴らした。
「王都全域なら初級の共通基底だけだ。だが、ここまで近けりゃ、もう少し強くできる」
リリカが反射的に前へ出ようとしたところで、レオンが片腕を伸ばして止めた。
「下がれ。今までと条件が違う」
「でも、私も戦えます!」
「分かってる。だから立つ場所を選べ。初級火魔法が封じられた状態で正面に出る必要はない」
リリカは悔しそうに唇を結んだものの、その判断には従ってネムの隣まで下がった。
フィナは仲間たちの位置を確かめ、改めてガルドへ向き直る。
「まだ何するつもり?」
「少し試すだけだ」
「王都全部巻き込んでおいて、その言い方は軽すぎるよ」
普段より静かな声で返すフィナに、ガルドは僅かに目を細めた。
それでも、確認を終えた者の満足感だけは隠そうとしなかった。
「目的の一つは、もう終わった」
王都全域から初級魔法を消しても、フィナの魔法だけは残った。
その事実を確かめるために仕組まれた異常の中心で、ガルドは真正面からフィナを見据える。
「結果は出た」
王都規模の異変は、最初からフィナが使う「初級魔法」の正体を炙り出すために仕組まれた試験でもあった。




