↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第三章 王都魔法祭と消えた初級魔法
76/129

第三章 21 『初級だけ?』



 魔導具展示区画で異常範囲の拡大が確認されてから、学院側は各競技会場へ使用中の術式を再点検するよう通達を出していた。


 それでも、その時点では王都魔法祭そのものは続いていた。中級以上の魔導具や大型設備に異常はなく、初級術式の不調もまだ限られた区画だけだと考えられていたからだ。


 フィナたち五人は学院中央競技場へ戻り、観客席の脇から進行中の初級総合競技を見ていた。


「ここでも確認するの?」


 フィナが競技場中央へ視線を向けながら、隣で記録用の魔導板を持つレオンへ尋ねる。


「ああ。展示用の魔導具だけじゃなく、人間が直接使う術式にも同じ異常が出るか確認したい」


 レオンはそう答えながら、競技場の四隅に設置された測定器へ視線を移した。


「さっきの屋台では初級火魔法が失敗した。魔導具区画では風、水、光、土まで止まってる。ここで複数属性を同時に見られるなら比較しやすい」


 エルナはその横で腕を組み、競技場へ入っていく参加者たちを見つめていた。


「できれば何も起きない方がいいけどね」


「そうですね……」


 リリカは杖を胸元へ抱えたまま、少し落ち着かない様子で指先を動かす。


「これ以上広がっていたら、決勝どころじゃなくなります」


 フィナがそんなリリカへ顔を向け、なるべく明るい声を出した。


「まだ決まったわけじゃないよ。今まで通り使えるかもしれないし」


「はい、フィナ師匠」


 リリカは笑顔を返したものの、競技場から視線を外さなかった。


 ネムも珍しく眠そうな顔を少し引き締め、《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》で周囲へ広がる魔力反応を静かに探っていた。


 競技内容は、火、水、風、土、光の初級魔法を順番に使い、指定された簡単な課題をこなすものだった。


 最初の参加者が競技線へ立ち、正面の小型標的へ火属性の初級術式を組み上げる。


 術式光が赤く灯った。


 しかし、火は出なかった。


「……また」


 リリカの手が杖を握り込む。


 参加者本人も驚いたらしく、一度術式を解除してから、もう一度同じ手順で魔力を流す。


 結果は変わらない。


 審判席がざわつく中、競技場の別区画では次の参加者が水属性の課題へ入っていた。


 掌の上へ指定量の水を生成するだけの初級魔法。


 術式は青く形成されたものの、そこから先に何も生まれない。


「水も駄目だ」


 レオンは魔導板へ視線を落とし、二件目の失敗を書き込む。


「場所も違う。術者も違う」


 その直後、右側の競技区画で風属性の参加者が初級風魔法を使った。


 本来なら軽い布標的を押し動かす程度の風が発生するはずだったが、術式光だけが一瞬揺らぎ、布は垂れ下がったまま動かなかった。


 さらに奥では、土属性の足場形成課題も失敗した。


 地面へ伸びた術式線は正常に見えるのに、土は盛り上がらない。


「火、水、風、土……」


 エルナは競技場を見渡しながら、眉を寄せた。


「属性ごとじゃないわね」


「そう見える」


 レオンは競技場四方の記録を追いながら、今度は光属性区画へ視線を向ける。


 光属性の参加者が、小さな照明球を出そうとしていた。


 白い術式が完成し、魔力も流れている。


 それでも光球は生まれない。


 ほぼ同時に五つの区画で失敗判定が灯り、観客席のざわめきが一気に大きくなった。


「全部初級だね」


 フィナの声にも、さすがにいつもの軽さはなかった。


「昨日まで普通に使えてたのに」


 レオンは返事をせず、競技場の審判席を見た。


 学院側も異常を把握したらしく、競技進行を止める鐘が鳴る。


 その直後、参加者たちへその場を離れず待機するよう指示が出された。


 安全確認のため、中級術式を扱える学院生が数名呼ばれ、同じ属性で再試験が始まる。


 最初は火。


 中級火魔法の術式が展開されると、今度は赤い光が複雑に重なり、その中心から小さく抑えられた炎が正常に生まれた。


「出た」


 エルナが短く息を吐く。


 続いて水も試される。


 中級水魔法による生成は問題なく成立し、指定容器の中へ水が落ちた。


 風も土も、光も同じだった。


 初級では何も起こらなかった場所で、中級へ切り替えた途端、どの属性も正常に発動する。


 リリカはその光景を見ながら、胸元の杖へ視線を落とした。


「本当に、初級だけ……」


 フィナはそんなリリカの横顔を見たあと、レオンへ向き直る。


「これって、どういうこと?」


 レオンはすぐには答えず、魔導板へ並べた記録を確認していた。


 火、水、風、土、光。


 術者は別。


 場所も離れている。


 それでも失敗するのは初級術式だけで、中級以上は成立している。


「属性じゃない」


 レオンはようやく顔を上げ、競技場中央へ視線を向けた。


「もっと前の段階だ」


 エルナがその言葉を拾い、レオンの横へ一歩近づく。


「前の段階?」


「初級魔法には、属性が違っても共通して使われる基礎構造がある。魔力を術式へ入れて、現象成立まで繋ぐための基本部分だ」


 レオンは魔導板へ簡略化した術式構造を表示し、五人へ見えるように傾ける。


「火なら火属性の部分、水なら水属性の部分は別だけど、その前後には共通した初級用の組み方がある」


「そこが変になってるってこと?」


 フィナが画面を覗き込む。


「可能性は高い」


 レオンの指先が、複数の術式に共通する部分をなぞる。


「魔力は入る。属性変換も途中までは動いてる。それでも最後の現象成立へ届かないなら、初級術式の共通構造そのものへ何かが干渉してると考えた方が自然だ」


 リリカはその説明を聞きながら、少し青ざめた顔で競技場を見た。


「でも、そんなことができるんですか?」


「普通は簡単じゃない」


 レオンの声が低くなる。


「少なくとも、機器故障や魔力不足で説明できる状態じゃない」


 ネムはその間も《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》で周囲の魔力反応へ意識を向けていたが、やがて学院の外側へ顔を向けた。


「まだ広がってる」


 四人の視線が集まる。


「どっち?」


 フィナが尋ねると、ネムは王都の西側から北側へゆっくり目を動かした。


「遠いところも。同じ感じ」


 その言葉を裏付けるように、競技場入口から学院職員が急いで駆け込んできた。


「王都西市場から報告! 初級水魔法式の給水設備が複数停止!」


 続いて別の職員も入ってくる。


「北通りでも初級光魔法の街路灯が消えています! 中級照明は正常です!」


 報告はそこで終わらなかった。


 南側の宿泊区画では初級風魔法式の乾燥設備が止まり、東側の商店街では初級土魔法を使った固定術式が成立しなくなったという。


 どの報告にも共通しているのは、属性ではなく階級だった。


 初級だけが止まっている。


「王都全体に近づいてるじゃない」


 エルナは競技場の外へ視線を向け、表情を引き締めた。


「これ、もう祭りの一部だけの問題じゃないわよ」


「ああ」


 レオンは魔導板を閉じ、周囲の学院職員へ向き直る。


「競技は止めた方がいい。少なくとも初級魔法を使う種目は、原因が分かるまで続行できない」


 フィナも人の多い観客席を見回した。


「急に魔法が出なくなったら、危ない競技もあるよね」


「ある」


 レオンは短く答えたあと、すぐ続ける。


「着地補助や落下防止に初級術式を使ってる種目もある。失敗してからじゃ遅い」


 その判断はすぐ学院側へ伝えられた。


 ほどなくして、中央競技場だけでなく周辺の複数会場からも停止を告げる鐘が鳴り始める。


 観客たちの間に不安が広がり、各所の職員が誘導へ動き出した。


 王都魔法祭の中心部へ設置された大型魔導放送器から、低く落ち着いた声が響く。


 初級魔法および初級術式使用機器に広域異常を確認。


 競技の一部を即時停止。


 市民と来場者は職員の案内に従い、魔法による移動補助や安全設備へ過度に頼らないよう注意すること。


 それは、祭りが始まってから初めて発令された緊急警戒だった。


 昨日まで歓声だけが響いていた王都の空気は、そこでようやく明確に変わった。


 祭りの賑わいを支えていた無数の初級魔法が、王都の各地で同時に沈黙し始めていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。