第三章 20 『止まる魔導具』
学院側の屋台で初級火魔法だけが発動しない異常が確認されてから、五人は学院職員とともに魔導具展示区画へ移動していた。
祭典そのものはまだ続いている。大通りには音楽と呼び込みの声が響き、少し離れた競技場からは歓声も聞こえていたが、展示区画の一角だけは明らかに空気が違っていた。
並んだ展示台の前では、複数の魔導技師が停止した機器を次々に確認している。
「こっちも駄目です! 送風反応がありません!」
「給水器も止まりました。魔力供給までは正常です!」
報告を聞きながら、レオンは最初に止まった二つの魔導具へ近づいた。
一つは初級風魔法を基礎回路に組み込んだ小型乾燥器。もう一つは、初級水魔法によって一定量の水を作り出す簡易給水器だった。
どちらも魔力を流せば術式線までは光る。
しかし、本来ならその直後に起こるはずの風も水も生まれない。
「屋台の火と同じだな」
術式盤の前へしゃがんだレオンは、指先で光る回路を追いながら眉を寄せた。
「起動命令も魔力供給も通ってる。術式の途中で止まってるわけじゃない」
隣から覗き込んだフィナが、光っている魔導具と何も起きない吹出口を見比べる。
「じゃあ、最後だけできてないの?」
「今のところはそう見える」
レオンが答えた直後、少し離れた展示台から別の技師の声が飛んだ。
「照明器も消えました!」
五人がそちらへ向く。
天井近くへ浮かんでいた小型照明のうち、三つだけが同時に光を失っていた。残る大型照明は変わらず白い光を放ち、展示区画全体が暗くなったわけではない。
エルナは消えた照明と残っている照明を順番に見上げた。
「全部止まったわけじゃないのね」
「違いを確認する」
レオンは立ち上がると、近くにいた技師へ大型照明を指した。
「残ってる方は何級術式ですか?」
「中級光魔法式です。展示用に光量調整を細かくしているので、初級式ではありません」
その返答を聞いたレオンの視線が鋭くなる。
「消えた三つは?」
「初級です。通路用の簡易照明なので」
リリカは胸元の杖を握り直し、先ほどの屋台を思い出したように小さく息を呑んだ。
「火だけじゃない……」
その声にフィナが振り返る。
「水も風も光も、初級だけ?」
「まだ断定はできない」
レオンはそう答えながらも、既に別の展示台へ視線を移していた。
「比較できる機器を探す。同じ用途で術式階級だけ違うものがあれば早い」
技師たちが周囲を確認し、ほどなくして二種類の浮遊運搬器具が用意された。
一方は初級風魔法を基礎にした軽量型。もう一方は、より重い荷物を運ぶため中級風魔法式を組み込んだ大型だった。
同じ位置へ並べ、同時に魔力を流す。
軽量型は術式線だけを光らせたまま動かなかった。
隣の大型は低い駆動音とともに浮き上がり、置かれていた箱を正常に持ち上げる。
「……分かりやすいわね」
エルナは二台を見比べ、腕を組んだ。
「同じ風属性でも、中級は動く。止まってるのは初級式だけ」
「今確認できた範囲ではな」
レオンはすぐに言い切らず、記録用の紙へ確認結果を書き込んでいく。
ネムはその少し後ろで、《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》を通して止まった魔導具の魔力反応へ目を細めていた。
「全部、途中までは普通」
レオンが手を止める。
「どこから変?」
「最後」
「現象になる直前か?」
ネムは少し考えてから、止まった給水器へ視線を向けた。
「うん。魔力、消えてない。術式も壊れてない。でも、先に行けない」
レオンは無言で記録へ一行追加した。
フィナはそんな二人の横から、停止した乾燥器をじっと見つめる。
「だったら、私が魔力入れてみたら分かるんじゃない?」
その一言で、レオンの顔が上がった。
「駄目だ」
「まだ何もしてないよ!」
フィナは既に伸ばしかけていた手を止める。
エルナも一歩近づき、その手首へ視線を落とした。
「その状態で『何もしてない』は苦しいわよ。完全に入れようとしてたでしょ」
「ちょっとだけ!」
「その『ちょっと』を誰が信用するのよ!」
リリカはフィナを庇うように一歩前へ出かけたが、乾燥器と師匠の手を見比べたところで動きが止まった。
「でもフィナ師匠なら、少しだけ魔力を――」
「リリカも乗るな」
レオンが即座に遮る。
「原因不明の術式へフィナの魔力を直接流すとか、比較実験として条件が極端すぎる」
「でも動くかもしれないよ?」
フィナがまだ納得していない顔で乾燥器を指す。
「動くかどうかだけなら、たぶん一番分かりにくくなる」
「何で!?」
エルナは両手を腰へ当て、呆れたようにフィナを見た。
「あんたが触って動いたとして、それが魔導具が直ったのか、フィナが何かしたのか、誰が区別するのよ」
「私は普通に魔力を入れるだけだよ?」
「その『普通』で何回周りを困らせたと思ってるの!」
少し離れた場所で話を聞いていたネムが、止まった魔導具からフィナへゆっくり目を向ける。
「比較対象にならない」
「ネムまで!?」
「特殊」
「短い言葉で全部まとめないで!」
緊張していた技師の何人かが、思わず口元を緩めた。
レオンはそれでもフィナが手を出さないか確認してから、乾燥器との間へさりげなく自分の身体を入れる。
「調べるなら条件を揃える。同じ術式、同じ魔力量、違う場所。まずそれだ」
「完全に私から魔導具隠したよね?」
「必要な措置だ」
「信用がない!」
「実績がある」
フィナが頬を膨らませる横で、エルナは小さく笑いながらも、すぐ周囲の展示台へ視線を戻した。
「冗談抜きで、初級式だけっていうのは変よね。昨日までは全部動いてたんでしょ?」
近くの技師が頷き、手元の点検記録を開く。
「今朝の始動確認でも異常はありませんでした。最初に止まったのは昼過ぎです」
「屋台の火も同じ頃だ」
レオンは時刻を書き込み、展示区画の案内図を借りて机へ広げた。
「最初に報告があった屋台がここ。展示区画で最初に止まった乾燥器と給水器がこの辺り」
リリカがレオンの肩越しに地図を見る。
「近いですね」
「ああ。しかも後から止まった照明は少し外側だ」
レオンの指が、最初の二地点から外へ向かって動く。
「故障が偶然重なったんじゃなくて、同じ何かが広がってるなら説明がつく」
「広がってる……」
フィナの表情から、さっきまでの軽さが少し消えた。
その時、展示区画の入口から学院職員が駆け込んできた。
「西側通路でも異常です! 初級水魔法式の洗浄器と、初級土魔法式の固定器具が停止しました!」
レオンがすぐ地図上の西側へ指を置く。
「中級以上は?」
「確認できたものは正常です!」
エルナは広げられた地図を見つめ、さっきまでより低い声を出した。
「また外側ね」
ネムも地図ではなく、周囲に満ちる魔力そのものを《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》で探るように目を細める。
「さっきより、遠くまで変」
リリカは杖を胸元へ引き寄せながら、騒がしくなり始めた展示区画を見回した。
つい少し前まで、祭りを彩るために動いていた魔導具が、今は一台ずつ沈黙している。それでも大型装置や上位術式を使う機器は平然と動き続けており、異常はまるで初級魔法だけを選んでいるようだった。
学院側は展示区画の一部を閉鎖し、停止した機器の回収と術式記録の照合を始めた。
祭典全体の中止を決める段階には、まだ至っていない。
だが、最初は一軒の屋台だけだった異常は、既に複数の属性と複数の区画へ及び始めていた。
レオンが地図へ書き込んだ印は、時間が経つにつれて中心から外側へ増えている。
初級術式だけが止まる範囲は、確実に広がり始めていた。




