↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第三章 王都魔法祭と消えた初級魔法
73/129

第三章 18 『もう一度、祭りへ』



 初級火魔法競技の準決勝が終わってからしばらくして、五人は学院競技区画を離れ、再び王都魔法祭の中心街へ出ていた。


 昼を過ぎた大通りは、昨日以上の人出で賑わっている。学院生や冒険者、家族連れが行き交い、屋台の呼び込みと競技会場から響く歓声が重なって、通り全体が祭りそのものの音で満たされていた。


「今日はもう、しばらく競技のこと考えなくていいよね?」


 左右の屋台を忙しなく見比べながら、フィナが半歩先を歩くレオンの予定表を覗き込む。


 レオンは紙面へ目を落としたまま、次の予定時刻を指先で確認した。


「次まで二時間弱ある。リリカの調整も今日は終わりだ」


「やった!」


 返事を聞いた瞬間、フィナの身体が右側の屋台へ吸い寄せられる。


 すぐ後ろを歩いていたエルナは、その肩を掴んで元の進路へ引き戻した。


「待ちなさい。あんた、さっき競技場を出た時に焼き菓子食べたでしょ」


「でもあれは競技後のおやつだよ?」


「じゃあ今から食べるのは何なのよ」


「祭りのおやつ」


 フィナが何の迷いもなく答えると、エルナは眉間を押さえた。


「分類を変えて無罪にしようとしないで」


 そのやり取りを見ていたリリカは、胸元へ抱えていた杖を持ち直しながら小さく笑った。


 準決勝を終えてからずっと、第四課題で崩れた感覚が頭のどこかへ残っている。それでも、四人と一緒に祭りの中へ戻ってくると、競技場で張り詰めていた気持ちは少しずつ緩んでいった。


 フィナはそんなリリカの表情へ気づき、屋台の方を指差す。


「リリカも何か食べる?」


「いいんですか?」


「もちろん!」


 リリカが少し考えてから屋台へ視線を向ける。


「では、私も一つだけ……」


 その返事に、フィナは本気で驚いたように目を丸くした。


「一つでいいの?」


 すぐ隣で予定表を畳んだレオンが、呆れたようにフィナへ顔を向ける。


「フィナ基準で聞くな。普通は一つで十分だ」


「私も普通だよ!」


「昨日から食べた数を数えるか?」


 レオンが淡々と返すと、フィナは両手を広げて抗議した。


「祭りの日に食べ物の記録つけるの禁止!」


「そんな規則はない」


「じゃあ今作る!」


 とうとうエルナが二人の間へ身体を差し込み、左右へ視線を振る。


「何で屋台一つ選ぶだけで規則制定まで進むのよ」


 少し後ろを歩いていたネムは、その騒ぎには加わらず、通りの左側へ顔を向けていた。


 そこでは冒険者ギルド主催の実演競技が行われている。木製の障害物や吊り下げられた標的を使い、制限時間内に荷物を運びながら進む内容らしく、参加者たちは剣や魔法を使わず、身のこなしだけで次々と障害を抜けていた。


 フィナはネムの視線を追い、その横顔を覗き込む。


「ネム、あれ見たい?」


 いつもなら人混みを避けたがるネムは、少しだけ考えてから競技場を指差した。


「見てもいい」


「珍しい!」


 フィナが嬉しそうに声を上げると、ネムは眠そうな目のまま眉を寄せる。


「うるさい」


 それでも嫌がる様子はなく、五人はそのまま競技場前へ移動した。


 ちょうど、大きな木箱を抱えた冒険者が細い足場を渡っているところだった。途中では左右の射出器から柔らかい模擬弾が飛び、荷物を落とさずに避けながら最後まで進まなければならない。


「これ、難しそう」


 フィナは人垣の隙間から競技場を覗き込み、木箱を抱えた参加者の動きを追う。


「荷物持ったまま避けるんだ」


 その隣では、レオンが参加者より先に競技設備へ目を向けていた。


「実戦想定としては悪くない。ただ、右側の射出器だけ発射間隔が少し長いな」


 エルナはすぐにレオンへ振り返る。


「観客として見なさいよ!」


「気づいた以上、気になるだろ」


「祭りの競技見て最初に考えるのが設備差なの?」


「公平性は重要だ」


 レオンが真顔で返した直後、競技中の冒険者が模擬弾を一発避け、着地の勢いで木箱を大きく傾けた。


 観客から声が上がる。


 それでも参加者は片足で踏ん張り、箱を落とさず姿勢を戻して、そのまま最後の足場を駆け抜けた。


「おおー!」


 フィナとリリカがほとんど同時に手を叩く。


 リリカは目を輝かせたまま、隣のネムへ顔を向けた。


「ネムちゃん、今のすごかったですね!」


 ネムも競技場から視線を外さず、ほんの少しだけ頷くように顎を動かす。


「上手かった」


 その返事を聞いたフィナが、すぐ嬉しそうに身を乗り出した。


「ネムも楽しんでる!」


「少し」


「少しなんだ」


 ネムはようやくフィナへ目を向ける。


「いっぱいだと疲れる」


「楽しさにも上限あるの!?」


 冒険者競技を見終えた五人は、そのまま近くの屋台通りへ流れた。


 最初は「一つだけ」と言っていたリリカも、香辛料の匂いが漂う串焼きと、果実を薄い飴で包んだ菓子を見つける頃には、準決勝のことを忘れたように目を輝かせていた。


「フィナ師匠、これ美味しいです!」


 紙袋から飴菓子を一つ取り出し、リリカが嬉しそうにフィナへ見せる。


「ほんと!? じゃあ私も!」


 フィナがすぐ隣の屋台へ向かおうとすると、エルナがその腕を掴んだ。


「フィナはもう両手に持ってるでしょ!」


「これは別のお店のだから!」


 フィナの右手には串焼き、左手には焼き菓子と果実水がある。


 エルナはそれを順番に見てから、呆れたようにフィナの顔へ戻った。


「胃袋は同じでしょ!」


「でも味は違うよ!」


「論点そこじゃない!」


 少し先では、レオンが二軒の屋台に掲げられた値札を見比べていた。


「同じ量なら、向こうの店の方が銅貨二枚安いな」


 その言葉を聞いたエルナが、今度はフィナからレオンへ矛先を変える。


「味はこっちの方が良さそうじゃない?」


「値段差を無視する理由にはならない」


 レオンは値札を指差しながら、真面目な顔で続ける。


「満足度を考えるなら、まず費用との差を見るべきだ」


 エルナは腕を組み直し、わざとらしく屋台の料理へ視線を向けた。


「祭りで満足度を計算しないでよ。見た目と直感で選べばいいでしょ」


「根拠が弱すぎる」


「じゃあ比べるわよ!」


「何を?」


「同じ種類を両方買って、どっちが美味しいか!」


 レオンが一瞬だけ言葉を失う。


「それだと余計に金がかかるだろ」


「勝つためなら必要経費よ!」


「何に勝つ気なんだ!」


 いつの間にか、節約と味のどちらを優先すべきかという話が、二人の勝負へ変わっていた。


 その隙にフィナは、さっきエルナに止められた菓子をちゃっかり買って戻ってくる。


 最初に気づいたのはリリカだった。


「フィナ師匠、増えてます!」


 フィナは手元の包みを背中へ隠そうとする。


「今なら二人とも見てなかったから」


 近くの長椅子へ座ったネムが、フィナの両手をゆっくり数えるように目を動かした。


「五個目」


「ネム、数えてたの!?」


「途中から」


 フィナが驚いて振り返ると、ネムは平然と続ける。


「あとでレオンに教える」


「密告者がいる!」


 その声で、屋台の比較をしていたレオンが振り返った。


 視線がフィナの手元へ止まる。


「フィナ」


「違うの! これはリリカと半分こする予定で――」


 突然巻き込まれたリリカが、包みとフィナを交互に見る。


「えっ、そうなんですか?」


「今決めた!」


 エルナが額を押さえながら二人の間へ戻ってくる。


「リリカを共犯にしないであげなさい!」


 そのツッコミに、とうとうリリカも堪えきれず笑い出した。


 朝から準決勝のことばかり考えていたはずなのに、今は失敗した第四課題も、次の練習方法も頭から離れている。


「こういうのも、いいですね」


 飴菓子を一口食べたリリカは、騒がしい四人を見回しながら頬を緩めた。


「競技のこと、ちょっと忘れました」


 フィナは自分の焼き菓子を食べながら、嬉しそうに笑う。


「それでいいんじゃない? ずっと考えてたら疲れるよ」


「フィナ師匠が言うと、すごく説得力があります」


「何で?」


 長椅子からその会話を聞いていたネムが、フィナの手元へ目を向ける。


「今、何も考えず食べてる」


「そこ!?」


 エルナが吹き出し、レオンまで口元を緩めた。


 その頃、五人がいる通りから少し離れた魔導具展示区画では、小さな異変が起きていた。


 展示棚へ並べられた初級風魔法式の乾燥器具が、一瞬だけ停止する。


 ほぼ同時に、その隣にあった初級水魔法式の小型給水器も光を失ったが、どちらも数秒もしないうちに元へ戻った。


 装置を確認していた魔導技師は、内部の魔力回路を覗き込んでから、隣の技師へ肩をすくめる。


「昨日から動かしっぱなしだからな。連続稼働の負荷だろう」


「予備器へ替えますか?」


「いや、今は戻ってる。夕方にまとめて点検しよう」


 周囲の来場者も、特に気に留めなかった。


 別の通りでも、照明用の初級光魔法式が一瞬だけ暗くなり、荷物運搬用の小型風魔導具が数秒止まったものの、どれもすぐ正常へ戻っている。


 祭りでは大量の魔導具が一日中稼働しているため、多少の不調が出ても珍しいことではないと思われていた。


 夕方が近づく頃、五人は最後に学院側の屋台通りへ立ち寄った。


 エルナは既に増えているフィナの包み紙を見ながら、念を押すように顔を覗き込む。


「さすがにもう食べないわよね?」


「見るだけ!」


 フィナが胸を張ると、少し後ろを歩いていたレオンが無言でその手元へ視線を落とした。


「その視線やめて!」


 フィナが抗議する横で、屋台の奥では料理用の鉄板を準備していた担当者が、着火用の魔導具へ魔力を流していた。


 火属性の初級術式が淡く光る。


 しかし、炎は出ない。


「あれ?」


 担当者は眉を寄せ、魔導具の接続部を確認してから、もう一度魔力を流した。


 術式は起動しているように見える。


 それでも火だけが生まれず、三度目に試しても結果は変わらなかった。


 祭典会場の喧騒は、何事もなかったように続いている。


 その一角で起きた小さな不調を、まだ誰も、初級火魔法そのものに始まった異変だとは考えていなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。