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全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第三章 王都魔法祭と消えた初級魔法
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第三章 17 『リリカの準決勝』



 初級火魔法競技の準決勝会場には、予選よりも明らかに張り詰めた空気が流れていた。


 参加者の数が絞られた分、一人あたりの課題は増えている。競技場中央には高さと距離の異なる標的だけでなく、細い金属枠の内側へ火を通す精度課題や、炎の温度を段階的に変える制御課題まで用意されていた。


 待機区画に立つリリカは、胸の前で杖を握りながら、正面に並ぶ標的の位置を何度も確認していた。


「……大丈夫」


 朝の練習では何度も失敗した。レオンには、フィナを意識した時だけ魔力経路が不自然に崩れていると指摘され、エルナからも目標にすることと真似することは違うと言われたばかりだ。


 それでも今は、準決勝へ集中するしかない。


 観客席へ視線を上げると、前方の席にフィナたち四人が並んでいた。


「リリカー!」


 目が合った瞬間、フィナが両手を大きく振る。


「今日も頑張ってね!」


「はい、フィナ師匠!」


 思わず大きな声で返したリリカの横で、待機中の参加者が何人かこちらへ顔を向けた。


 観客席では、エルナがすぐにフィナの袖を掴んでいる。


「フィナ、始まる前から声が大きい!」


「応援だから!」


「周りの参加者まで自分が応援されてるのか迷ってるじゃない!」


 その反対側では、競技表を確認していたレオンが呆れたように顔を上げた。


「リリカの集中を乱すな」


「昨日も同じこと言われた!」


「なら学習しろ」


 ネムは枕型魔導具を膝へ抱えたまま、競技場のリリカと隣のフィナを交互に見ている。


「でも、リリカ笑った」


「じゃあ応援成功だね!」


「そこで勝った顔しないで」


 エルナの声まで届き、リリカは思わず口元を緩めた。


 いつもの四人がいる。その事実だけで、肩へ入りかけていた力が少し抜けた。


 やがて準決勝開始を告げる鐘が鳴り、リリカの順番が呼ばれた。


 競技線の中央へ進み、杖を構える。


 第一課題は、五つの固定標的へ異なる大きさと温度の火を順番に灯すものだった。


 リリカは開始の光を確認すると、いつも通り杖へ魔力を流した。


 最初の標的には小さく。


 次は少し大きく。


 三つ目では大きさを抑えたまま、熱だけを高める。


 途中で余計な迷いは入れない。


 必要な量を杖で整え、術式へ流し、そのまま標的まで運ぶ。


 五つ目の炎が指定範囲内へ綺麗に収まると、計測板へ連続して正常判定が灯った。


「全部成功!」


 観客席からフィナの声が飛んでくる。


 リリカはそちらを見ず、次の課題へ向かいながら口元だけを少し緩めた。


 第二課題は、細い金属枠の中央を抜いて、その奥にある小型標的だけを燃焼させる精密課題だった。


 火を大きくしすぎれば枠へ触れる。逆に細くしすぎれば、標的へ届く前に熱が失われる。


 リリカは杖先へ集めた《火珠弾〈ブラーサ〉》の炎を細く整え、真正面から枠の中央へ送り込んだ。


 火は金属へ触れることなく奥へ抜け、その先の標的表面だけを静かに包む。


 計測板が高評価を示した。


「今の、かなりいいな」


 観客席で記録を確認していたレオンは、表示された魔力効率へ視線を落とす。


「予選より余剰魔力が減ってる。経路も安定してる」


「だから言ったでしょ。リリカは細かい制御が得意なのよ」


 エルナも競技場から目を離さず、満足そうに腕を組み直した。


「自分のやり方で撃ってる時は、本当に強いわ」


 ネムは枕へ顎を乗せながら、競技中のリリカをじっと見つめていた。


「今、いつものリリカ」


「うん!」


 フィナは嬉しそうに何度も頷く。


「すっごく綺麗!」


 第三課題では、左右へ異なる速度で移動する二つの標的へ、温度の違う火を時間差で当てる必要があった。


 リリカは先に遠い標的の移動周期を確認し、近い方へ一発目を送る。その間に二発目の出力を調整して少し先の空間へ放つと、二つの炎はほぼ同時に標的を捉えた。


 ここまで大きな減点はない。


 表示された暫定順位も、十分に決勝圏内だった。


 しかし、第四課題の内容が表示された瞬間、リリカの呼吸がわずかに止まった。


 最も遠い位置に置かれた、小さな円形標的。


 求められるのは極小の炎で、発生してから標的へ届くまで大きさを一定に保たなければならない。


 朝、何度も失敗した条件に近かった。


「……小さい火」


 リリカの口から、無意識に言葉が漏れる。


 同時に浮かんだのは、フィナの指先だった。


 杖も使わず、詠唱もせず、何の迷いもないまま小さな炎を出す。途中で形を崩すこともなく、必要な場所へ必要な熱だけを置いていく。


 自分も、あれができれば。


 杖を握っていた右手が、ほんの僅かに緩んだ。


 観客席でその変化を見つけたレオンの眉が動く。


「まただ」


 フィナが隣へ顔を向ける。


「え?」


「杖から手を外しかけた。フィナを意識してる」


 エルナもすぐ競技場中央のリリカへ視線を向けた。


「リリカ……今はそっちじゃない」


 もちろん、その声が届く距離ではない。


 リリカは朝と同じように、フィナの感覚まで再現しようとしていた。


 火だと思えば火が出るように。


 小さくと思えば、最初から小さい炎になるように。


 魔力を指先へ寄せた瞬間、普段なら杖を通って整うはずの流れが途中で行き場を失った。


「っ……!」


 術式は形成されかけたものの、そこから無理に経路を変えたせいで魔力が手元へ戻る。


 生まれた炎が一度大きく膨らみ、リリカは慌てて出力を絞った。


 今度は絞りすぎた。


 小さくなった火は標的まで半分ほどの距離で形を崩し、そのまま消える。


 計測板へ失敗判定が灯った。


 観客席が小さくざわめき、リリカの胸の奥が冷える。


 ここまで全部できていたのに。


 また、フィナ師匠みたいにしようとしたところだけ。


「もう一回……」


 この課題には再試行が認められている。


 リリカはすぐに魔力を集め直したが、一度崩れた呼吸までは簡単に戻らなかった。


 今度は最初から小さくしようと意識しすぎ、炎は標的へ届いたものの、指定された持続時間を保てず黄色の減点表示が灯る。


 観客席でレオンが得点板を確認し、表情を引き締めた。


「ここで減点が重なった。最後の課題次第だ」


「でも、まだ終わってないわ」


 エルナは競技場を見たまま、はっきり言い切る。


「予選でも立て直したんだから、今回だってできる」


「リリカー!」


 フィナが両手を口元へ添えた。


「大丈夫ー!」


 その声が、今度は競技場まで届いた。


 リリカは一度だけ観客席を見る。


 フィナは笑っていた。


 失敗を責めるでも、困った顔をするでもなく、いつも通り自分を信じて応援している。


 リリカは唇を結び、杖をしっかり握り直した。


「……今は、私のやり方で」


 最後の課題が起動する。


 標的は三つ。


 一つは低い位置に固定され、一つは右上を横切るように移動し、最後の一つは正面奥にある。それぞれ求められる温度と持続時間も違っていた。


 リリカは余計なことを考えず、杖を通して魔力を整える。


 低い標的へは小さな火を送り、指定された時間だけ燃焼を維持する。


 続いて右上の標的の進路を読んで少し先へ火球を放ち、それが命中したのを確認してから、最後の遠距離標的へ必要な分だけ出力を乗せた。


 火球は途中で膨らまず、正面奥の標的中央へ綺麗に届いた。


 三つの計測板へ正常判定が並び、終了鐘が鳴る。


 リリカは杖を下ろし、ようやく大きく息を吐いた。


 得点板では集計が始まっていた。


 第四課題での失敗と減点が重く響き、暫定順位は決勝進出圏の境界付近まで落ちている。一方で、序盤三課題と最後の複合課題は高得点だったため、最終の精度評価が加算されるたびに順位が少しずつ上がっていった。


「……ぎりぎりだな」


 レオンが表示を追う。


 次の瞬間、最終結果が固定された。


 決勝進出圏。


 最下位ではあったが、通過だった。


「通った!」


 フィナが勢いよく立ち上がる。


「リリカ、決勝だよ!」


 競技場中央で得点板を見上げたまま、リリカはすぐには動けなかった。


 決勝へ進めたことは嬉しい。


 それでも胸の奥には、第四課題で崩れた感覚がはっきり残っている。


 四人のところへ戻ると、フィナが真っ先に笑顔で迎えた。


「おめでとう、リリカ!」


「ありがとうございます、フィナ師匠」


「最後、すっごく綺麗だった!」


 その横でエルナも安心したように肩の力を抜く。


「途中からよく立て直したわね。あれだけ崩れた後で最後を全部成功させたのは、普通にすごいわよ」


 レオンは計測記録を確認しながら、第四課題と最終課題の魔力経路を見比べていた。


「最後は完全に普段の流れへ戻せてる。失敗した後の修正も、予選より早かった」


 ネムは枕型魔導具を抱えたまま、褒められているリリカの顔をしばらく眺めた。


「でも、嬉しくない顔」


「え……」


 リリカは慌てて笑顔を作る。


「嬉しいですよ! 決勝ですから!」


 嘘ではない。


 ただ、自分だけは今日の競技を成功だったと思い切れなかった。


 自分のやり方ならできた。


 フィナを真似しようとした瞬間だけ、大きく崩れた。


 朝と同じで、昨日とも同じだった。


 それでもリリカの中では、その事実が「真似しない方がいい」という結論には繋がらない。


 もっと上手く真似できればいい。


 もっと正確に、もっと近く。


 リリカは胸の前で杖を握り直し、得点板に残る自分の名前を見上げた。


「決勝までには、師匠みたいにできるようにならないと」


 決勝進出を喜ぶ四人の声を聞きながらも、リリカの中では一度の失敗の方が強く残り、フィナへ近づきたいという焦りだけがさらに深くなっていた。




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