第三章 13 『五人なら勝てる?』
午後の学院競技区画で、五人は新しい競技看板の前に並んでいた。
《五人制・複合実技競技》
その下には、障害突破、対象保護、術式解除、精密射撃、最終課題と五つの項目が並んでいる。模擬戦のように単純な火力を競うものではなく、参加者全員が役割を果たしながら指定区画を突破する形式だった。
「これ、絶対私たち向きだよ!」
フィナが看板へ身を乗り出し、隣のリリカへ嬉しそうに振り返る。
「五人で出られるんだって!」
「はい、フィナ師匠! 特別実習班の力を示す時ですね!」
リリカが早くも杖を握り締める一方、レオンは参加規則を最初から最後まで読み始めていた。
「待て。まだ出場すると決めてない」
「何で?」
「規則を確認してからだ」
レオンが冊子を一枚めくると、エルナも横から内容を覗き込んだ。
「戦闘競技じゃないのね。制限時間内に四区画を抜けて、最後の装置を起動できれば終了、と」
「面白そうじゃん!」
フィナがさらに乗り気になる横で、ネムは競技場内に設置された障害物を見渡していた。
「走る?」
「多少はな」
レオンの返答を聞いた瞬間、ネムの目が細くなる。
「出たくない」
「理由そこ!?」
フィナが振り返ると、ネムは競技場の奥まで続くコースを指先で示した。
「長い」
「でも五人で一緒だよ?」
「一緒でも長い」
そのやり取りの間にも、レオンは規則の一文で目を止めていた。
「……やっぱりあるな」
「何が?」
フィナが覗き込むと、レオンは該当箇所を指で示す。
「一人の参加者が三課題以上を単独突破した場合、協働性不足として減点」
「何それ!?」
フィナが思わず冊子を奪いそうになり、レオンが手を上げて避けた。
「団体競技だから当然だ」
「できる人がいっぱいやったら駄目なの?」
「五人で参加する競技で、一人だけ全部やったら団体競技じゃなくなるでしょ」
エルナが呆れたように腰へ手を当てる。
「特にフィナ。あんた、絶対最初に全部まとめてどうにかしようとしたでしょ」
「してないよ!」
フィナは一度胸を張ったものの、数秒だけ黙った。
「……ちょっとしか考えてない」
「考えてるじゃない!」
エルナの声が響き、リリカはそんなフィナを見ながら何故か感心したように目を輝かせる。
「さすがフィナ師匠。開始前から全課題攻略を……」
「リリカ、そこを褒めるな」
レオンが即座に止める。
「今日は全員でやる。フィナが一人で片付けるのは禁止だ」
「競技でまで禁止されるの!?」
「専用規則まで作らせた人が言わないで」
エルナに刺され、フィナは何も返せず口を閉じた。
ほどなくして参加受付が終わり、五人は競技場入口へ移動した。
第一課題は障害突破。
幅の広い通路に複数の魔力障壁が並び、その間を妨害術式が不規則に走っている。障壁そのものを破壊すれば減点されるため、安全な経路を見つけて抜けなければならない。
開始前、レオンは五人を一度見回した。
「最初はネム。妨害の発生位置を見つけて、一時停止できる部分だけ止めろ。俺が経路を読む」
ネムは面倒そうに魔力障壁を眺める。
「全部止めた方が早い」
「減点される」
「競技、面倒」
「今さら言うな」
レオンはそのままリリカへ視線を移した。
「リリカは途中の小型標的。エルナは移動標的と時間制限のある装置。フィナは最後まで温存」
「私、最後だけ?」
「最後が一番大きい」
不満そうだったフィナの表情が少し戻る。
「大きいの?」
「その言葉だけで喜ぶな」
開始鐘が鳴った。
直後、通路左右の魔導柱から青白い妨害光が走る。
ネムはその場からほとんど動かず、《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》で流れ込んでくる魔力反応を捉えながら目を細めた。
「左、今。次、右奥」
短い声と同時に、左側の妨害術式だけが《魔流鎮静〈カルミア・マナ〉》で沈黙する。
「行くぞ」
レオンが先頭へ出て、停止した範囲を確認しながら全員を通す。
数歩先で新しい妨害光が起動した瞬間、ネムが今度は右側だけを止めた。
「三秒」
「十分だ」
レオンはその間に《術紋読解〈レクト・フォルマ〉》で床面の術式線を確認し、安全な足場だけを選んで進路を変える。
「フィナ、そこ踏むな。作動板だ」
「危なっ!」
片足を上げたまま止まったフィナの横を、エルナが素早く抜けていく。
「競技なのに罠へ普通に引っかかりそうにならないで!」
「レオンが止めてくれたから大丈夫!」
「結果論!」
第一課題を抜けると、次は対象保護区画だった。
中央に置かれた小型の保護装置を運びながら、左右から飛んでくる低威力魔弾を防ぐ必要がある。
「ここ、私が全部消せば――」
フィナが手を上げかけた瞬間、レオンとエルナの視線が同時に刺さる。
「言わない」
フィナは自分から手を下ろした。
「学習したな」
「何でちょっと偉そうなの!」
レオンは保護装置を抱えながら、右側の射出器へ視線を向ける。
「エルナ、右側の高速弾。リリカ、左の小型標的を先に落として射出数を減らせ」
「分かったわ!」
「はい!」
エルナの《雷針〈アグハ・ヴォルティア〉》が細い雷光となって走り、右側から飛来した三発の魔弾を正確に撃ち抜く。
一方、リリカは左奥に並ぶ小型発射標的へ杖を向け、必要な位置だけを小さな火で焼いた。
一つ。
二つ。
三つ。
標的の表面だけが熱で反応し、射出機能が順番に停止する。
「リリカ、全部当たった!」
後ろからフィナが嬉しそうに声を上げる。
「ありがとうございます、フィナ師匠!」
リリカは笑顔を見せながらも、今度はフィナの動きを真似しようとはせず、目の前の標的だけへ集中して次の一発を放った。
保護装置を無傷で指定地点へ運び終えると、第三課題の術式解除区画へ入る。
床一面に複数の術式線が走り、そのうち三本だけが正しい解除経路へ繋がっていた。
「ここは俺がやる」
レオンはすぐ膝をつき、術式線へ指を滑らせる。
「ネム、中央の周期だけ止めろ。全部止めると経路が読めなくなる」
「分かった」
中央核の明滅が一瞬だけ静まり、その間にレオンが一本目の誤接続を切り替える。
二本目。
三本目。
最後に《構式補綴〈レメディア・フォルマ〉》で補助線を組み直すと、床面の赤い光が青へ変わった。
「解除完了。次へ」
「今回は改善しないの?」
フィナが横から覗き込む。
レオンの足が一瞬止まった。
「……競技だからな」
「すごく我慢してる顔してる!」
「してない」
「今の間で分かったわよ」
エルナが笑いながら先へ進む。
第四課題では、空中を高速で動く標的が六つ同時に起動した。
「これは私ね」
エルナは立ち止まることなく右手を上げる。
細い雷光が一発、二発と走り、左右へ交差する標的を順番に撃ち抜いていく。最後の二基だけは互いの軌道が重なったが、先行する一基が下へ落ちる瞬間を読み切り、その隙間へ雷を通した。
「全命中」
レオンが計測表示を確認する。
「さすがエルナ!」
「当然よ!」
フィナへ余裕の笑みを返したエルナだったが、得点表示を一度だけ素早く確認してから歩き出した。
最後の区画へ入ると、五人の正面に巨大な魔力扉が立ちはだかった。
高さは三人分以上。中央には複数の魔力錠が重なり、左右の補助装置から絶えず魔力が供給されている。
「これが最後の大仕事?」
フィナの目が輝く。
「ああ。ただし壊すなよ」
レオンは扉の構造を確認しながら中央を指した。
「条件は、扉を損傷させず、中央の魔力だけ規定値以下まで落として開放すること」
「じゃあ、変なのだけ消せばいい?」
その言葉に、レオンは一瞬だけフィナを見た。
「今回はそれでいい。扉本体と補助装置には触るな。中央錠を維持してる魔力だけだ」
「分かった!」
ネムが残った妨害波を一瞬止める。
リリカが左側の細かな補助標的を処理し、エルナが右側の高速供給線を雷で断つ。
レオンが中央錠の構造を固定し、残すものと消していいものを明確にした。
「フィナ、今だ!」
「うん!」
フィナが手を伸ばす。
「余計な魔力だけ、なくなって!」
巨大な扉を包んでいた光のうち、中央錠を維持する余剰魔力だけが一瞬で消えた。
扉本体には傷一つない。
補助装置もそのまま。
重い音とともに左右の扉が開き、向こう側の終了地点が姿を現す。
「行くよ!」
フィナを先頭に五人が駆け込み、終了線を越えた瞬間、競技場全体へ完走を知らせる鐘が響いた。
大型記録板へ時間と得点が表示される。
障害突破、対象保護、術式解除、精密処理、最終課題。
すべて高得点。
さらに協働評価も満点に近く、総合記録はこの時点で上位へ食い込んだ。
「やった!」
フィナが両手を上げると、リリカも嬉しそうに隣で跳ねる。
「五人で上位記録です、フィナ師匠!」
エルナは得点板を見上げながら満足そうに腕を組み、ネムは終了したことの方が嬉しいらしく、既に休憩場所を探していた。
レオンだけは協働評価の欄を確認してから、ようやく肩の力を抜いた。
「これなら文句なしだな」
「私、一人でやらなくても速かったね」
フィナが素直にそう口にすると、レオンは隣から記録板を指した。
「むしろ一人でやってたら減点だ」
「最後までそこ!?」
エルナが吹き出し、リリカもつられて笑い、ネムは「フィナ、反則負け」と余計な想像を付け足した。
誰か一人だけが突出していたわけではない。
妨害を止めたネムがいて、細かな標的を処理したリリカがいて、高速の仕事を片付けたエルナがいて、全体を繋いだレオンがいて、その最後をフィナが担った。
得点板に残った上位記録は、特別実習班がフィナ一人の班ではないことを、何より分かりやすく示していた。




