第三章 11 『ネム、競技に出る』
レオンの術式解析競技が終わったあと、五人は予定表に従って学院中央区画へ戻っていた。
王都魔法祭の人出は朝よりさらに増え、競技場同士をつなぐ通路には地方学院の生徒や冒険者、見物客が途切れなく流れている。
フィナは左右の屋台へ視線を奪われながらも、今度こそレオンに予定表を盾のように掲げられ、どうにか寄り道せず歩いていた。
「次、何だっけ?」
フィナが前を歩くレオンの肩越しに予定表を覗き込むと、レオンは指で次の欄を示した。
「感知・静止系競技。学院内の特殊系統参加者向けだ」
「感知と静止……」
フィナはそこで足を止め、ゆっくりネムへ顔を向けた。
少し後ろを歩いていたネムは、枕型魔導具を両腕で抱えたまま、嫌な予感を察したように半分閉じていた目を細める。
「出ない」
「まだ何も言ってないよ!」
「顔」
「また顔で判断された!」
フィナが抗議する横で、エルナも案内冊子を確認し、競技名を見つけてネムへ視線を移した。
「でも、これかなりネム向きじゃない?」
「向いてても出ない」
「即答なのね」
ネムは歩く速度を少し落とし、このまま人混みへ紛れて離脱できないか考えているように見えた。
ところがリリカが嬉しそうに回り込み、ネムの正面から案内冊子を開いて見せる。
「ネムちゃん、見てください! 指定魔力反応だけを見つけて停止させる競技です!」
「見た」
「絶対得意です!」
「知ってる」
「では出ましょう!」
「つながってない」
きっぱり拒否したネムに、リリカは目を瞬いた。
レオンはそのやり取りを見ながら、競技説明をさらに読み進める。
「参加は任意だ。無理に出る必要はない」
その一言に、ネムの表情がほんの少し緩む。
「レオン、分かってる」
「ただし、参加時間は短い。予選形式なら一人五分もかからない」
緩んだ表情が元へ戻った。
「裏切った」
「事実を説明しただけだ」
レオンが真顔で返すと、フィナはネムの隣へしゃがむように身を低くした。
「ネム、終わったら予定通り昼寝できるよ?」
「今したい」
「あとちょっと!」
「今がいい」
「すごく意思が強い!」
結局、受付前まで来たところで、ネムはしばらく参加表と休憩所の方向を交互に見比べていた。
競技場の隣には簡易休憩区画があり、日陰の長椅子も空いている。さらにその先には、昨日から本人が狙っていた比較的人通りの少ない場所まで見えていた。
「終わったら、寝る」
ネムは最終条件を確認するようにフィナを見上げる。
「うん! 誰にも邪魔させない!」
「フィナも」
「私は邪魔する側に入ってるの!?」
「起こす」
「必要な時だけだよ!」
ネムは少し考えたあと、ようやく受付へ向かった。
競技場は円形ではなく、細長い長方形の区画だった。
中央には十本の細い魔導柱が立ち、それぞれから異なる魔力反応が発生している。参加者は開始後、その中から指定された反応だけを感知し、他の魔力へ干渉せず停止させなければならない。
観客席へ座ったフィナは、競技装置を興味深そうに眺めた。
「全部止めちゃ駄目なんだね」
「それだと感知競技にならないだろ」
レオンは魔導柱の並びを確認しながら、隣のフィナへ説明を続ける。
「指定されるのは反応の種類だけだ。位置は開始まで分からない。まず探して、その後に対象だけ機能停止させる」
「ネムなら一気に全部静かにできそう」
「できてもやったら失格よ」
エルナが反対側から釘を刺した。
「フィナみたいな発想で競技を壊さないでよ」
「何で私が例になるの!?」
「一般参加競技で専用規則を追加された人が何言ってるのよ」
「まだ引きずってる!」
その横で、リリカは両手を胸元で組み、競技台へ向かったネムを真剣に見つめていた。
「ネムちゃんなら絶対できます!」
競技線の手前で立ち止まったネムは、歓声にも緊張にも反応しなかった。
ただ一度だけ観客席を見上げ、四人の位置を確認すると、そのまま面倒そうに魔導柱へ視線を戻す。
開始前の説明が終わる。
今回の指定対象は、十本のうち三本。
それぞれ似た魔力波を出す偽反応が混ざっており、単純な強弱だけでは判別できない。
開始鐘が鳴った。
他の参加者なら一つずつ反応を探るところだった。
ネムは動かなかった。
目も大きく開かない。
杖も使わない。
ただ、その場で《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》を広げ、十本の魔力反応を一度に受け取るように、わずかに顎を上げた。
「……右から二、五、九」
次の瞬間、指定した三本へ《魔流鎮静〈カルミア・マナ〉》が重なる。
三本の魔導柱だけから光が消えた。
残る七本は何事もなかったように反応を続けている。
競技開始から、ほんの数秒だった。
「終わった?」
フィナが目を瞬く。
「終わったな」
レオンも記録盤を見ながら、ほんの少し眉を上げる。
「誤停止なし。指定対象三本、全部正解だ」
「速すぎない!?」
フィナが身を乗り出すと、エルナも驚きを隠しきれないまま競技台を見た。
「《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》で拾ってから《魔流鎮静〈カルミア・マナ〉》を重ねるまで、ほとんど間がなかったわよ」
「ネムちゃん、すごいです!」
リリカが観客席から大きく手を振る。
ところが当のネムは、褒められたことより終了判定の方を気にしていた。
「終わり?」
確認するように審判席へ目を向ける。
審判側も予想以上の速さに一瞬遅れていたが、記録盤を確認すると終了の合図を出した。
そこでネムはすぐ競技線から離れようとした。
「待ってください。まだ結果表示があります」
「後でいい」
「参加者はその場で確認を――」
「寝たい」
審判が言葉に詰まった。
観客席では、フィナが口元を押さえて笑い始める。
「ネム、競技より昼寝の方が大事なんだ!」
「最初からそう言ってたでしょ」
エルナも呆れながら笑っている。
「むしろ、早く寝たいから本気出したんじゃない?」
レオンは記録盤へ表示される数値を見ながら、少し考えるように目を細めた。
「可能性は高いな」
「それ、褒めてる?」
フィナが尋ねると、レオンは視線を競技台から外さない。
「結果だけ見れば最高評価級だ」
その言葉通り、数秒後に大型得点板へ表示された数字は高かった。
感知速度。
対象識別。
干渉精度。
誤停止数。
どの項目もほぼ最高値で、特に誤停止はゼロだった。
「ネム、すごいよ!」
競技場から戻ってきたネムへ、フィナがすぐ笑顔を向ける。
「ほとんど満点だって!」
「うん」
「もっと喜ばないの!?」
ネムは得点よりも受付横へ置かれた賞品一覧を見ていた。
「参加賞、何?」
「そこなの?」
フィナもつられて一覧を覗き込む。
上位者には魔導筆記具、学院購買券、小型魔力保存器具などが用意されている。
ネムは上から下までゆっくり確認したあと、表情を変えないまま尋ねた。
「枕ない」
「ないね」
「毛布も」
「ないわね」
エルナが横から一覧を見る。
「何で競技の賞品に寝具があると思ったのよ」
「祭り」
「理由になってない!」
リリカも賞品一覧へ顔を寄せ、何とかネムが喜びそうなものを探す。
「学院購買券なら、寝具に使えませんか?」
「購買部に枕はないぞ」
レオンが現実的な指摘をすると、ネムの視線がゆっくり下がった。
「じゃあ、いらない」
「最高得点級の人が賞品で一番落ち込んでる!」
フィナが思わず声を上げる。
「すごい結果なのに!」
「寝具、ない」
「評価基準そこじゃないよ!」
ネムは褒められても特に浮かれず、受け取った参加証をフィナへ預けると、休憩所の方向へ身体を向けた。
「終わった。寝る」
「はいはい。今度はちゃんと予定通りだね」
フィナが笑いながら一緒に歩き出すと、リリカも嬉しそうにネムの反対側へ回った。
「ネムちゃん、本当にすごかったです!」
「早く終わらせたかっただけ」
「それであの点数なんですか!?」
後ろでは、エルナが自分の高得点競技を思い出したように腕を組み、レオンはまだネムの記録値を確認していた。
「エルナは雷撃精度で高得点。俺は術式解析。ネムは《魔揺感知〈センタ・マナリア〉》と《魔流鎮静〈カルミア・マナ〉》を使った感知停止か」
「フィナは専用規則を作らせたわね」
「それだけ種類が違わない!?」
振り返ったフィナが抗議すると、エルナは楽しそうに口元を上げる。
「十分目立ってるじゃない」
「目立ち方がおかしいよ!」
リリカはそのやり取りを見ながら、明日の自分の競技参加証を胸元で握り直した。
王都魔法祭が始まってまだ半日も経っていない。
それなのに、雷で観客を沸かせたエルナ、競技教材を勝手に改良したレオン、数秒で感知競技を終わらせたネム、そして一般参加競技へ専用制限を追加されたフィナと、特別実習班の名前はそれぞれ違う理由で少しずつ会場へ広がり始めていた。
当の五人はそんなことをほとんど気にせず、まずはネムを昼寝させるため、人混みの少ない休憩場所へ揃って歩いていった。




