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全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第三章 王都魔法祭と消えた初級魔法
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第三章 10 『レオンは祭りでもレオン』



 エルナの学院代表競技が終わってから少し休憩を挟み、五人は学院西棟に設けられた術式解析競技区画へ移動していた。


 先ほどまで雷光と歓声が飛び交っていた中央競技場とは違い、こちらの会場はかなり静かだった。中央には複数の作業机が並び、その上へ魔導板、記録水晶、修復用の術具が整然と配置されている。


「雰囲気、全然違うね」


 観客席へ座ったフィナは、競技台を見下ろしながら声を少しだけ落とした。


「術式解析競技なんだから当然でしょ。雷を撃ち合うわけじゃないもの」


 隣へ腰を下ろしたエルナは、先ほどまで自分が競技へ出ていた時よりずっと気楽そうに腕を組んでいる。


「レオンさんは、何をするんですか?」


 リリカは競技案内を両手で開き、そこに書かれた説明と中央の設備を交互に見比べた。


「壊された術式を、制限時間内に修正する競技みたいです。欠けた術式線とか、間違った魔力経路とかを見つけるって書いてあります」


「レオンにぴったりだね!」


 フィナが嬉しそうに待機区画へ視線を向ける。


 そこではレオンが競技用の薄手の手袋を着けながら、まだ開始前だというのに正面の術式盤をじっと観察していた。


「ぴったりというか、普段から似たことしてるわよね」


 エルナもレオンの姿を追いながら、わずかに口元を緩める。


「学院地下でも迷宮でも、壊れた術式を見つけると急に集中するし」


「レオン、そういうの好きなのかな?」


 フィナが首を傾げると、少し離れた席で枕型魔導具を膝へ抱えていたネムが、眠そうな目のままレオンを見た。


「好き」


「分かるの?」


「説明、長くなる」


「なるほど!」


 フィナが納得して手を打つと、エルナも小さく吹き出した。


「確かに、それは分かりやすいわね」


 競技開始を告げる鐘が鳴り、観客席の空気が静まった。


 参加者たちの前にある術式盤へ、一斉に淡い光が灯る。


 今回の課題は、意図的に複数の欠損と誤接続を仕込まれた中級魔導術式を、制限時間内に規定状態まで修復することだった。


 他の参加者たちがすぐに修復用の術具へ手を伸ばす中、レオンだけは動かなかった。


 右上の魔力供給路。


 中央の変換部。


 左下へ流れる循環経路。


 出力を安定させる補助式。


 レオンは《術紋読解〈レクト・フォルマ〉》で術式全体を一度見渡し、欠陥箇所を探すというより、最初から構造そのものを読み解くように視線を動かしていた。


「レオン、まだ何もしてないよ?」


 フィナが前へ身を乗り出す。


「考えてるんじゃないですか?」


 リリカも競技台を真剣に見つめる。


 ところがエルナは、レオンの表情を見た途端に眉を寄せた。


「……あれ、たぶん別のこと考えてるわよ」


「別のこと?」


「競技でやること以外」


 ネムが枕へ頬を乗せたまま、短く付け足す。


「危ない顔」


「ネムにも分かるの!?」


 フィナが驚いた直後、レオンがようやく修復用の術具を取った。


 最初に直したのは、中央変換部へ続く切断された術式線だった。


 《構式補綴〈レメディア・フォルマ〉》で欠損した術式線を繋ぎ直す。


 そこまでは競技内容通りだった。


 だが一本目を修復した直後、レオンの手がその隣へ移る。


 本来は正常なはずの術式線を、一部消した。


「……あれ?」


 フィナが目を細める。


「今のところ、壊れてなかったよね?」


「壊れてないわよ」


 エルナは額へ片手を当てた。


「やっぱり始まったわ」


「何がですか?」


 リリカが不思議そうに尋ねると、ネムが競技台のレオンを指先で示した。


「レオン」


 中央では、本人が完全に競技の存在を忘れかけていた。


「……なぜ一度中央へ戻してるんだ」


 レオンは術式盤へ顔を寄せ、魔力経路を追いながら小さく眉を寄せる。


「右側へ直接流せるだろ。ここで二段階変換にする理由がない」


 正常だった経路へ《術路再編〈トラセア・レギア〉》で新しい術式線を書き足し、不要と判断した補助線を消していく。


 さらに循環経路へ手を伸ばし、今度は魔力損失を抑えるために分岐そのものを組み替え始めた。


「レオン、修理する競技だよね?」


 笑いを堪えながらフィナがエルナへ確認する。


「そうよ。改良競技じゃないわ」


「でも、元より良くしてるんですよね?」


 リリカだけは感心したように目を輝かせている。


「それなら、もっとすごいことをしてるのでは?」


「そこで尊敬を深めないで、リリカ」


 エルナは競技台を指しながら、半ば呆れたように息を吐く。


「求められてるのは、壊れたところを元に戻すことなの。勝手に設計思想まで直す競技じゃないのよ」


「でも非効率なら、直した方がよくない?」


 フィナまで首を傾げる。


「フィナもそっち側に行かないで!」


 観客席でそんなやり取りが続く中、審査側も異変へ気づいた。


 記録板を確認していた審査員の一人が、レオンの術式盤を見て目を見開く。


「参加者レオン・アルヴェイン! 課題は術式の修復です!」


 名前を呼ばれても、レオンは手を止めずに術式盤を見たままだった。


「修復は終わっています」


「では、そこで作業を止めてください!」


「ですが、この構造には無駄があります」


「無駄があっても教材です!」


「教材なら、なおさら非効率な構造を残す理由が分かりません」


 フィナが耐えきれず吹き出した。


「競技中に教材へ文句言い始めた!」


「予想より早かったわね……」


 エルナも口元を押さえながら肩を揺らしている。


 リリカはまだ感心を崩していない。


「レオンさん、審査員の方と術式理論のお話を……!」


「議論じゃなくて注意されてるのよ!」


 ネムは枕へ半分顔を埋めながら、中央のやり取りを見ていた。


「止められても、止まらない」


「本当にね!」


 競技台では、審査員がさらに声を強める。


「アルヴェイン! それ以上変更すると採点対象から外れます!」


 そこで初めて、レオンの手が止まった。


「採点対象から?」


「原型を維持した修復が条件です!」


「競技規則には『指定機能を回復させること』としか書かれていません」


「競技趣旨で分かるでしょう!」


「趣旨と規則に差があるなら、規則側を修正すべきです」


「今それを修正する競技ではありません!」


 会場のあちこちから笑いが漏れる。


 観客席では、フィナがもう完全に楽しそうに笑っていた。


「レオン、祭りでも全然変わらないね!」


「むしろ祭りだから余計に目立ってるわよ」


 エルナは競技台へ視線を向けたまま、呆れと笑いが混ざった表情を浮かべる。


「普通は審査員に止められたら『分かりました』で終わるのに、何で規則改訂の話になるのよ」


「レオンさんらしいです!」


 リリカが嬉しそうに返すと、エルナは横目でその顔を見る。


「リリカ、それは褒めていいところか微妙だからね」


「でも、ちゃんと良くしているんですよね?」


「そこが一番面倒なのよ!」


 明確に「これ以上の変更禁止」と言い渡され、レオンはようやく修復用の術具を置いた。


 残り時間はかなり余っている。


 他の参加者たちがまだ欠陥箇所を一つずつ探している中、レオンの術式盤だけはすでに正常稼働しており、《術路再編〈トラセア・レギア〉》によって元の教材より滑らかに魔力が循環していた。


 終了鐘が鳴ると、審査員たちが各術式盤を順番に確認していく。


 レオンの前へ来た審査員は、魔力流量を測定してから、しばらく無言で記録板を見つめた。


「……機能回復は完璧です」


「当然です」


 レオンは真顔で返す。


「欠損箇所の修復も正確。魔力損失は、元の設計より減少しています」


「合理化しました」


「ただし」


 審査員が記録板を一段下へずらすと、レオンの眉が僅かに動いた。


「指定されていない箇所を七箇所変更しています」


「必要な改善です」


「それが減点対象です」


「なぜです?」


「競技だからです!」


 審査員の声が会場へ響き、観客席から再び笑いが起こった。


 フィナは隣のネムへ身体を寄せながら、競技台のレオンを指差す。


「本気で納得してない顔してる!」


「してない」


「分かりやすいね!」


 エルナは笑いながら額へ手を当てた。


「自分が正しいと思ってる時のレオン、ほんと面倒ね」


「でも、実際に効率は上がってます!」


 リリカが得点表示を待ちながら、まだレオン側へ立つ。


「リリカは少しレオンへ甘すぎない?」


「同じ班の仲間ですから!」


「それ、私の競技の時にも言ってたわよね」


「はい!」


「迷いなく認めるのね……」


 やがて大型得点板へ結果が表示された。


 欠陥発見数。


 修復速度。


 機能回復率。


 魔力安定性。


 ほとんどの項目が最高水準に近い。


 ただし最後に、《規定外改変》の欄だけが大きく減点され、総合得点は高評価ながら満点には届かなかった。


「高い!」


 フィナが得点板を見上げ、嬉しそうに両手を合わせる。


「すごいです、レオンさん!」


 リリカも笑顔で拍手する。


 ネムは数字を一度確認したあと、ぼそりと呟いた。


「でも満点じゃない」


「そこを最初に言わないの」


 エルナが横から止めたところで、競技を終えたレオンが観客席側の通路へ戻ってきた。


 四人の前へ来た時には、本人の視線は既に得点票の減点欄へ固定されている。


「レオン、高得点だったよ!」


 フィナがすぐ近くまで寄ると、レオンは得点票を見せた。


「規定外改変、減点十二」


「そこだけ見てる!」


「修復自体は問題なかった」


「だったらすごいじゃん!」


「元より効率も上げた」


 レオンが真顔で続けると、エルナがすぐ隣から得点票を指差した。


「だから、それを競技中に勝手にやったから減点されたのよ!」


「合理化しただけだ」


「直せって言われたものを、別の設計へ変えたの!」


「機能は同じだ」


「七箇所変えてるでしょ!」


 少し後ろで聞いていたリリカが、真剣に考え込んでから手を上げた。


「では次は、審査員の方に止められる前に全部改善してしまえば――」


「リリカ、それは違う!」


 エルナが勢いよく振り返る。


「むしろ悪化してるから!」


 ネムは枕型魔導具を抱え直し、言い争う三人を見ながら小さく目を細めた。


「祭りでも、いつも通り」


「ほんとだね」


 フィナが笑うと、レオンはまだ減点理由を納得できないまま得点票を見つめ、エルナはその横で説明を続け、リリカはなぜか改善案を考え始めている。


 高評価を得た競技が終わっても、五人の空気は数分もしないうちにいつもの騒がしさへ戻っていた。


 祭りだからといって誰かの性格が変わるわけではない。


 少なくともレオンについては、壊れた術式を前にすると競技中でも勝手に《術路再編〈トラセア・レギア〉》で合理化を始めるという事実まで含めて、普段通りであることが見事に証明されていた。




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