↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第二章 蒼穹迷宮と逆さの海
48/129

第二章 18 『何でもできても、一人じゃ足りない』



 中央海域で巨大海獣を風に固定したまま、フィナは広場の端へ視線を走らせた。


 上空の逆さの海からは今も水滴が降り続け、建物の屋根や石畳を絶え間なく叩いている。中央の海獣は抑えられているものの、その向こうでは別の小型海獣が水塊から抜け出し、さらに西側の高架水路では透明な壁面が大きく歪み始めていた。


「また……!」


 風の拘束を残したまま、フィナは西側へ片手を向けた。


「水、こっち来ないで!」


 亀裂から噴き出しかけた水が途中で進路を変え、建物の外壁を避けながら空いている排水路へ流れ込んでいく。避難していた市民が水に巻き込まれずに済んだことを確かめると、今度は頭上から悲鳴が届いた。


 空中水路の保守足場から、一人の魔導師が滑り落ちている。


「待って!」


 地面へ届く前に柔らかな風で受け止め、そのまま近くの屋根へ降ろす。


 安心する暇もなく、背後で大きな音が響いた。


 中央広場の反対側では、逆さの海から落ちた船の残骸が建物へ向かっている。


「そっちも!」


 今度は風で残骸だけを持ち上げ、人気のない空き地へ移動させる。巨大海獣の固定、西側の水流、落下物の制御を同時に維持するうち、フィナの視線は休む間もなく都市中を往復していた。


「まだある……」


 救助警報が別方向から上がる。


 北東区画。


 今度は建物の一部が別の形へ重なり、避難路へ壁が出現しかけているらしい。


 フィナは一歩踏み出したところで足を止めた。


 レオンは都市術式中枢。


 ネムは可能性異常の感知と抑制。


 リリカは避難。


 エルナは空中海域。


 分かれて対応していることは知っている。


 それでも、自分ならもっと早く行けるという思いが、胸の奥から消えてくれなかった。


「私が行けば……」


 フィナは北東へ向けて風を起こしかけた。


 その瞬間、中央の巨大海獣が拘束の中で大きく身体を捻る。


「っ!」


 意識を戻し、風圧を強める。


 海獣だけを押さえ直せたものの、今度は広場の水滴まで一瞬だけ横へ流れた。


 フィナの表情が固まる。


「今の……」


 普段なら間違えない。


 人だけ。


 魔物だけ。


 水だけ。


 必要なものを選び、それ以外には触れない。


 それができるはずなのに、ほんの少しだけ範囲がぶれた。


「落ち着いて……」


 自分へ言い聞かせながら、呼吸を整えようとする。


 しかし、その間にも遠くで新しい警報が鳴った。


 港湾区。


 南側居住区。


 迷宮入口周辺。


 都市のあちこちから助けを求める音が重なってくる。


「もっと速くできるはずなのに」


 焦りが言葉になった瞬間、足元の水溜まりが震えた。


 風は起こしていない。


 それなのにフィナの周囲だけ、細かな水滴が石畳からゆっくり浮き上がっていく。


「……え?」


 広場へ降っていた雨まで、ほんの一瞬だけフィナの周囲で軌道を変えた。


 髪が風に揺れる。


 けれど、その風を自分で出した覚えはない。


 胸の中の焦りへ呼応するように、水と空気が勝手に動いている。


「違う。止まって」


 フィナが小さく告げると、浮いていた水滴はすぐ石畳へ落ちた。


 それでも胸の奥に残った違和感までは消えない。


 もっと。


 早く。


 全部。


 その思いが強くなるほど、周囲の魔力までこちらへ寄ってくるような感覚があった。


「フィナ!」


 聞き慣れた声ではなかった。


 振り向くと、セレスティアが中央広場へ駆け込んでくる。都市中枢から戻ってきたのか、制服の裾は濡れ、片手には携帯端末を握ったままだった。


「何をしているんですか!」


「何って……助けてる!」


「見れば分かります!」


 珍しく強い声を返しながら、セレスティアはフィナの周囲へ浮き残っていた水滴を見た。


「ですが、そのまま続けたらあなたまで制御を失います!」


「失わないよ!」


 反射的に返した声が、自分でも驚くほど強くなった。


「私ならできるから! もっと速くやれば、もっと助けられる!」


 言いながら、視線は次の異常を探してしまう。


 西。


 北。


 上空。


 中央。


 全部見なければいけない気がした。


「フィナ!」


 セレスティアは逃げる視線を止めるように、真正面へ立った。


「街を見てください」


「見てるよ!」


「違います。異常ではなく、人を見てください」


 その言葉に、フィナの視線が止まる。


 広場の端では、現地魔導師たちが避難区画へ防壁を張っていた。


 少し離れた通りでは冒険者たちが流れてきた瓦礫を片付け、市民が通れる道を作っている。


 建物の入口では、住民同士が子供や高齢者へ肩を貸し、濡れた荷物を捨ててでも人を先へ通していた。


 誰も、フィナが来るまで何もしないで待ってはいなかった。


「港湾区では魔導師が船を固定しています。西側では住民と技術者が排水路を開けています。北側はあなたのお仲間が異常を止めてくれています」


 セレスティアの声はまだ強かったが、責める響きはなかった。


「みんな、動いてる……」


「当然です」


 セレスティアは濡れた前髪をかき上げながら、逆さの海を見上げた。


「ここは私たちの国です」


 その一言に、フィナは何も返せなかった。


「助けてもらうことを拒むつもりはありません。あなたの力が必要なことも、もう分かっています」


 セレスティアはもう一度フィナへ向き直った。


「でも、だからといって、全部をあなたへ渡すつもりもありません」


 遠くで水の壁が持ち上がり、流れ込んできた水を現地魔導師たちが別の路地へ誘導している。


 フィナが手を出す前に、一つの異常が処理された。


「あなたは何でもできます」


 セレスティアの言葉に、フィナの指先が僅かに動いた。


「ですが、あなた一人ですべてを支える必要はありません」


 胸の奥に溜まっていた焦りが、その言葉で一瞬だけ止まった。


 何でもできる。


 だから、全部やらなければいけない。


 いつの間にか、その二つを同じ意味にしていた。


 けれど、最初から一人ではなかった。


 巨大海獣を任せると言って走っていったレオン。


 空中の細かな敵を引き受けたエルナ。


 避難路へ向かったリリカ。


 疲れていても異常を探しに行ったネム。


 四人とも、自分の役割を選んで別の場所へ向かった。


「……そっか」


 フィナはゆっくり息を吐いた。


 周囲で揺れていた風が静まり、雨粒も自然な軌道へ戻っていく。


 全部を見る必要はない。


 全部に手を伸ばす必要もない。


 自分にしかできないことは確かにある。


 なら、そこだけは絶対にやればいい。


「セレスティア」


「はい」


「私が行かないと無理な場所、分かる?」


 問いかけられたセレスティアは、一瞬だけ驚いたあと、すぐ携帯端末へ視線を落とした。


「中央海域の巨大海獣。それと、逆さの海そのものに関わる異常です。通常術式では対応できません」


「じゃあ、そこやる」


 フィナの声から、さっきまでの焦りは消えていた。


 中央の巨大海獣はまだ風の中で暴れている。


 その奥では、逆さの海がゆっくりと形を変え続けている。


 普通の魔導師では触れない領域。


 そこなら、自分の役目だ。


「他はお願いしていい?」


 セレスティアは迷わず頷いた。


「任せてください」


 フィナは一度だけ広場全体を見渡した。


 現地魔導師も、冒険者も、市民も、それぞれが自分にできることをしている。


 そして、そのどこかでは仲間たちも動いている。


「じゃあ、私にしかできないところをやる」


 そう決めた瞬間、フィナの視線はようやく一つの場所へ定まった。


 無数の異常をすべて追いかけるのではなく、誰にも代われない役割だけを引き受けるために、フィナは逆さの海の中心へ向き直った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。