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全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第二章 蒼穹迷宮と逆さの海
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第二章 17 『どれが本物の街なんだ』



 都市術式中枢へ駆け込んだレオンの目に最初に飛び込んできたのは、壁一面を埋め尽くす異常表示だった。


 普段なら水流、結界、交通、圧力、魔力供給が整然と分かれているはずの監視盤へ、今は同じ都市を示す線が何重にも重なっている。しかも一つとして完全には一致せず、数秒ごとに輪郭を変えながら別の形へ置き換わっていた。


「これは……ひどいな」


 息を整えるより先に解析札を三枚展開すると、レオンは中央制御盤の前へ滑り込んだ。


 隣ではセレスティアと現地技術者たちが、重なった術式を一つずつ切り分けようとしている。中枢まで届いている異常は街中より安定して見えるものの、その分だけ情報量が多く、一本の水路を追うだけでも異なる経路が何本も同時に表示されていた。


「北側居住区から報告です!」


 技術者の一人が通信具を押さえながら振り返る。


「可能性異常の変化速度が低下。三分程度、構造を維持できるとのことです!」


「ネムか」


 レオンはすぐ解析札の向きを変えた。


「その区画を基準点にする! 変化してない今のうちに、現在側の術式記録を全部抜き出してくれ!」


「現在側……?」


 技術者が戸惑う横で、セレスティアは意味を察したように制御盤へ手を走らせた。


「重なっている構造のうち、異常発生前から連続しているものを探すんですね」


「そうだ。消す方法を探す前に、残すものを決める」


 レオンの言葉に、周囲の技術者たちが一斉に作業へ戻る。


 中枢の床へ投影された都市模型が明滅し、最初に浮かび上がったのは水の底へ沈んだアクアレイアだった。


 塔の半分は海中へ消え、空中水路は崩れ、広場には魚群が泳いでいる。現在の街と同じ位置に存在しているはずなのに、見える景色だけが何百年も放置された沈没都市へ変わっていた。


「これは現在の記録と一致しません」


 セレスティアが即座に水流番号を比較する。


「第三水路も港湾連結路も存在していない。少なくとも今の都市ではありません」


「切り分ける」


 レオンが解析札へ印を付けると、沈没都市の表示だけが薄く分離した。


 だが、それを終えるより早く模型全体が揺れ、今度はまったく別の街が重なる。


 青白い現代建築が消え、その下から巨大な石造施設と古代術式の塔が浮かび上がった。


「古い……」


 セレスティアの声が僅かに震える。


「建築規格が現代アクアレイアと違います。でも、この導水経路……迷宮で見たものと近い」


「原初魔力導路につながってる施設かもしれないな」


 レオンは断定せず、古代都市側の魔力線だけを別層へ送った。


 今知りたいのは歴史ではない。


 どれが本物の現在で、どれが重ねられた可能性なのか。


 その判断に必要な情報だけを拾う。


「次、来ます!」


 技術者の警告と同時に、模型の建物が一斉に崩れた。


 そこに現れたのは廃墟だった。


 倒れた塔。


 干上がった水路。


 砕けた橋。


 誰も住んでいない街路。


 さらに数秒も経たないうちに、その廃墟へ炎と黒煙が重なり、今度は戦争で破壊されたらしい都市へ変わっていく。


「また別だ!」


「同じ崩壊ではありません!」


 セレスティアが二つの構造を見比べながら声を張る。


「廃墟側は長期放棄! こちらは急激な破壊です! 水路の断裂位置も違います!」


「別々に記録する!」


 レオンが四枚目の解析札を追加すると、周囲の技術者たちも役割を分けた。


 水流。


 建築。


 結界。


 動力。


 それぞれの担当が、自分たちの知る現在と照合していく。


 一人で全部を見るより、圧倒的に速い。


「西側海域、構造消失!」


 新たな表示へ視線を移すと、今度は街そのものがなかった。


 人工島も水路も塔もなく、ただ海だけが広がっている。


「建設されなかった可能性……?」


 セレスティアが息を呑む。


「アクアレイアがここに存在しなかった世界か」


 レオンは海だけの模型を見つめた。


 エルクの言葉が頭をよぎる。


 別の世界なら。


 別の結果なら。


 そのすべてを同時に重ねられれば、現在という一つの形は簡単に埋もれる。


「まだ終わりません!」


 技術者の声とともに、空白だった海上へ今度は巨大な都市が浮かび上がった。


 現在のアクアレイアより塔は高く、水路は何倍にも増え、空中には複数の魔導船航路が重なっている。都市全体が青銀の光を放ち、現在よりはるかに発展していることだけは一目で分かった。


「未来……?」


「断定するな」


 レオンは制御盤へ身を寄せ、魔力線の起点を追った。


「ただ、現在の施設を発展させた痕跡がある。少なくとも古代側とは違う」


「もし繁栄した未来なら……」


 セレスティアは一瞬だけ模型へ目を奪われたものの、すぐ現行記録へ視線を戻した。


「でも、今の街ではありません」


「ああ」


 その判断だけで十分だった。


 沈没した都市。


 古代都市。


 廃墟。


 戦争で破壊された都市。


 建設されなかった海域。


 そして、今より遥かに繁栄した別の未来。


 どれもアクアレイアでありながら、今ここにあるアクアレイアではない。


「異常そのものを消す術式は?」


 レオンの問いに、現地技術者たちは次々と首を横へ振った。


「無理です。干渉点を特定しても、構造そのものが現代術式の外にあります」


「切断も?」


「一時的な遮断なら可能ですが、別の経路から再接続されます」


「やっぱり、こっちから消すのは無理か」


 レオンは苛立ちを飲み込みながら、解析札の配置を変えた。


 現代術式では、エルクの《可能性重層》そのものへ届かない。


 けれど、何もできないわけではない。


 ネムが止めている北側区画では、異常発生前から続いている魔力構造がまだ読み取れる。


 ならばそこを基準にすればいい。


「異常前の都市記録を出してくれ」


「全域分ですか?」


「全部だ」


 セレスティアがすぐ中央記録層を開き、技術者たちが各区画の正常値を重ねていく。


 水路の流量。


 建物の術式番号。


 結界の接続順。


 港湾設備の動力。


 市街灯に至るまで、現在のアクアレイアを形作っていた記録が一本ずつ浮かび上がる。


 それらは派手ではない。


 けれど、異常が起きる直前まで確かに続いていたものだった。


「これを一つの基準構造にまとめる」


 レオンは術式編纂を開始した。


 新しい魔法を作るわけではない。


 街を直すわけでもない。


 ただ、今ここに存在していた都市の魔力構造へ印を付ける。


「正常な接続は残す。発生時刻より後に重なった経路だけを別層へ分ける」


「それなら……!」


 セレスティアの表情が変わる。


「消すことはできなくても、どちらが異常なのか識別できます」


「そういうことだ」


 レオンの指先に合わせ、都市模型へ二種類の光が走り始める。


 現在へ連続している構造。


 途中から重なった構造。


 これまでは互いに絡まり合っていた線が、少しずつ別の層へ分かれていく。


「北側、あと一分です!」


 通信が飛び込む。


「間に合わせる!」


 レオンは解析札を中枢へ直接接続し、セレスティアたちが抽出した記録を一つへ束ねた。


 現在側の魔力構造が青く固定され、その周囲へ沈没都市や古代都市、廃墟、別未来の線が白く浮かび上がる。


 完全に消えたわけではない。


 それでも初めて、何を残し、何を取り除けばいいのかが目に見える形になった。


「できた……」


 セレスティアが息を吐く。


「これなら、本来のアクアレイアを見失いません」


「俺たちには消せない」


 レオンは重なった都市を見上げながら、通信術式へ手を伸ばした。


「でも、フィナなら消せる」


 問題は、彼女の力が大きすぎることだった。


 区別せずに異常だけを吹き飛ばそうとすれば、現在の都市まで巻き込む危険がある。


 だから必要だった。


 フィナが何を消してよくて、何を絶対に残すべきなのかを認識できる基準が。


「これをフィナに渡す」


 現在へ連続する青い構造と、後から重なった白い構造が都市模型の上で明確に分かれている。


 可能性そのものを消す術式ではない。


 ただし、フィナが消すべきものを間違えないための境界なら作れる。


 変わり続ける無数のアクアレイアの中から、今ここにある一つだけを選び出す方法を、レオンはようやく見つけていた。




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