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全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第一章 初級魔法の転校生
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第一章 2 『全属性、たぶん使えます』



 馬車の車輪が、乾いた街道を一定の間隔で鳴らしていた。


 フィナは荷台の端へ座り、膝の上で両手を組んでいる。


 さっきまでなら、遠くへ続く草原や見慣れない植物へ目を輝かせていたはずだった。けれど今は、自分の右手と、後方へ小さくなっていく岩壁の穴を交互に見てしまう。


「……本当に、私がやったんだよね」


 確認するように呟くと、向かいに座っていた年長の商人が重々しく頷いた。


「俺たち全員が見ていた。魔物も、岩壁も、まとめてな」


「まとめるつもりはなかったんですけど……」


「つもりの話はもう聞いた」


 ぴしゃりと返され、フィナは肩を落とした。


 馬車の中には、先ほど襲われていた商人たちが乗っている。御者台には一人が残り、ほかの者たちは荷崩れを防ぐため積み荷の間に座っていた。


 誰も怪我をしていないことは何度も確かめたが、フィナが手を動かすたびに全員の視線が集まる。


「そんなに警戒しなくても、急に火を出したりしませんよ」


「急に出した本人が言っても説得力がない」


「うぅ……」


 反論できず、フィナは指先を膝の間へ隠した。


 それでも、知らないまま王都へ着くのは不安だった。


 雪城澪華として生きていた日本には魔法など存在しなかった。今の自分がフィナ・アウセリアと呼ばれる理由さえ分からないのに、さらに正体不明の力まで使えてしまった。


「あの、魔法って、みんな使えるものなんですか?」


「程度の差はあるが、珍しいものではない。火を灯す、水を出す、風を起こす。生活で使う者も多い」


 商人はフィナが妙なことをしないか注意しながらも、説明を始めてくれた。


 この世界の魔法は、自分の中にある魔力を術式へ流し、意思によって現象を発生させるものらしい。多くの魔法使いは詠唱で術式を組み立て、杖や魔導具で発動を安定させる。


「属性は、生まれつき向き不向きがある。普通は一つ、多くて二つだ。三属性を使えれば天才と呼ばれる」


「火、水、風、土みたいな?」


「それが基本だな。ほかにも光と闇、雷や氷のような派生属性がある」


 フィナは頷きながら、自分の右手を見た。


 さっきの火球には詠唱も術式もなかった。杖も魔導具も使っていない。ただ、小さな火が欲しいと思っただけだ。


「私、何も唱えてませんでしたよね?」


「だから全員が困っている。無詠唱ができる魔法使いはいるが、普通は頭の中で術式を組んでいる。あんたの魔法には、その前触れがまるでなかった」


「頭の中でも、何も組んでないです。火が出たらいいなって考えただけで」


「それを聞いて、さらに分からなくなった」


 商人がこめかみを押さえる。隣では別の男が、フィナの手から少しずつ離れるように座り直していた。


「魔法には階級もあるんですよね?」


「ああ。初級、中級、上級、最上級、戦略級、神話級だ。初級は子どもでも覚えられる生活魔法。戦略級になれば都市や軍勢へ影響し、神話級は昔話の中の領域だ」


「じゃあ、私のは?」


「使った形だけなら、初級の火球に近い」


「よかった。初級なんですね」


「威力の話を聞け。岩壁を抉る初級魔法があってたまるか」


「えぇ!? 形が初級なら初級じゃないんですか!?」


 思わず身を乗り出すと、荷台の全員が一斉に後ろへ下がった。


 フィナは慌てて元の位置へ戻る。自分でも不用意に動くたび警戒されるのは寂しかったが、岩壁の惨状を思えば仕方がない。


「火が使えたなら、ほかの属性も使えるんでしょうか」


 小さく呟いた瞬間、荷台の空気が固まった。


「試す気か?」


「ちょっとだけです! 今度は本当に、指先が濡れるくらいの水を出すだけですから!」


「待て。せめて馬車を止めてから――」


「水、ほんの少し!」


 フィナは人差し指を立て、その先に一滴の水が浮かぶ様子を思い描いた。


 指先の前で、透明な水球が生まれた。


「出た! 今度はちゃんと小さ――」


 言い終わる前に、水球が大きく膨らんだ。


「えぇ!? 増えてる増えてる! 待って、止まって!」


 頭ほどの大きさになった水球が弾け、荷台の中へ大量の水が落ちた。積み荷の木箱や布袋、座っていた商人たちの脚が一瞬で濡れる。


「荷を上げろ! 染料箱に水を入れるな!」


「こっちへ布を寄せろ!」


「ご、ごめんなさい! 乾かします! 風なら乾かせますよね!」


「何もするな!」


 制止より先に、フィナは両手を広げていた。


 濡れた布だけを乾かす、優しい風。そう考えたはずだった。


 次の瞬間、荷台の内側を突風が吹き抜けた。


「うわっ!」


「えええぇ!? なんでそんなに強いの!?」


 積み上げていた布が一斉に宙へ舞い、幌の隙間から外へ飛び出した。赤、青、黄色の反物が街道上空へ広がり、巨大な旗のように風へ運ばれていく。


 御者台から怒鳴り声が飛び、馬車が大きく揺れた。


「荷が飛んだぞ! 馬車を止めろ!」


「止めます! 地面を少し盛り上げれば、車輪が引っかかるはず!」


「やめろ! 普通に御者へ任せろ!」


 だが、フィナは既に街道へ意識を向けていた。


 車輪の前へ、小さな土の出っ張りを作る。それだけを願った。


 轟音と共に、馬車の前方で街道が持ち上がった。


 土の壁が横一列にせり上がり、左右の草地まで巻き込みながら馬車の進路を塞ぐ。御者が慌てて手綱を引き、二頭の馬が前脚を高く上げた。


 馬車は土壁の直前で大きく傾き、積み荷と人をまとめて揺さぶってから、どうにか停止した。


「えええぇ!? 道が立った!?」


 フィナは荷台の縁へしがみつきながら、目の前の土壁を見上げた。


 予定では、車輪が軽く乗り上げる程度だった。実際に現れたのは、人の背丈を優に超える障害物である。


「私、ちょっと盛り上げただけなのに! なんで街道が壁になるの!?」


「それを俺たちに聞くな!」


 商人たちの叫びが、街道へ重なって響いた。


 幸い、馬車は横転していなかった。御者が馬を宥める間、全員で積み荷の状態を確認する。濡れた箱の中身は無事で、飛ばされた反物も近くの草原へ落ちていた。


 フィナは何度も謝りながら、商人たちと一緒に布を集めた。


 魔法で回収するという案は口に出す前に全員から睨まれたため、素直に走って拾うことにした。


「火だけじゃなく、水も風も土も使えたな」


 反物を抱えて戻る途中、年長の商人が土壁を見上げた。


「四属性……」


「少なくとも、その可能性は高い。しかも全部、詠唱なしだ」


「私、天才だったりします?」


「被害を出さずに使えればな」


「そこはこれから頑張ります!」


「まず、馬車の中で練習しないところから頑張れ」


 強く釘を刺され、フィナは神妙に頷いた。


 土壁は商人たちが持っていた道具だけでは崩せない。フィナが元に戻そうと申し出ると全員が難しい顔をしたが、このままではほかの馬車が通れない。


「今度は盛り上がった分を下へ戻すだけです。絶対に余計なことはしません」


「本当に戻すだけだな?」


「はい。地面、元に戻って!」


 フィナが両手を土壁へ向けると、せり上がっていた土が静かに沈み始めた。


 今度は勢いもなく、崩れもせず、街道は元の高さへ戻っていく。最後には轍まで消え、平らで滑らかな道だけが残った。


「できた!」


「……最初からそれくらい静かにやってくれ」


「私もそうしたかったんですよ!」


 それでも、初めて狙った通りに魔法が使えたことが嬉しくて、フィナの頬は自然に緩んだ。


 荷物を積み直し、馬車が再び動き始めると、商人は王都にある学院について教えてくれた。


 王立セレフィア魔法学院は、この国でも最大の魔法教育機関で、属性適性や魔力量を調べる設備がそろっているらしい。


「身元がはっきりしない者でも、事情があれば相談には乗ってくれる。あんたの場合、四属性を使えると分かれば無視もできんだろう」


「名前はフィナ・アウセリアって分かるんですけど、前は雪城澪華で……説明したら信じてもらえますかね」


「転生の話まで信じるかは知らん。ただ、魔法を見せれば普通ではないことだけは伝わる」


「見せたら学院がなくなったりしません?」


「頼むから、なくすな」


 商人の切実な声に、フィナは小さく肩をすくめた。


 火、水、風、土。どれも使い方を知らなかったのに、思っただけで現れた。


 ほかの属性まで使えるのかもしれないと考えると胸が高鳴る一方、また何かを壊しそうで不安にもなる。


 それでも、王都へ行けば自分の力と、新しい名前の理由を調べられるかもしれない。


 陽が傾き始めた頃、馬車が長い丘を越えた。


 草原の向こうに、巨大な白い城壁が姿を現す。その内側には無数の屋根と塔が重なり、さらに奥には、幾つもの尖塔を持つ壮麗な建物が空へそびえていた。


 王都セレフィアと王立魔法学院を初めて目にしたフィナは、荷台の縁を握ったまま、驚きと期待に琥珀色の瞳を輝かせていた。




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