第一章 16 『最強パーティーの薬草採取』
冒険者登録を終えた翌朝、フィナたち五人は、王都北門から続く街道を歩いていた。
最初の依頼は、王都近郊の森で指定された薬草を二十束集めること。腰の袋には採取用の小刀と布、レオンが用意した薬草図鑑が入り、フィナの首元では木級の資格札が揺れている。
「本当に薬草採取から始めるのね」
エルナは歩きながら、依頼書をもう一度見下ろした。
「木級らしいといえば木級らしいけど、昨日あれだけ大騒ぎして登録した後に、草を二十束って……落差がすごくない?」
「私は楽しみだよ! 初めての採取依頼だし、森の中をみんなで探すんでしょ?」
「その言い方だと遠足にしか聞こえないわよ」
「お菓子も持ってきたよ?」
「本当に遠足じゃない!」
フィナが鞄から焼き菓子の包みを覗かせると、ネムの眠そうな瞳がわずかに開いた。
「ネムの分、ある?」
「もちろん。果実入りだよ」
「採取、頑張る」
「菓子一つで急に意欲を出すな」
レオンが呆れた声を向ける一方、リリカは感動したように手帳を取り出していた。
「厳しい依頼の中にも楽しみを用意し、仲間の士気を高める……。さすがフィナ師匠です!」
「昨日、普通にお店で美味しそうだったから買っただけだよ!?」
「無意識に仲間を導かれるのですね!」
「もう訂正が追いつかないわね」
エルナが深く息を吐き、レオンと顔を見合わせた。
二人とも口を開きかけたが、同じことを言いそうだと察して黙る。ネムがその様子を見上げ、小さく呟いた。
「ツッコミ、休憩」
「まだ森へ着いてもいないぞ」
王都から一時間ほど歩くと、街道の脇に目的の森が見えてきた。
木々の間隔は広く、入口付近には採取者が通った細い道も残っている。危険な魔物が頻繁に現れる場所ではないものの、奥へ進めば注意が必要だった。
レオンは依頼書と図鑑を開き、全員へ目的の薬草を見せた。
「灰緑色の細長い葉。根元に白い斑点があり、葉を折ると薄い柑橘の匂いがする。根は残し、地上部分だけを採取すること」
「根っこまで取ったら、次に生えてこなくなるもんね」
「ああ。品質確認も必要だ。虫食いが多いものや、魔力汚染のあるものは数に含まれない」
「植物魔法で、ここに二十束くらい生やしたら早くない?」
「依頼の意味がなくなるからやめろ」
「まだ最後まで言ってないよ!」
「二十束生やすと言った時点で十分だ」
フィナは少し残念そうに、地面へ向けかけた手を引っ込めた。
「でも、同じ薬草なら問題ないんじゃない?」
「自然に育った薬草と、お前が魔法で作ったものが同じ成分になる保証がない。薬に使われる以上、検証なしでは納品できない」
「じゃあ、一本だけ生やして比べるのは?」
「依頼が終わって、学院の管理下でやれ」
「レオン、私の考えを先回りして全部止めるようになったね」
「経験の成果だ」
「誇らしそうに言うところじゃないわよ」
エルナの指摘にも、レオンは否定しなかった。
薬草探しは、ネムの索敵から始まった。
枕型の魔導具を抱えたネムが目を閉じ、森の中へ意識を広げる。草木に宿る微かな魔力の違いを拾い、眠そうな顔のまま右手の小道を指さした。
「薬草っぽいの、あっち。七つ。少し遠くに、たくさん」
「種類までは分かるの?」
「匂いみたいな魔力。似てる草もある」
「なら、場所はネム、判別は俺が担当する。見つけても、確認するまで採るな」
「はい!」
誰より元気に返事をしたリリカは、数分後には両腕いっぱいの草を抱えて戻ってきた。
「たくさん見つけました!」
「待て。一度置け」
レオンとエルナが同時に近づく。
集められた草の半分ほどは目的の薬草だったが、その中に紫色の斑点を持つ似た葉が混ざっていた。
「リリカ、これは毒草よ!」
エルナは一本を摘み上げ、真剣な顔で葉の裏を見せる。
「目的の薬草は根元に白い斑点があるけど、こっちは葉の裏側に紫の筋があるでしょ。触っただけなら平気だけど、煎じて飲むと手足が痺れるの」
「毒草だったのですか!?」
「どうして確認する前に集めたのよ!」
「見た目が、フィナ師匠の髪飾りに似ていたので!」
「理由が魔法にも薬草にも関係ない!」
フィナは少し離れた木の根元へ座り、ネムと一緒に葉を覗き込んでいた。
「本当だ。色はちょっと似てるかも」
「師匠本人が納得しないで!」
「可愛い色ではあるよね」
「可愛さで毒草を選ばないの!」
エルナは地面へ薬草と毒草を並べ、本格的な見分け方の講義を始めた。
葉の形、斑点の位置、茎の硬さ、匂い。似た草を一本ずつ比較し、リリカにも実際に触らせながら違いを説明していく。
「いい、リリカ? 見た目が似ていても、特徴を一つだけで判断しちゃ駄目。最低でも三か所は確認するの」
「はい、エルナ先輩!」
「匂いを確かめるときも、直接鼻を近づけすぎない。毒性の強い種類なら危険だから、少し離して手で風を送るのよ」
「なるほど! フィナ師匠の髪飾りに似ていても、三か所確認するのですね!」
「髪飾りを基準から外しなさい!」
熱の入った講義の横で、フィナとネムは、いつの間にか近づいてきた小型魔物と遊んでいた。
丸い身体に短い耳、緑色の柔らかな毛を持つ魔物が、フィナの膝へ前脚を載せている。敵意はなく、木の実を差し出すと、鼻を動かしながら嬉しそうに齧った。
「かわいい……!」
「柔らかい」
ネムは別の一体を抱き寄せ、その背中へ頬を置いた。
「ネム、それ枕じゃないよ?」
「動く枕」
「本人が嫌がったら離してあげてね」
「嫌がってない」
小型魔物は逃げるどころか、ネムの腹部へ丸く収まり、目を閉じ始めた。
エルナは講義を中断し、警戒するように二体へ近づいた。
「ちょっと、野生の魔物を勝手に抱かないの。小型でも牙や毒を持っている種類がいるんだから」
「この子たちは大丈夫だよ。魔力も落ち着いてるし」
「見ただけで決めないで。まず歯と爪、それから――」
一体の小型魔物がエルナの足元へ寄り、制服の裾へ頬を擦りつけた。
エルナの声が止まる。
さらにもう一体が靴へ前脚を載せ、つぶらな瞳で見上げた。
「……何よ」
口では警戒しながらも、エルナの指先は小型魔物の頭へ伸びていた。柔らかな毛へ触れた瞬間、頬がわずかに緩む。
「かわいいでしょ?」
「べ、べつに! 毛質と爪の状態を確認してるだけよ!」
「頭を撫でて分かるの?」
「分かるの!」
「エルナ、嬉しい顔」
「してないわよ!」
ネムの短い指摘に、エルナは慌てて手を離した。
しかし、小型魔物がもっと撫でてほしそうに頭を押しつけると、数秒も耐えられず再び撫で始める。
「仕方ないわね。少しだけよ」
「エルナ先輩は、魔物にも慕われる慈愛の副師匠なのですね!」
「また変な肩書きを増やさないで!」
賑やかな採取になったものの、役割分担はうまく機能していた。
ネムが魔力反応を探し、レオンが種類と品質を確認する。エルナはリリカへ見分け方を教え、フィナは採取した薬草を傷めないよう水分を保つ布へ包んだ。
必要な二十束が揃いかけた頃、森の奥から低い唸り声が響いた。
小型魔物たちが一斉に耳を伏せ、フィナたちの足元へ身を寄せる。
「敵意のある反応。前方に八。大きいの、二」
ネムが眠そうだった目を開き、森の北側を指した。
木々の間から、硬い鱗を持つ上位魔物が姿を現す。小型魔物を獲物と見ているらしく、左右へ広がりながら退路を塞ぐように近づいてきた。
「フィナ、後ろに小型魔物がいる。強い風や火は使うな」
「うん。みんな、眠そうにしてもらうね」
「眠そうに、ではなく――」
「おやすみ」
フィナの声とともに、柔らかな魔力が森の奥へ広がった。
敵意を向けていた八体だけが、その場で足を止める。瞼がゆっくり下がり、二体の大型魔物も木へ寄りかかるように身体を伏せた。
小型魔物、フィナたち、木々に止まる鳥や地面を這う虫には、眠気一つ届かない。襲おうとしていた魔物だけが、規則正しい寝息を立て始めた。
「敵意を持つ対象だけを選別する精神干渉を、初級睡眠魔法で済ませないでよ!」
「でも、眠ってもらっただけだよ?」
「対象選択型の精神魔法は、そんな気軽に使えるものじゃない!」
「エルナ、声が大きいと起きるかも」
「起きないように制御してるんでしょ!」
「よく分かったね」
「褒めないで!」
レオンが眠った魔物の反応を確認し、危険がないことを確かめた。
八体は負傷しておらず、睡眠状態も安定している。目覚める頃には、小型魔物たちを連れて十分に離れられるはずだった。
「無害化としては成功だ。だが、これも報告対象になる」
「名前は『おやすみ』でいいよね?」
「正式名称が必要だ」
「また長くなるの?」
「先に嫌そうな顔をするな」
薬草を予定数より少し多く集めた五人は、森の開けた場所で昼食を取った。
フィナが持ってきた焼き菓子を分け、小型魔物たちには木の実を渡す。エルナも最初は距離を置いていたが、気づけば一体を膝へ載せたままパンを食べていた。
「楽しいね、エルナ」
「木級の採取依頼としては、悪くなかっただけよ」
「また一緒に来ようね」
「次はもう少し歯応えのある依頼なら考えてあげる」
そう言いながら、小型魔物の背中を撫でる手は止まっていなかった。
昼食を終え、帰る準備を始めたときだった。
レオンが少し離れた木の根元で足を止める。土の表面に残る細い線へ測定札を近づけると、札の光が不規則に明滅した。
灰色の地面には、周囲の自然な魔力とは明らかに異なる、黒い何かが引きずられたような痕跡が残っていた。




