第一章 15 『木級・特別危険指定』
学院から冒険者ギルドへ向かう西通りを、フィナたちは五人で歩いていた。
正確には、フィナ、レオン、ネム、リリカの四人へ、帰宅するはずだったエルナが加わっている。本人は同行を認めておらず、五歩ほど後ろから腕を組んでついてきていた。
「エルナ、もう少し近くを歩けば?」
「べつに一緒に歩いてるわけじゃないわ。あんたがギルドで何をするか監視してるだけよ」
「でも、行き先は一緒だよね」
「偶然よ」
「エルナの家、反対」
フィナの袖を掴んで歩くネムが、振り返りもせずに事実を添えた。
「知ってるわよ!」
「偶然ではないな」
「レオンまで細かいところを拾わないで!」
エルナは声を上げた後、通行人が振り返ったことに気づいて咳払いした。
結局、五歩あった距離は少しずつ縮まり、冒険者ギルドへ着く頃には自然にフィナの隣を歩いていた。
王都の冒険者ギルドは、学院よりも賑やかな場所だった。
広い受付階には武器や防具を身につけた冒険者が行き交い、壁一面の掲示板には討伐、採取、護衛、調査などの依頼票が並んでいる。
フィナが興味深そうに掲示板へ近づくと、レオンが襟元を軽く引いた。
「先に登録だ。依頼を剥がすな」
「見るだけだよ?」
「お前の見るだけは、手を伸ばすところまで含まれている」
「今日は触ってないよ!」
「まだ、な」
「信用が未来までなくなってる!?」
五人は受付で学院の書類を提示し、年齢と所属、扱える属性、実地経験を順番に確認された。
レオンは構築魔法と結界、修復を扱う学院生として通常登録。リリカは十三歳で特例訓練生のため、単独で依頼を受けられない見習い資格となった。
「見習いでも、フィナ師匠の一番弟子であることに変わりはありません!」
「登録用紙の職業欄へ一番弟子と書くな」
「重要な立場です!」
「ギルドの制度には存在しない」
ネムは年齢に加え、学院の特別保護対象であることから正式な冒険者登録を見送られた。
代わりに、学院関係者と行動する場合のみ、索敵や術式抑制を行う同行補助者として記録される。
「ネム、冒険者じゃない?」
「今は補助者だ。依頼の達成責任を負わず、安全を優先できる立場になる」
「じゃあ、疲れたら寝ていい?」
「場所と状況による」
「危なくなかったら、いい?」
「依頼中に昼寝する前提で交渉するな」
ネムは少し考え、フィナの袖を握り直した。
「フィナの近くなら、寝られる」
「依頼中は起きていてね!?」
エルナの書類を受け取った職員は、ヴァレンティアの家名を見た途端に姿勢を正した。
名門魔導貴族の娘であり、学院黒級主席。高精度の雷魔法を扱う実績も既に知られているらしく、通常より上の扱いから始められる可能性が示された。
「必要ないわ」
エルナは迷わず申し出を断った。
「家名で評価されても意味がないもの。私自身の実績で決めてちょうだい」
「エルナ、格好いいね」
「な、何よ急に! 当たり前のことでしょ!」
髪先を指でいじりながら顔をそらしたものの、声は少しだけ上ずっていた。
「褒められて嬉しい顔」
「ネムは毎回それを言わなくていいの!」
「毎回、同じ顔だから」
「見ないでよ!」
最後にフィナの登録手続きが始まった。
学院から提出された書類には、全属性への反応、判定不能となった適性検査、災害級魔物の制圧、複数の未分類現象が記されている。
受付職員は読み進めるほど慎重になり、ついにはフィナへ椅子を勧めた。
「どうぞ、こちらへお掛けください」
「私だけ椅子が増えたよ?」
「立ったまま何かしないように、座らせたんだろう」
「レオン、職員さんの気持ちを勝手に決めないで!」
魔力量の測定には、両手で水晶板へ触れる大型の測定器が使われることになった。
フィナが説明を聞きながら一歩近づく。
その瞬間、まだ指一本触れていない測定器の針が跳ね上がった。
目盛りの中央を通過し、上限へ激突する。警告灯がすべて点灯し、表示板には《最大値》の文字が浮かんだ。
「まだ触ってないよ!?」
フィナは反射的に両手を背中へ隠した。
「本当に何もしてないからね!」
「今回は全員が見ていた」
レオンは測定器の側面へ記録札を当て、内部の術式を確認した。
「故障ではない。フィナが接触する前に、周囲へ漏れ出ている魔力へ測定器が反応した可能性がある」
「漏れてるの? 閉めた方がいい?」
「蛇口の話ではない!」
「魔力にも蓋があるのかと思って」
「ない。少なくとも、お前へ簡単に取りつけられるものではない」
ギルド職員は測定器とフィナを交互に見た後、壊れていないことを何度も確かめた。
数分前までエルナへ丁寧に対応していた職員たちは、最低資格から登録されるはずのフィナに対し、さらに腰を低くしている。
「ちょっと、どうして私より低い資格になるフィナへ、そんなに怯えてるのよ」
「怯えてはいません」
「声が震えてるじゃない!」
「慎重に対応しているだけです」
「言い換えただけでしょ!」
次に行われた戦闘試験では、広い地下訓練場へ百体の魔導人形が並べられた。
人形は木と金属で作られ、それぞれが簡単な攻撃術式を内蔵している。試験内容は、制限時間内に可能な限り多くの魔導人形を戦闘不能へすることだった。
「破壊する必要はありません。動作停止、武装解除、拘束でも無力化と判定します」
「分かりました。全員を動けなくすればいいんですね」
「可能な限りで構いません」
「百体全部でいいのか」
レオンが嫌な予感を覚えて確認する。
「だって、全部動くんでしょ? 一体ずつだと待ってる子がかわいそうだよ」
「魔導人形へ順番待ちの感情を与えるな」
「でも、後ろの子は暇そうだよ?」
「起動前だから動いていないだけだ!」
試験開始の合図とともに、百体の魔導人形が一斉に動き出した。
正面から四十体、左右から三十体ずつ。前列は木剣を構え、後列は小型の光弾を放つ準備へ入る。
フィナは訓練場全体を見回した。
破壊しなくてもよい。武器を取り上げ、動けなくすればいい。何より、百体もいるのだから、乱暴に倒して積み重なれば下の人形が痛そうだった。
「——みんな、武器を置いて座ってね」
柔らかな風が訓練場を通り抜けた。
百体の魔導人形が握っていた木剣が、同時に床へ置かれる。後列の攻撃術式は光を失い、腕が身体の横へ戻った。
続いて全機がその場で膝を折る。
前列から順に間隔を整え、一列ごとに真っ直ぐ並び、両手を膝へ置いて正座した。
動作停止まで、ほんの数秒だった。
「……何をした?」
レオンの問いへ、フィナは整然と並ぶ魔導人形を見て満足そうに笑った。
「壊すより、ちゃんと反省してもらった方がいいかなって」
「魔導人形に反省機能はない!」
「戦闘試験で説教を始めないでよ!」
レオンとエルナのツッコミが、左右から同時に飛んだ。
「でも、誰も壊れてないよ?」
「結果は完璧だが、命令系統へ直接干渉して百体すべての行動を上書きしている!」
「しかも何で正座なのよ! 普通に停止させればいいでしょ!」
「反省するときは正座かなって」
「基準が妙に庶民的なのよ!」
リリカは感動したように手帳へ筆を走らせている。
「敵を傷つけず、自ら過ちと向き合わせる慈悲の制圧魔法……!」
「リリカ、魔導人形は何も反省してないからね!?」
「反省する機会を与えること自体が慈悲なのですね!」
「話を聞いて!?」
ネムは並んだ魔導人形の隣へ歩いていき、同じ姿勢で正座した。
「ネムまで何してるの?」
「そろってると、落ち着く」
「そこ、寝る場所じゃないよ!?」
「正座、少し眠れる」
「足が痛くなるから戻ってきなさい!」
エルナが慌ててネムを抱き上げる。ネムは抵抗せず、その肩へ頬を預けた。
「エルナ、運ぶの上手」
「最初からこれが目的だったの!?」
戦闘試験の結果は、全百体の同時無力化。破損なし、床への被害なし、試験時間は歴代最短だった。
それでも制度上、初登録の冒険者は木級から開始する。フィナも例外ではなく、木製の資格札を受け取ることになった。
「私、最低の木級なんだね」
「制度上はな」
「フィナ師匠なら、木級から伝説を築かれるのですね!」
「薬草を集めるところから始めたいな」
「急に平和だな」
一方、ギルド内部の管理記録には、フィナの名前の横へ赤い文字が追加された。
《木級・特別危険指定》。
依頼の受注時には同行者と周辺環境を確認し、未知の魔法を使用した場合は必ず報告する。職員が最低資格のフィナへ最も丁寧に接していた理由が、資格札を受け取る前から正式な文書になっていた。
登録を終えた五人は、初心者向けの依頼掲示板を並んで眺めた。
フィナが選んだのは、王都近郊の森で薬草を採取する依頼だった。討伐でも護衛でもなく、指定された薬草を二十束集めるだけの穏やかな内容である。
こうして木級の特別危険指定を中心に、五人は最初の依頼として薬草採取へ挑むことになった。




