第一章 13 『黒級主席は納得できない』
白級と黒級の合同実技授業が行われる朝、学院の第二訓練場には普段よりも多くの生徒が集まっていた。
白級の生徒たちは緊張した面持ちで端へ並び、黒級の生徒たちは慣れた様子で準備運動や魔力調整を進めている。フィナはその中央で、隣に立つネムの髪が片側だけ跳ねていることを気にしていた。
「ネム、ここだけぴょんってなってるよ」
「朝から、こう」
「直してあげようか?」
「眠いから、あと」
「寝癖と眠気は関係ないだろう」
後ろからレオンが呆れた声を向ける。
その隣では、見学を許可されたリリカが手帳を開き、合同授業の日付と参加者を丁寧に書き込んでいた。
「黒級の方々との合同授業……フィナ師匠の新たな教えが生まれる予感がします!」
「今日は普通の授業だよ!?」
「師匠が普通とおっしゃるときほど、重要な現象が起こります!」
「不吉な予言みたいに言わないで!?」
「過去の実績を考えれば、リリカの予測にも根拠はある」
「レオンまで認めないでよ!」
開始を告げる鐘が鳴ると、黒級の列から一人の少女が前へ出た。
整えられた髪を高い位置でまとめ、黒級の制服を隙なく着こなしている。姿勢は堂々としていたが、堅苦しい雰囲気はなく、試験標的を見据える瞳には明るい闘志が浮かんでいた。
「——黒級主席、エルナ・ヴァレンティア。実演を始めます!」
エルナが杖を掲げる。
訓練場の奥では、十個の小型標的が異なる高さと速度で動いていた。一つは左右へ揺れ、二つは互いを隠すように交差し、残りは不規則な間隔で地面から跳ね上がっている。
「雷よ、光路を描け――雷光連弾〈ヴァルセリオン〉!」
細い雷光が杖先から走った。
最初の標的を貫いた直後、雷は枝分かれせず、一本の軌道を保ったまま鋭く折れ曲がる。二個目、三個目を順に撃ち抜き、隠れた標的が姿を見せる瞬間まで正確に捉えた。
十個すべての中央へ、ほとんど同時に小さな穴が開く。
外縁には焦げ跡すらなく、背後の防壁にも余分な雷撃は届いていなかった。
黒級の生徒たちから歓声と拍手が起こる。エルナは当然だと言いたげに胸を張ったものの、口元には嬉しさを隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「すごい!」
誰よりも早く声を上げたのはフィナだった。
目を輝かせたままエルナへ歩み寄り、標的と杖を交互に見る。
「一本の雷が、全部の標的に順番に当たったよ! 途中で曲がる場所もぴったりだったし、すごく綺麗だった!」
「そ、そうでしょ? あれくらい、私なら当然なんだから!」
真っ直ぐ褒められたエルナは一瞬だけ言葉を詰まらせ、顔をそらして髪先へ触れた。
「でも、本当にすごいね。私、あんなふうに順番を考えて撃ったことないよ」
「……ちょっと待ちなさい」
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ! あんた、私の実演を見て何とも思わないの?」
「だから、すごいと思ったよ?」
「そうじゃなくて! 負けたくないとか、次は自分がもっと上手くやるとか!」
エルナの声が大きくなり、周囲の生徒たちが二人へ注目した。
フィナは何度か瞬きをしてから、困ったように首を傾げる。
「でも、私はエルナみたいに雷を曲げる練習をしたことがないし……上手な人を見たら、すごいって思うのが普通じゃない?」
「その普通が納得できないのよ!」
「褒められて怒る人、初めて見たかも」
「怒ってない! ちょっと調子が狂っただけ!」
エルナは赤くなった頬を隠すようにフィナへ背を向けた。
自分の実力を示せば、噂の新入生も少しは警戒すると思っていた。ところが返ってきたのは、対抗心の欠片もない純粋な称賛だった。
「エルナ、褒められて嬉しい顔」
ネムが淡々と指摘する。
「してないわよ!」
「口、少し上がってる」
「見なくていいの!」
「ネム、観察が細かいね」
「あんたも感心してないで話を戻しなさい!」
授業の後半は、二人一組で魔導球を奪い合う模擬戦となった。
腰の高さに浮かぶ銀色の球を自分の陣地へ運べば勝利。相手を直接傷つける攻撃は禁止されているが、妨害魔法や防壁、魔導球への干渉は認められている。
組み合わせを決める前に、エルナが真っ直ぐフィナを指さした。
「フィナ・アウセリア! 私と勝負しなさい!」
「私でいいの?」
「そのために言ってるのよ!」
「うん、やろう! これでエルナとも仲良くなれそう!」
「友達になるための遊びじゃない! 勝負を挑んでるの!」
「一緒に魔法を使うなら、似たようなものじゃない?」
「全然違うわよ!」
レオンは二人を見比べ、静かに息を吐いた。
「フィナ、相手の意図を少しは理解しろ。エルナは、お前の実力を確かめたいんだ」
「じゃあ、ちゃんと頑張るね」
「そうよ! 最初からそう言いなさい!」
「エルナ、嬉しそう」
「ネムは黙ってなさい!」
模擬戦場は正方形で、中央に魔導球が一つ浮かんでいる。
フィナとエルナは二十歩ほど離れた開始位置へ立った。両側の後方には、それぞれの陣地を示す円が刻まれている。
開始の合図と同時に、エルナは杖を振り上げた。
「雷光演算〈ルクシヴェリア〉、開始!」
細い雷の筋が足元から空中へ広がり、魔導球、フィナ、左右の退路を結ぶ。
雷光演算〈ルクシヴェリア〉は、相手の魔力収束、視線、姿勢、術式の展開方向から次の動きを予測する技術だった。発動前の僅かな変化さえ拾い上げ、最も速く魔導球へ到達できる経路を算出する。
「右から風を出すなら、左へ回り込む。正面からなら障壁で弾く。土で足場を動かすなら、その前に球を取る!」
エルナの周囲へ複数の雷光が走り、予測された経路を先回りする。
だが、フィナは開始位置から動かず、魔導球を見ているだけだった。
「……術式は?」
「まだ何もしてないよ?」
「魔力の収束もない。杖も構えない。じゃあ、どこから来るのよ!」
エルナの演算を示す雷光が、行き先を失ったように揺れる。
フィナの魔法には、発動前の術式も魔力の集束も見えない。予測に必要な情報が一つも生まれず、雷光演算〈ルクシヴェリア〉は空白の結果だけを返していた。
「エルナの雷、すごく綺麗だから傷つけたくないな」
「勝負中に鑑賞しないで!」
「じゃあ、雷はそのまま包んで……球だけこっちへ来て」
フィナが小さく手招きする。
初級の風が、魔導球の周囲に生まれた。
同時に、エルナが妨害のため放った雷光も柔らかな風へ包み込まれる。雷は消されず、勢いも失わないまま、透明な球状の空気の中へ閉じ込められた。
「はあ!?」
風はエルナの身体も制服も髪も揺らさない。
彼女の目前を通り過ぎ、魔導球だけを持ち上げると、真っ直ぐフィナの手元へ運んだ。閉じ込められた雷光は魔導球へ触れず、フィナの陣地から外れた場所へ静かに解放される。
銀色の球が、フィナの陣地へ収まった。
開始から、ほんの数秒だった。
「フィナ・アウセリアの勝利です!」
教師の宣言が訓練場へ響く。
エルナは杖を構えたまま固まり、フィナの手元にある魔導球を見つめていた。
「私の雷だけを包んで、魔導球だけ運んだ……?」
「雷を消したら、せっかくエルナが出したのにもったいないかなって」
「勝負中に相手の魔法を大事にしないでよ!」
「でも、エルナにも風は当たってないよ。服も乱れてないでしょ?」
「それが余計に悔しいのよ!」
エルナは唇を噛み、拳を強く握った。
手も足も出なかった。それでもフィナは、勝ち誇るどころか、エルナを傷つけず、魔法すら壊さない方法を選んでいる。
しばらく俯いた後、エルナは大きく息を吐いた。
「……今回は私の負けよ」
顔を上げた瞳には悔しさが残っていたが、言葉を濁すことはなかった。
「でも、次は絶対に勝つ。今度こそ、あんたの魔法を全部予測してみせるんだから!」
「うん。次も一緒にやろうね!」
フィナは嬉しそうに笑い、エルナへ手を差し出した。
「これで友達だね」
「ライバルよ!」
「似たようなもの」
ネムが二人の横から簡潔にまとめた。
「どこがよ! 友達とライバルはまったく違うでしょ!」
「両方でもいいんじゃない?」
「よくない! ……いや、友達が嫌って意味じゃなくて、今はライバルの話をしてるの!」
エルナは自分の言葉に慌て、顔を赤くしてフィナから目をそらした。
少し離れた場所で見ていたレオンは、ネムとリリカの間に立ちながら腕を組む。
「ツッコミ役が増えるかもしれないな」
「エルナ先輩も、フィナ師匠の深い教えを受ける仲間ですね!」
「違うわよ!」
「期待できそうだ」
「レオンまで何の期待をしてるのよ!」
授業が終わると、フィナたちは食堂へ向かった。
なぜかエルナも、その少し後ろを同じ速度で歩いている。フィナが振り返ると、彼女は気まずそうに顔をそらした。
「エルナも一緒に食べる?」
「べつに、あんたたちと食べたいわけじゃないわ。次の勝負のために、普段の行動を観察するだけよ」
「じゃあ、一緒だね!」
「理由を聞きなさいよ!」
次は絶対に勝つと何度も宣言しながら、エルナは誰より自然にフィナたちの昼食へ加わっていた。




