第四章 27 『三つ目の規格』
都市中心部へ辿り着いた探索隊は、すぐには先へ進まなかった。広場の周囲にはまだ魔物が潜んでいる可能性があり、何より直前の市街戦で全員の消耗が大きい。
ガレスは広場中央から見渡せる位置を確保し、セリアが負傷者をまとめている間に、ミアとレオンが周辺構造の確認へ移った。
「反響、近くは静か。さっきの群れも少し離れてる」
ミアは片耳の音響魔導具へ指を添えながら、広場から伸びる六本の道路を順に確認した。
「でも街が広すぎる。遠くまでは拾えないから、完全に安全とは思わないで」
「それでいい。休めるうちに休むぞ」
ガレスの声を聞き、フィナも広場の端へ腰を下ろしかけたが、隣にいたレオンが動いていないことに気づいた。
レオンは右肩を庇ったまま、広場を囲む巨大建築の壁面をじっと見ている。直前まで荒かった呼吸も忘れたように、視線だけが一箇所へ固定されていた。
「レオン?」
「……少し待ってくれ」
フィナはその声に聞き覚えがあった。何かを見つけた時の声だ。
レオンは広場の北側に立つ建物へ近づき、壁面へ埋め込まれた細い溝を魔石灯で照らした。縦へ伸びていた溝は途中で左右へ分かれ、扉の周囲や柱の内部へ繋がっている。
「これ、さっき街路灯のところにもあったやつ?」
「似てる。でも、もっと太い」
レオンは溝を触れずに目だけで追い、次に扉の脇へ視線を移した。
石扉の表面には、装飾に見える細い紋様が刻まれている。長い年月で一部は欠けていたが、線の曲がり方や分岐する位置はかなり規則的だった。
「魔力を通してたの?」
「その可能性が高い」
レオンは記録板を取り出すと、壁面の溝と扉の紋様を続けて書き始めた。
「ただの装飾なら、ここまで接続位置を揃える必要がない」
「接続?」
フィナが横から覗き込むと、レオンは壁面から続く溝を示した。
「見ろ。壁から来た溝が、扉の外周で二本に分かれてる。その先がこの紋様に繋がってる」
言われてみれば、ただ綺麗に彫られているだけではない。細い線は途中で切れず、扉全体を巡って再び壁側へ戻っていた。
「魔力で扉を動かしてたとか?」
「考えられる」
レオンは短く返すと、すぐ次の場所へ移った。柱の基部、床、扉の幅、壁材の継ぎ目と確認する場所が増えるほど、その表情には疲労とは別の硬さが浮かび始める。
「……フィナ」
「うん?」
「リリカとエルナも呼んでくれ」
フィナが声を掛けると、二人もすぐに近づいてきた。ネムも少し遅れて枕型魔導具を抱えたまま寄り、五人が壁際へ集まる。
「何か分かったの?」
エルナはレオンの記録板を覗き込みながら、壁面と扉を見比べた。
「まだ断定はしない。ただ、確認したい」
レオンは記録板へ書いた数字を指先でなぞる。
「この扉の幅。柱同士の間隔。壁材一枚の高さ。それから魔力伝導路らしい溝の位置」
「全部揃ってるんですか?」
リリカが尋ねると、レオンは記録板から目を離さず答えた。
「この都市の中では揃ってる。それだけなら普通だ」
そこで一度言葉を切り、レオンは鞄から別の記録紙を取り出した。長く使われて端が擦れた紙だった。
フィナはその図を見た瞬間、見覚えのある線に気づく。
「これ……学院の地下?」
「ああ」
初めて五人が揃うきっかけになった、学院地下の古い施設。当時レオンが記録した壁面寸法や通路幅、魔力経路の配置が細かく書き残されている。
「それと、こっち」
レオンがさらにもう一枚取り出す。
そこには、アクアレイアの深層で見た古い施設の記録があった。水の巨大導路へ繋がっていた、あの古い構造だ。
「……三つ目だ」
レオンの声が低く落ちた。
フィナたちは誰もすぐに言葉を返さなかった。
似ているものを初めて見つけたわけではない。学院地下とアクアレイア深部、その二つをすでに見ている。だからこそ、今ここで三つ目が加わったことの方が重かった。
「どのくらい同じなの?」
フィナが尋ねると、レオンは三枚の記録を地面へ並べた。
「完全に同一じゃない。用途も規模も違うし、細部には差がある」
レオンの指先が学院地下の図から、アクアレイアの記録、そして今いる都市の寸法へ移る。
「でも基準になってる寸法が同じだ。扉の外枠、壁材の比率、魔力伝導路の位置、紋様を刻む間隔まで似てる」
「素材も?」
エルナが壁へ顔を向けると、レオンはそのまま説明を続けた。
「外見だけなら違って見える。でも組成の傾向は近い。普通の石材に見えて、内部へ魔力を流せるよう加工されてる」
「……学院の下も、そうだった」
ネムがぽつりと落とす。
「そうだ」
レオンはすぐに認めた。
「アクアレイアでも同じだった。あっちは水の導路として使われてたから分かりにくかったけど、構造の基準はかなり近い」
リリカは三枚の記録を見比べ、いつもの勢いを抑えた声で問いかける。
「じゃあ、同じ人たちが作ったんでしょうか」
「可能性はある」
レオンの返答を受け、エルナが腕を組んだ。
「でも場所、全然違うわよね。学院の地下と、アクアレイアと、ここ。こんなに離れてるのに?」
「だから偶然では説明しにくい」
レオンは記録板を閉じず、都市の高い塔へ視線を上げた。
「同じ文明が広い地域に存在していたか、あるいは別々の場所で同じ技術体系を共有していたか。そのどちらかは考える必要がある」
「技術を教え合ってた、とか?」
フィナが尋ねると、レオンは僅かに眉を寄せた。
「それも含めて、まだ分からない。三地点だけで文明圏まで決めるのは早い」
「でも、偶然じゃなさそうなんだね」
「ああ。それだけはかなり強く言える」
フィナは改めて目の前の壁を見た。
学院地下では、ただ古くて妙な施設だと思っていた。アクアレイアで二つ目を見た時には、どこかで繋がっているかもしれないと感じた。そして今、都市一つという規模で同じ基準が現れている。
「なんか……どんどん大きくなってない?」
「何がだ?」
レオンが問い返すと、フィナはこれまで見てきた三つをそのまま並べた。
「最初は地下の部屋で、次は大きい施設で、今度は街だよ」
「言うな。俺も考えてた」
「考えてたんだ」
「だから困ってる」
レオンが額を押さえたため、フィナは少しだけ笑った。
「レオン、楽しそうにも見えるけど」
「困ってる」
「ちょっと楽しそう」
「困ってる!」
声を大きくしたレオンへ、ネムが枕型魔導具を抱えたまま一言だけ落とす。
「……声、大きい」
レオンはそこで口を閉じた。
近くで聞いていたエルナが肩を揺らし、リリカも笑いを堪えながら記録帳を開く。
「私も書いておきます。三つ目、って」
「そこだけ切り取るなよ」
「ちゃんと全部書きます!」
軽いやり取りが戻ったところで、広場の反対側にいたミアが手を振った。
「ちょっと来て! 変なの見つけた!」
その声の調子は、魔物を見つけた時とは違う。
フィナたちはレオンの記録をまとめ、ガレスたちと合流しながらミアのいる場所へ向かった。
広場の中央よりさらに奥。巨大建築の一階部分には、地下へ向かう大きな開口部があった。
「階段?」
フィナが覗き込むと、ミアは入口の縁へ灯りを向けた。
「いや」
内部は円筒状に深く落ち込み、その中央を巨大な縦穴が貫いている。壁面には一定間隔で太い溝が走り、縦穴の両側には何かを支えていたらしい構造物が並んでいた。
「下まで反響が届かない」
ミアは少し困ったように笑う。
「いや、届いてるんだけど……戻ってくるまでが長すぎる」
「昇降施設か」
レオンは入口へ近づき、壁面の構造を見上げた。
「この溝、上下に連続してる。何か大きな台を動かしてた可能性が高い」
「人を運ぶやつ?」
フィナが縦穴を覗き込み直す。暗闇の底は見えない。
「人だけとは限らない。物資も含めて、都市中央と地下を繋いでたんだろう」
レオンが答える横で、ガレスは入口の縁から半歩下がり、周囲を見渡した。
「動くか?」
「今のところ分かりません」
レオンの返答を聞き、ガレスはすぐに釘を刺す。
「なら勝手に触るな」
「はい」
フィナが即答すると、エルナが横目を向けた。
「今日は素直ね」
「私だって成長するんだから!」
「昨日も門押そうとしてたじゃない」
「ちゃんと止まったよ!」
「止められたのよ!」
二人の声を聞きながらも、レオンの視線は縦穴から離れなかった。
学院地下。アクアレイア深部。そして、この巨大な地下都市。
三地点を繋ぐ共通規格を確認した直後、その都市の中央で見つかったのは、さらに深い場所へ続く巨大な昇降施設だった。
フィナは底の見えない縦穴を覗き込みながら、この街が終着点ではなかったのだと、遅れて実感していた。




