第四章 26 『駆け抜ける古代都市』
左右の建物から現れた魔物たちは、広場へ降りるより先に屋根や壁面へ散った。
四足の獣型、長い腕で石壁へ張りつく個体、翼を持つものまで混じっている。どれも都市の地形に慣れているらしく、窓枠や柱を足場にしながら、フィナたちを囲むように距離を詰めてきた。
「広場に留まらない方がいい!」
片耳の音響魔導具へ指を添えたミアは、周囲へ反響を飛ばしながら正面の大通りを指した。
「左右の建物からまだ増える! 正面は中央区画まで抜けてる!」
「負傷者を真ん中へ! 動きながら抜けるぞ!」
ガレスの声で隊列が一気に締まった。セリアと探索隊員たちが担架を中央へ寄せ、ガレスがその前へ立つ。
レオンは右肩を庇いながらも、道路上と屋根の高さを見比べて術式を展開し、建物同士の間へ半透明の足場をいくつも浮かべた。
「地上だけで進むと囲まれる! 上も使う!」
「じゃあ先、見てくる!」
そう返したカイルが壁を蹴り、足元へ風をまとわせた。窓枠、看板跡、屋根の縁を一度ずつ踏むだけで二階、三階と高度を上げていく。
反対側ではエルナが雷を脚へ集め、《紫電歩〈パソ・センテリア〉》の加速で地上から屋根まで一気に駆け上がった。
「ちょっと、待ちなさい!」
「待ったら先行じゃないだろ!」
「今日は怪我してるんだから無茶しないでよ!」
「そっちもな!」
二人の声が遠ざかる。
けれど競争しているだけではない。カイルは屋根の状態を確かめて安全な位置へ印を残し、エルナは高所から接近する魔物を先に撃ち落としていた。
「右上、三体!」
ミアの声が飛ぶ。
エルナが振り向くより先に、壁面を走っていた獣型魔物が屋根へ飛び込んだ。雷光が一閃し、一体目は落ちたが、残る二体は屋根の端を蹴って左右へ散った。
「逃げた!」
「逃げてない、回り込んでる!」
ミアの警告どおり、二体は別々の路地へ飛び込み、下からフィナたちの進路へ回ろうとしていた。
「リリカ、右の路地!」
「はい!」
リリカの周囲へ《心火一灯〈カンデリア〉》の小さな火が浮かぶ。
正面へ飛ばした火は、角へ差しかかる直前に軌道を曲げた。壁へ沿うように路地を折れ、その先へ消えた直後、奥で小さな爆発音が二つ響いた。
「当たりました!」
「左にも来る!」
ミアが別方向を示すと、リリカは残っていた火を今度は二手へ分けた。一本の路地へ入った火が途中でさらに分岐し、建物の陰から出ようとしていた魔物の進路へ回り込む。
「路地の方がやりやすいかも……! 壁があるから、曲げる場所を決めやすいです!」
リリカの目が少しだけ輝く。
「そのまま後ろを見てくれ!」
ガレスの指示を受け、リリカはすぐ振り返った。
フィナたちは大通りを走りながら都市の奥へ進む。しかし前方には崩れた橋があり、地上の道も巨大な瓦礫で半分塞がれていた。
「止まらないで!」
レオンは前方へ新しい空中足場を連続で展開した。
「担架は下を通す! フィナたちは上から前を開けて!」
「分かった!」
フィナは足場へ飛び乗り、二段目から屋根へ移った。そこへ別の屋根からカイルが走り込んでくる。
「フィナ、向こうへ飛ばせる?」
カイルが指した先は、二棟先の高い建物だった。
「一人だけ?」
「エルナも!」
「勝手に巻き込まないで!」
離れた屋根からエルナの声が飛ぶ。
「でも行くわ!」
「じゃあ二人まとめて!」
フィナは風を足元へ集めた。
「強い風!」
下から押し上げるような風が二人の身体を包む。カイルはその勢いへ自分の風を合わせ、エルナは空中で雷を一度だけ弾けさせて姿勢を修正した。
二人は別々の角度から高い屋根へ着地し、そのまま待ち構えていた魔物の群れへ突っ込んでいく。
「便利だけど加減がおかしい!」
着地したエルナが叫ぶ。
「ちゃんと屋根に着いたでしょ!」
「着けばいいって問題じゃないのよ!」
「今のは結構ちょうどよかった」
「カイルは黙って!」
雷と槍が同時に走り、屋根の上から魔物が二体落ちた。
フィナが追いつこうとした瞬間、頭上で石が砕ける音が響いた。
「フィナ、上!」
レオンの声に顔を上げると、隣の塔へ大型の飛行魔物が体当たりし、上部の石材が崩れ始めていた。落下先には、大通りを進む負傷者たちがいる。
「ネム!」
地上側にいたネムは、すぐに片手を上げた。
「……そこだけ」
《万象静止〈サイレント・レスト〉》によって、崩れた塔の一部が空中で止まる。ただし、それも数秒だけだった。
「レオン、道!」
「作る!」
レオンは担架の前へ足場と防壁を伸ばし、セリアたちの進路を道路中央から左へずらした。
「全員、左側へ! 急いで!」
セリアは担架の横につきながら、負傷者たちを誘導する。
「ネム、もういい!」
ガレスの声が飛ぶと、ネムはすぐに手を下ろした。
停止していた石材が落下し、さっきまで人がいた道路をまとめて押し潰す。ネムは小さく息を吐いたものの、その場で立ち止まらなかった。
「……まだ歩ける」
「なら後ろでいい。次は勝手に使うなよ」
「……分かってる」
ガレスは確認だけして、すぐ前へ向き直った。
その先では、石造りの橋を渡っていた魔物たちが一斉にこちらへ飛び降りてくる。
「前、八!」
ミアの声が響く。
「二体は橋の下! 右壁にも一体いる!」
死角から来る敵まで位置が分かるため、フィナは橋の上ばかり見ず、ミアの指した右壁へ身体を向けた。
「そこ!」
壁面から飛び出そうとした魔物へ風をぶつけ、身体だけを横へ押す。落ちた先にはガレスが待ち構えており、巨大剣の腹で魔物を受け、そのまま地面へ叩きつけた。
「上は任せる!」
「うん!」
橋から飛び降りた魔物へ、フィナは広い炎を使わなかった。建物が近く、崩せば退路まで失う。
「——小さい火!」
数を増やした火を一体ずつへ当て、こちらへ向く動きを止める。その隙をエルナの雷が縫い、カイルの槍が橋の欄干を蹴って斜め上から突き刺さった。
「後ろ二体、路地へ入った!」
ミアの声を受け、リリカがすぐ杖を振る。
「こっちから回します!」
小さな火が大通りを離れ、細い路地へ滑り込む。直線では見えない敵へも、ミアが位置を伝え続けた。
「一つ目の角、左! 次は右!」
「左、右……今!」
リリカの火が二度曲がった先で爆ぜた。
暗い路地の奥から魔物が飛び出すが、狙っていた進路とは逆側へ押し出されている。
「カイル!」
「見えた!」
屋根の端から飛び降りたカイルが、落下の勢いまで槍へ乗せて仕留める。
フィナたちは止まらず、屋根から屋根へ、大通りから橋へ、橋の下から路地へと進んでいく。魔物たちも追跡しながら建物へ爪を立て、壁を壊し、柱を砕いて近道を作る。
追われるたびに街の一部が崩れ、古代都市の静けさが石の破砕音と魔法の光で塗り替えられていった。
「左の塔、倒れる!」
ミアが叫ぶ。
大型魔物が根元へ体当たりしたらしく、細長い塔が大通り側へ傾いてくる。
「ネム、まだいける!?」
「……短くなら」
「お願い!」
フィナの声に合わせ、ネムが片手を上げる。塔の傾きが一瞬だけ止まった。
「フィナ、今度は俺たちじゃなく塔!」
屋根からカイルが叫ぶ。
「分かってる!」
フィナは風を横から当てた。
塔そのものを吹き飛ばさず、倒れる方向だけを大通りの外へずらす。停止が解けた瞬間、巨大な塔が隣の空き地へ崩れ落ちた。
「道、空いた!」
レオンはその先へ足場を伸ばす。
「中央部まであと少し!」
探索隊は崩れた塔の横を抜け、大きな橋へ駆け上がった。
橋の上から見える景色が変わり、それまで建物に遮られていた都市の中心が、一気に視界へ広がる。
巨大な円形広場。そこから放射状に伸びる道路。広場を囲む高層建築と、さらにその奥に立つ何本もの塔。
「ここ……中心?」
フィナは走りながら息を整えた。
「たぶん!」
ミアは地図を抱え、周囲へ反響を飛ばす。
「道路の集まり方が全部ここ向き!」
「なら一度そこで止まる!」
ガレスが正面を指した。
広場へ続く最後の石橋を、全員が一気に渡る。背後から追ってきた魔物へエルナの雷が走り、カイルが橋の側面を蹴って最後尾を守る。
リリカの小さな火が曲がった路地からさらに一体を追い出し、フィナの風がそれを広場の外へ押し返した。
レオンが入口側へ防壁を展開し、ようやく隊列が一箇所へまとまる。
「全員いる!」
セリアが負傷者と探索隊員を数える。
ミアも周囲の動く反響を確認した。
「近くの群れ、いったん離れた!」
誰も完全には気を抜かなかった。それでも、屋根、塔、橋、路地、壁面を使って街中を駆け抜けた激しい追跡戦は、そこでようやく一区切りついた。
フィナは荒い息を整えながら顔を上げる。
目の前には、これまで通ってきたどの場所よりも広い都市中心部が暗闇の中に広がっていた。周囲の建物には今も戦いの余韻が残り、遠くでは崩れた塔から細かな石が落ち続けている。
無人の古代都市を走り抜けた探索隊は、ついにその中心へ足を踏み入れていた。




