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全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第四章 深層迷宮と眠れる大地
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第四章 25 『住民のいない街』



 地下都市へ踏み込んでから、探索隊は大通りを外れずに進んでいた。


 左右には石造りの建物が並び、頭上には別の区画へ渡る橋が何本も架かっている。リリカの小さな火と魔石灯で照らせる範囲は限られているのに、その先にも窓や柱の輪郭が延々と続き、街そのものが暗闇の中へ沈んでいるように見えた。


「近くに動く反響なし。右の建物も、中はたぶん空っぽ」


 ミアは片耳の音響魔導具へ触れながら、もう片方の手で地図へ道路を書き足していく。


「左の道は広場に繋がってる。正面はまだ続いてるけど……どっち行く、隊長?」


「広場を見る。逃げ道と街の形を先に取るぞ」


 ガレスの判断に合わせ、隊列は左へ曲がった。


 大通りから外れても道幅は広く、中央には浅い溝が何本も並んでいる。最初は排水路かと思ったフィナだったが、しばらく進むと、溝の両側に一定間隔で石製の設備が残っていることに気づいた。


「これ、水路かな?」


 フィナが近づきすぎない位置から覗くと、底には乾いた砂と細かな石が溜まっていた。


「たぶん」


 レオンはしゃがみ込み、溝の壁面へ魔石灯を向ける。


「水を流していた痕跡はある。ただ、生活用か、設備用かまでは分からない」


「こっち、分かれてます」


 リリカが浮かべた小さな火の先で、水路は建物の下へ細く枝分かれしていた。一本は道路沿いを進み、別の一本は壁の穴へ入り込んでいる。


「各建物に引き込んでたのかしら」


 エルナは水路から少し離れ、周囲の窓を見上げた。


「だとしたら、普通に人が暮らしてた街っぽいわね」


「暮らしてたなら、もっと何か残ってそうだけどな」


 カイルの視線が、開いたままの建物入口へ向く。


 そこには壊れた扉の奥に、石製の台と棚らしきものが見えていた。


 ガレスは周囲を確認してから、建物の入口だけを調べることを許可した。


「中へ深く入るな。何かあっても大通りへ戻れる位置までだ」


「分かりました」


 フィナたちは数人ずつに分かれず、全員で最初の建物へ近づいた。


 室内には石の机と椅子が残っていた。壁際には棚が並び、その一部には朽ちた容器のようなものまで置かれている。形は人間が使う家具に近いが、大きさや高さには微妙な違いがあり、誰が使っていたのかを決めつけられるほどではない。


「……普通の部屋みたい」


 フィナは入口から中を見渡した。


 荒らされた形跡は少なく、戦いが起きたような破壊もない。机は倒れておらず、椅子もほとんど元の位置に残っている。


「なのに、誰もいない」


 リリカの声が自然と小さくなる。


「……骨もないね」


 ネムは枕型魔導具を抱えたまま、床を見ていた。


 その言葉で、フィナも改めて気づいた。ここまで歩いてきて、遺体らしいものをほとんど見ていない。


 古い街なら、何かしら残っていてもおかしくない。けれど見つかるのは家具や道具らしきものばかりで、住民だった存在の痕跡だけが不自然なほど薄かった。


「全員が逃げたなら、荷物ももっとなくなってそうだけど」


 エルナは棚の上に残った容器へ触れず、目だけで確かめる。


「急いで出たなら、今度は家具がこんなに整ってるのが変だし」


「災害なら壊れ方も違う」


 レオンは室内を見渡しながら、記録板へ短く書き込んだ。


「何が起きたかはまだ分からない。ただ、街全体が放棄されたにしては生活設備が残りすぎてる」


 建物を出てからも、その違和感は変わらなかった。


 次の区画には広い石造りの広場があり、中央には円形の構造物が残っていた。周囲には屋台や小さな店舗を置けそうな区画が等間隔に並び、道の端には座るためと思われる石の台まである。


「市場……だったのかな」


 フィナは広場を見渡した。


 人が集まる場所だったように見えるのに、今は自分たちの足音しかない。リリカの小さな火が広場の端まで流れていき、長い影を作る。その光が消えそうな距離まで行っても、人影は一つも現れなかった。


「こっちは道が二段になってる」


 ミアは広場の奥を指しながら、地図へ新しい線を加える。


「上の道は橋に繋がってる。下は水路沿い。交通路を分けてたのかも」


「人と荷物で分けてた可能性もあるな」


 レオンは橋の支柱から、水路脇の舗装へ視線を落とした。


「道路の幅も一定だ。都市として最初から計画して作られてる」


「アクアレイアの下で見た施設より、ずっと広いね」


 フィナの言葉に、四人の視線が自然とレオンへ集まった。


 以前訪れたアクアレイアの深部でも、人のいない古い施設が残っていた。さらにそれより前、学院地下でも、今の魔法体系とは噛み合わない古い構造を目にしている。


「俺も考えてた」


 レオンは記録板を閉じず、今いる広場と周囲の建物を改めて見回した。


「学院地下。アクアレイア深部。それとここ」


「似てる?」


 フィナが尋ねる。


「まだそこまでは言えない」


 レオンの返事は慎重だった。


「規模も用途も違いすぎる。ただ、石材の加工の仕方とか、魔力を通していたらしい溝の位置とか、比較できそうな部分はある」


「じゃあ、調べたら分かるかもしれない?」


「比較材料が増えればな」


 レオンは広場の端に残る柱へ近づき、その基部へ灯りを向けた。


「アクアレイアの施設は水の導路が中心だった。学院地下は別の用途だった。ここは都市そのものだ。同じに見える部分があっても、理由まで同じとは限らない」


「ちゃんと別々に見るってことね」


 エルナが腕を組む。


「そういうこと」


 フィナは二人の会話を聞きながら、広場の向こうへ目を向けた。


 そこにはさらに建物が続き、二本の塔を結ぶ巨大な橋が暗闇へ伸びている。街の規模が分かるほど、逆に人がいないことが気味悪くなった。


「ここ、本当に誰もいなくなっただけみたいだね」


 フィナが呟くと、ネムが少しだけ顔を上げた。


「……ものは残ってる」


「うん」


「……人だけ、ない」


 簡潔な言葉が、フィナの中に残った。


 住民が逃げた痕跡も、戦った跡も、埋葬された形跡もほとんど見えない。街だけが、そのまま置き去りにされている。


「長居しすぎるな」


 ガレスは巨大剣の位置を直し、広場の出口へ身体を向けた。


「調べるのは生きて戻ってからでもできる。今は抜けられる道を探す」


「隊長、正面の大通りが一番広い」


 ミアが地図を持ち上げる。


「それと右奥に下へ行く道がある。でも、今のところどこに繋がるかは分からない」


「まず正面だ。担架が通れる」


 探索隊は再び大通りへ戻った。


 フィナは歩きながら、建物の中を一つずつ目で追う。机や棚、壁に作られた細い溝、何かを置いていたらしい台。使う者だけが消えた道具が、暗闇の奥へいくつも残っている。


 途中には、道路脇へ細い柱が並ぶ区画もあった。


「これ、灯りだったのかな」


 リリカが小さな火を近づけると、柱の上部に透明な鉱石らしき欠片が残っていた。


「可能性はある」


 レオンは触れずに構造を確認する。


「街路灯なら、魔力供給が都市全体に通ってたことになる」


「もう光らないの?」


 フィナが覗き込む。


「今は流れがない。無理に通すなよ」


「まだ何もしてないよ!」


「先に言っただけだ」


「私、信用増えたと思ってたのに!」


「増えた上で言ってる」


「それ増えてる!?」


 エルナが小さく吹き出し、カイルまで口元を緩める。


 ほんの少しだけ戻った普段の空気は、長く続かなかった。


 ミアが突然足を止めた。


「待って」


 声の調子が変わり、片耳の音響魔導具へ手を添えたまま、その場で息を潜める。


「正面じゃない……左右の建物の中」


 ガレスが巨大剣へ手を掛けた。


「数は?」


「多い」


 ミアの顔が強張る。


「さっきまで動いてなかった。たぶん、奥でじっとしてた」


 その直後、右側の建物から石が砕ける音が響いた。


 一箇所ではない。左でも、さらに上の橋の下でも、同じ音が続く。


 フィナが見上げると、暗かった窓の奥で何かが動いた。


「来る!」


 リリカの小さな火が一斉に高く上がる。


 光に照らされ、建物の窓や路地、崩れた屋根の上へ次々と魔物の影が現れた。


 街そのものに潜んでいた群れが、フィナたちを取り囲むように、無人の建物群から一斉に姿を現し始めていた。




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