第四章 11 『反射する晶鎧』
巨大峡谷の中央に広がる魔晶石群へ近づくほど、周囲の光は強くなっていった。
青、紫、白。人の背丈を優に超える結晶柱が岩棚や崖面から突き出し、互いの輝きを何重にも反射している。足元の細かな結晶片まで光を返すため、暗い地下とは思えないほど視界が明るかった。
「綺麗……」
フィナは目の前に伸びる紫色の結晶へ顔を近づけかけ、途中で思い直して一歩止まった。
「見るだけ。触らない」
「学習したな」
すぐ後ろにいたレオンが記録板へ結晶の位置を書き込みながら、僅かに口元を緩める。
「昨日の花で覚えたよ!」
「その経験が必要になる時点で不安なのよ」
エルナは肩をすくめつつも、視線は峡谷のさらに奥へ向けていた。
先行していたカイルは、幅の広くなった岩棚の端で足を止めている。その隣ではミアが片耳の音響魔導具へ指を添え、何度か短い響きを周囲へ送っていた。
「隊長。大きいのがいる」
いつもの明るさを抑えたミアの声に、探索隊全体の空気が変わる。
「場所は?」
ガレスは巨大剣の柄へ手を掛けながら、カイルたちの先へ視線を向けた。
「正面。魔晶石の密集地の向こう。動いてないけど……これ、結晶と反響が重なって分かりにくい」
「……寝てる?」
ネムが枕型魔導具を抱えたまま、小さく首を傾ける。
「分かんない。生き物の内側みたいな反響はある」
ミアがそこまで伝えた瞬間だった。
正面に並んでいた魔晶石の一部が、ゆっくり持ち上がった。
「……あれ、石じゃない!」
リリカが杖を握り直す。
結晶の森そのものだと思っていた塊が立ち上がった。
四本の太い脚。低く伸びた首。全身を覆う分厚い岩質の皮膚。その上に、大小無数の魔晶石が鎧のように生えている。
立ち上がった巨体は数メートルを超え、背中の結晶だけでも人間ほどの高さがあった。
「晶鎧獣だ」
ガレスは全員の位置を確認しながら、前へ一歩出る。
「散りすぎるな。崖際へ追い込まれるなよ」
晶鎧獣が重い前脚を地面へ叩きつけた。
魔晶石群全体が震える。
次の瞬間、エルナの右手にはすでに雷が集まっていた。
「まず硬さを見る! 雷針〈アグハ・ヴォルティア〉!」
細く絞られた雷撃が晶鎧獣の肩へ走る。
直撃する――そう見えた。
しかし雷光は、斜めに突き出した結晶へ触れた瞬間、鋭く角度を変えた。
「は!?」
跳ね返った雷が峡谷の右壁へ突き刺さり、そこからさらに別の魔晶石へ反射する。
「エルナ、伏せろ!」
レオンの声に、エルナが身体を低くした。
頭上を自分の雷が通過し、遠くの崖へ爆ぜる。
「吸われたんじゃない……!」
「反射だ!」
レオンは記録板を閉じ、両手で構築術式を展開する。
「結晶の面に沿って曲がってる! 角度次第で戻ってくるぞ!」
「じゃあ、これなら!」
後方のリリカが杖を構える。
「——心火一灯〈カンデリア〉!」
小さな火を三つに分け、別々の方向から晶鎧獣へ飛ばす。
一発目が左肩。二発目が背中。三発目が前脚。
だが結果は同じだった。
小さな火は外殻へ触れた瞬間に斜めへ弾かれ、二つは上空へ、一つは探索隊の左側へ跳ね返る。
「こっち来ます!」
リリカ自身が叫びながら杖を振り、戻ってきた火の軌道を辛うじて外へ逸らした。
炎が峡谷の壁へ当たり、細かな結晶片が赤く照らされる。
「射線を固定するな!」
ガレスは正面へ出ながら巨大剣を構えた。
「撃った魔法が戻る。後ろまで全部敵の射線だと思え!」
晶鎧獣も待ってはいなかった。
背中の結晶が一斉に発光する。
「光、来る!」
ミアの警告と同時に、何本もの白い光線が放たれた。
「右へ!」
レオンが空中へ三枚の足場を作り、フィナたちの退避先を確保する。
探索隊が左右へ跳んだ直後、光線が岩棚を焼き抜いた。
一本が魔晶石へ当たり、反射。
別の一本も崖面の結晶へ当たり、さらに角度を変える。
「敵のも跳ね返るの!?」
フィナは空中足場から飛び降り、迫ってきた光線へ両手を向けた。
「——強い風!」
正面からぶつけるのではなく、横方向へ圧縮した風を当てる。
光そのものは消えないが、反射先の結晶表面へ飛んできた破片と粉塵が巻き上がり、晶鎧獣の次の射線が一瞬見えにくくなった。
「フィナ、左上!」
レオンが指した先では、別の光線がエルナへ跳ね返ろうとしている。
「——鋭い風!」
細く絞った風が結晶の先端を削り、反射面の角度だけを僅かに変えた。
光線がエルナの横を抜ける。
「助かった!」
エルナはすぐに後退せず、晶鎧獣の背中を見上げた。
「これ、面がこっち向いてるから返ってくるのよね?」
「そうだ!」
レオンは地面へ簡易術式を走らせながら、晶鎧獣の外殻を目で追っていた。
「でも全部同じ角度じゃない! 身体が動けば反射先も変わる!」
「なら動かせばいい!」
カイルが槍を接続し、足元へ風を集める。
「エルナ、上行くぞ!」
「指図しないで!」
そう返しながら、エルナも雷を両脚へ集めていた。
二人が同時に走り出す。
カイルは晶鎧獣の右前脚から外殻へ飛び乗り、風で足裏を押さえつけるようにして傾斜した結晶面を駆け上がった。
反対側ではエルナが雷の加速で背中へ跳ぶ。
「二人とも止まるな!」
レオンは外殻の角度を読みながら声を飛ばす。
「カイル、三歩先で左へ! エルナ、その位置なら雷を撃つな! 正面へ返る!」
「分かってる!」
エルナは雷撃を放つ代わりに、結晶の根元を蹴った。
晶鎧獣が背中の異物を振り落とそうと身体を捻る。
外殻の角度が変わった。
「今!」
レオン自身も攻撃術式を展開する。
三本の細い魔力弾が別方向から飛び、今度は晶鎧獣へ当たる前に空中で軌道を分けた。
一つは反射される。
だが残る二つは、カイルとエルナが走ったことで角度の変わった結晶面へ突き刺さった。
乾いた亀裂音が響く。
「割れた!」
リリカの声が弾む。
「でも浅い!」
ミアは地上から晶鎧獣の内部へ音を送り、返ってくる響きを確かめていた。
「外側だけ! 中はまだ硬い!」
晶鎧獣が前脚を振り上げた。
背中にいたカイルが風を使って横へ跳ぶ。
エルナも雷で反対側の結晶へ移動した。
直後、晶鎧獣が全身を激しく震わせる。
無数の結晶片が飛び散った。
「下がれ!」
ガレスが巨大剣を盾のように構え、正面から結晶片を弾く。
レオンも後方へ結界を重ね、セリアとネム、リリカの前を守った。
「まだ撃ってくる!」
ミアが叫ぶ。
晶鎧獣の背中が再び白く光る。
今度は一斉射ではない。左右へ首を振りながら、光線を連続で撃ち始めた。
峡谷の中を白い光が走る。
エルナの雷が跳ねる。リリカの炎が別角度から飛び、フィナの風刃が結晶の間を抜ける。
反射した攻撃がさらに別の結晶へ当たり、峡谷全体が巨大な光の迷路のようになっていく。
「ネム、右から二本来る!」
フィナが振り返った時には、ネムもすでに片手を上げていた。
「……そこだけ、止まって」
二本の光線が、結晶へ触れる直前で僅かに鈍る。
完全には止まらない。
それでも、その一瞬でミアがセリアを連れて射線から外れた。
「助かった、ネムちゃん!」
「……まだ来る」
「うん、だからすぐ動く!」
ミアはそのまま別方向へ音を飛ばし、反射位置を探る。
「レオン! 左の大きい結晶、三回反射して正面へ戻る!」
「見えた!」
レオンの視線が外殻と峡谷壁を高速で往復する。
「全員聞け! 次は同時に当てる! 一方向から撃つから返される!」
地面へ複数の構築術式が走った。
空中足場が晶鎧獣の周囲へ高さを変えて展開される。
「フィナは正面上! リリカ左下! 俺が右! ミアは背後側へ音を当てろ!」
「カイルとエルナは?」
フィナが足場へ飛び乗りながら尋ねる。
「外殻の向きを変えてもらう!」
レオンの声に応じ、カイルが晶鎧獣の首側へ走る。
エルナは反対側から背中を蹴り、雷の加速で一気に後脚側へ抜けた。
晶鎧獣が二人を追って身体を捻る。
結晶面が次々と別方向を向く。
「今の角度、固定!」
レオンが叫ぶ。
「撃て!」
「左下へ集中させます!」
リリカの小さな火が、晶鎧獣の左下へ集中する。
「右、叩く!」
レオンの魔力弾が反対側へ刺さる。
「背後から合わせる!」
ミアが両手を前へ向け、圧縮した音波を背後から叩き込む。
フィナも両手を構えた。
「——大きい火!」
正面上方から巨大な炎が落ちる。
それぞれの攻撃が、別々の結晶面へほぼ同時に衝突した。
反射する方向がない。
一つを逃がせば、別方向から来た攻撃がそこへ重なる。
晶鎧獣の外殻全体に亀裂が走る。
「まだ!」
ガレスが真正面から踏み込んだ。
「——岩穿剣〈グラド・ロクシア〉!」
巨大剣が亀裂の走った胸部へ叩き込まれる。
結晶外殻が爆ぜた。
砕けた魔晶石が光を撒き散らしながら宙を舞い、晶鎧獣の巨体が大きく傾く。
カイルが右脚へ槍を突き込み、エルナの雷が左脚へ炸裂する。
最後にフィナの風が正面から巨体を押し切った。
晶鎧獣は岩棚へ倒れ込み、全身の光を失った。
戦闘が終わっても、峡谷にはしばらく雷と炎の残光が漂っていた。
「周囲、動く反響なし!」
ミアが音響魔導具を押さえながら確認する。
「全員怪我は?」
セリアはすぐに後方から動き、結晶片を受けた者がいないか一人ずつ視線を走らせた。
「擦り傷くらい。大きいのはなし」
ガレスも巨大剣を下ろし、倒れた晶鎧獣から退路へ視線を移す。
その時だった。
足元が低く鳴った。
「……え?」
フィナが顔を上げる。
一度では終わらない。
峡谷の奥から、さらに大きな振動が押し寄せてくる。
地面が左右へ揺れ、周囲の巨大魔晶石が一斉に軋んだ。
戦闘で砕けたものとは比べものにならない重い震動が、峡谷全体を遥か先まで走り抜けていった。




