↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全魔法が使える私、初級魔法しか使いません  作者: 谷元 黒
第四章 深層迷宮と眠れる大地
101/129

第四章 10 『風と雷の先行路』



 巨大地底森林を抜けた先で、探索隊の前から地面が消えた。


 発光樹の根が途切れた場所から先は、左右へ果てしなく続く巨大峡谷になっている。対岸は見えているのに、谷底は携帯灯の光が届かず、落とした小石の音もなかなか返ってこなかった。


「……深いね」


 フィナは縁から少し離れた位置で足を止め、暗闇へ目を凝らした。


「覗き込みすぎるなよ」


 レオンはフィナの肩を軽く引きながら、峡谷沿いに続く岩棚へ視線を移した。


「通れそうなのは、あっちか」


 進行方向には、人一人が歩ける程度の細い足場が崖へ張り付くように続いている。場所によっては幅が靴二つ分ほどしかなく、途中には崩落して切れている箇所まであった。


 先頭側にいたミアは片耳の音響魔導具へ指を添え、峡谷へ短い反響音を飛ばす。


「下はかなり広い。こっちの岩棚は百歩くらい先まで続いてるけど、その後は曲がってて見えない」


「風は?」


 ガレスが峡谷の壁面を見上げる。


 ミアは少し首を傾け、頬へ流れる空気を確かめた。


「一定じゃない。下から上へ抜ける風と、横から巻き込む風が交互に来てる」


 それを聞いたカイルが、背中の分割槍へ手を掛けた。


「俺が先見る」


「一人で行く?」


 エルナがすぐに反応し、足場の先へ目を向ける。


「私も行くわ」


「狭いぞ」


「見れば分かる」


 カイルが半眼のままエルナを見返す。


「雷で飛ばしすぎて落ちるなよ」


「そっちこそ風に乗って谷底まで行かないでよね」


「二人とも」


 ガレスが低い声で止めると、カイルもエルナもすぐに口を閉じた。


「競うのは構わん。だが、戻ってこられる範囲までだ。先行は探索だ。勝負じゃねえ」


「分かってる、隊長」


 カイルは短く返し、エルナも腕を組んだまま頷く代わりに視線を前へ戻した。


「危ないと思ったら止まるわよ」


「なら行け。二人とも、互いの位置を見失うな」


 許可が出ると、カイルは長槍を接続せず、軽い状態のまま岩棚へ踏み出した。


 エルナも少し間を空けて続く。


 フィナたちは峡谷の入口側で待ち、二人の姿を見守った。


 最初の数十歩はまだ足場が広い。ところが先へ進むにつれ岩棚は細くなり、右側は垂直の岩壁、左側は底の見えない空間だけになる。


「カイル、速いね」


 フィナが目を丸くする。


 カイルは走っているわけではない。それでも足を止めない。


 足場が狭くなれば歩幅を自然に小さくし、岩の出っ張りがあればそこへ足を乗せる。横風が吹く直前には壁側へ身体を寄せ、風が抜けた瞬間だけ次の一歩を進めていた。


「風を使ってるだけじゃないな」


 レオンは二人の動きを追いながら、足場の形を記録板へ書き込む。


「先に地形を読んでる。足を置いてから調整するんじゃなく、置く場所を決めてから動いてる」


「……深層歩きに慣れてる」


 ネムは枕型魔導具を抱えたまま、遠くのカイルへ目を向けている。


「……エルナ、追ってる」


 そのエルナは、カイルとはまるで違う動き方をしていた。


 足場へ踏み込む直前、足元へ細い雷光が走る。《紫電歩〈パソ・センテリア〉》による瞬間的な加速で狭い区間を抜け、次の安全な岩面へ正確に着地する。


「今ので三歩分!」


 エルナの声が峡谷へ響く。


 少し先を進んでいたカイルが振り返る。


「その着地、次の風来たら危ない」


「来る前に動くから問題ないわ!」


「二秒後」


「え?」


 カイルが壁側へ身体を寄せた直後、峡谷の下から強い風が吹き上がった。


 エルナの髪と装備の裾が大きく持ち上がる。


「ちょっ……!」


 足元へ雷を流して姿勢を戻そうとした瞬間、エルナはすぐに加速を止めた。身体を岩壁へ寄せ、片手を突起へ掛ける。


 風が抜けるまで待ってから、ゆっくり息を吐いた。


「……分かってたなら先に言いなさいよ!」


「言っただろ。二秒後って」


「その前に説明して!」


「風の音で分かる」


「私はあんたほど峡谷に住んでないの!」


 入口側で聞いていたフィナが思わず吹き出しそうになる。


 リリカは記録冊子へ書き込みながら、真剣な顔で二人を見ていた。


「カイルさんは風そのものより、風が来る前の変化を見てるんですね」


「たぶんな。音と壁面の砂、それに上昇気流」


 レオンは峡谷の岩壁から落ちる細かな砂粒を示した。


「エルナは逆に、風が来ても対応できるように魔力演算を組んでる」


「違うやり方で同じ場所を進んでるんだね」


 フィナが感心している間にも、二人は先へ進む。


 やがて足場が完全に途切れた。


 正面には三メートルほどの空間があり、その先に再び狭い岩棚が続いている。


 カイルは一度止まり、下から吹き上がる風の周期を読む。


「次、弱い」


 足元へ風をまとわせる。


 岩棚を蹴った身体が峡谷側へ飛び出し、横風へ流される直前に空中で姿勢を変えた。次の足場へ片足で着地する。


「意外と普通に飛ぶのね」


 向こう側から手を振るカイルを見て、エルナが少し口元を上げた。


「じゃあ私はもっと速く行く」


「着地点、右寄りにしろ」


「分かってるわよ」


 エルナの両脚へ雷が集まる。


 細い閃光が走った次の瞬間、その姿が岩棚から消えた。


 カイルより明らかに速い。一気に空間を越え、反対側の岩棚へ着地する。


 しかし、足を置いた直後だった。


「エルナ、上!」


 カイルの声で、エルナの顔が上がる。


 崖の陰から、翼を持つ小型魔物が三体飛び出した。


 鳥に似ているが、翼の先に硬い鉤爪があり、谷側から回り込むようにエルナへ迫ってくる。


「こんなところで!」


 エルナは足場が狭いため、大きく横へ避けられない。


 右手へ雷を集める。


「——雷針〈アグハ・ヴォルティア〉!」


 細い雷撃が一体を正確に撃ち抜いた。


 一体が谷へ落ちる。


 だが残り二体は左右へ分かれた。


「左は俺!」


 カイルが壁を蹴り、風をまとってエルナの前へ飛び出す。


 接続した長槍が左側の一体を貫き、そのまま槍身を回して谷側へ弾き飛ばした。


 同時に、右から来た最後の一体がカイルの背後へ回る。


「カイル、伏せて!」


 エルナの声に、カイルは理由を聞かず身体を沈めた。


 その頭上を雷光が通過する。


 右側から迫っていた飛行魔物の翼を撃ち抜き、岩壁へ叩きつけた。


 数秒で静かになった。


「……助かった」


 カイルは槍を肩へ戻しながら、崖へ落ちていく魔物を一度だけ見送る。


「こっちも」


 エルナは髪を耳へ掛け直し、少しだけ視線を逸らした。


「今の左、私からだと撃ちにくかったし」


「俺も背中は見えない」


「じゃあ一勝一敗ね」


「何の勝敗だよ」


「助けた回数」


「それ数えるの?」


 入口側で聞いていたレオンが額を押さえる。


「普通そこは相殺で終わるだろ」


「相殺じゃないわよ! 次にどっちが先に助けるか残るでしょ!」


「競争の対象がおかしくなってるぞ!」


 フィナは笑いながら二人を見る。


「でも、いい感じじゃない?」


「何がですか?」


 隣のリリカが顔を上げる。


「お互い違うところ見えてるから」


 カイルは風と地形を読む。


 エルナは短い瞬間へ魔力計算を重ね、速度と精度で突破する。


 同じように先へ進んでいるのに、使っている強さは違っていた。


「よし、先を見て戻るぞ」


 カイルは競争を切り上げ、再び前方へ視線を向けた。


 エルナも今度は余計なことを言わず、岩壁の先を確認する。


 二人は互いに少し距離を取りながら、峡谷の中央付近まで進んでいく。


 その先で、カイルの足が止まった。


「……エルナ」


 声の調子が変わる。


「見えてる」


 エルナも返事を短くし、峡谷の向こうへ目を細めた。


 遠くからでも分かるほど、岩壁の一部が強く光っている。


 青。紫。白。


 巨大な結晶柱が何百本も峡谷の中央から突き出し、互いの光を反射し合っていた。


 一本だけでも人間より遥かに大きい。中には数十メートル級のものまであり、峡谷そのものに巨大な宝石の森が生えているように見える。


「隊長!」


 カイルが戻る方向へ声を張る。


「先に大きな魔晶石群がある!」


 その報告を受け、探索隊も安全を確認しながら岩棚を進み始めた。


 フィナがようやく峡谷中央を見渡せる位置まで来ると、無数の魔晶石が放つ光が暗い谷を染め、遥か下の闇にまで細かな輝きを落としている。


 地底森林とはまた違う光景を前に、フィナたちは足を止めた。


 風と雷が競いながら拓いた先には、峡谷を埋め尽くすほど巨大な魔晶石の群れが、誰にも触れられないまま静かに輝いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。