第9話 街の名前
タワー暦1199年 11/21 | ミナト→ハルカ
ハルカへ向かう便には、医薬品と浄化器の部品、それからタツオが乗った。
同乗は仕事の見学として登録し、荷物と合わせて積載を確認した。レンは一つの手順も省かなかった。
「窓から顔を離せ。揺れたら当たる」
タツオは座り直した。
ミナトが小さくなり、タワーが初めて全体の形を現した。積み重なった広い層は、細長い塔というより、空まで持ち上げられた台地のようだった。
五十年暮らした場所が遠ざかる。その大きさを、彼は外へ出てから知った。
航路は海岸の内側を北へ伸びた。海は授業の映像より灰色で、波の一つ一つは見えない。場所によって色が違うのは、深さだけではないとレンが言った。
「観測所の報告が来る。季節で、浮いてるものが変わる」
「微生物?」
「そう。人間に合わないものも混じる」
客室の表示には、外気と室内の値が別々に出ていた。外気をそのまま吸う機体ではない。濾過器が、見えない仕事を続けていた。
ハルカは、低い建物の集まりだった。
着陸場から続く通路は、透明な覆いで建物につながっている。補修跡の色が少しずつ違う。密閉扉が開くと、煮物の匂いがした。
「遅かった」
診療所の入口で、女性が言った。
「予定より三分早い」
「私が待ち始めてからは長い」
レンは笑い、荷物の一覧を渡した。
「サナ。こっちはタツオ。記録と計算を手伝ってもらってる」
「先生のところから来た人?」
タツオは頷いた。サナはようこそとも、おめでとうとも言わず、手を洗う場所を指した。
診療所では、機械が検体を処理していた。人の手が足りない場所は、機械のない場所ではなかった。検査のあとに不安を訴える人へ話し、次の通院を相談するところだった。
荷物を確認していると、少年が空の箱を持ってきた。
「これ、持って帰ってもいい?」
「返す箱だ」
レンが言うと、少年は別の一つを指した。
「じゃあ、こっちは」
「それは聞いてみないとわからん」
少年の名前はエマといった。サナに許可をもらい、箱を抱えて廊下を走りかけ、歩き直した。
タツオは、その箱で何をするのか尋ねた。
「駅」
「本物の?」
「模型の。本物は大きすぎる」
当然だという顔だった。
箱を運び終えると、サナに頼まれて空の薬品容器を仕分けた。割れやすい物と、洗って再使用する物を分ける。タツオは説明を一度で覚えたが、蓋が固い容器を開けられなかった。
エマが横から手を伸ばした。
「そこ、押しながら回すんだよ」
言われたとおりにすると、簡単に開いた。
「よく知ってるね」
「いつもやるから」
少年は褒められたというより、不思議なことを言われた顔をした。タツオは蓋を置き、自分も二つ目からは迷わずに開けた。
廊下には住民が持ち寄った椅子が並んでいた。高さも素材も違う。小さな鉢の葉が、照明の方向へ曲がっている。地球由来の栽培種だと、札に書いてあった。ナギの外の植物は、許可なく持ち込めない。
「外でも、勝手にはできないんですね」
サナに言うと、彼女は笑った。
「自由になったら、菌が遠慮してくれるわけじゃないでしょう」
タツオも笑った。授業なら同じことを、もっと長い言葉で説明しただろう。
住民が通るたび、鉢の土を見たり、椅子を少し動かしたりする。誰か一人が決めた配置ではない。窮屈に見えた廊下にも、長く使われた順序があった。
レンは古い椅子の背を押し、がたつきを確かめた。トマに言っておくと言われると、その椅子を端へ寄せた。
帰りの荷物を待つ間、共同食堂で食事をした。味の濃さが均一ではなく、タツオは一口ごとに水を飲んだ。レンは店の人へ、少し薄めてくれと言った。
「言っていいのか」
「だめなら、だめって言われる」
食堂の壁に、移転説明会の案内があった。日付が三つ並び、最後の回には赤い線が引かれていた。
タツオは箸を止めた。
「ここは、なくなるの?」
レンは壁を見た。
「なくす側は、そういう言い方をしない」




