第8話 七分の使い道
タワー暦1199年 11/19–20 | ミナト・事業所
輸送記録を整理していると、同じ区間で繰り返し待機している便があった。
タツオは風と申請経路を重ねた。往路の条件を帰路にも適用しているため、再申請が発生していた。
「毎回、全部を計算し直しているの?」
「運航条件が変わるからです」
ユノが説明した。旧型機の申請書式は、新しい地上管制との接続で情報を省略できない。
「確定した区間まで、やり直す必要はない」
タツオは自分の方法を出した。条件が変わっていない部分を保存し、変化した範囲だけを再評価する。
ユノはすぐには使わなかった。
「旧計算と並行して検証します。申請を短縮できるかは、その後です」
過去の二十三便で比較した。結果は一致した。一便だけ誤差が大きく、タツオは前提を修正した。乗降時刻の変更を、気象の時刻へ反映していなかった。
照合の終わった夜、ユノは一つの質問をした。
「何を保存し、何を再計算するか。この境界を、説明してください」
タツオは式を示した。ユノは読めたが、それで十分とは言わなかった。
「レンさんが運航を中止するときにも使う説明が必要です」
「レンは、式を読まない」
「だからです」
タツオは言葉に置き換えた。一度確かめた道でも、その先の風が変われば必要な電力が変わる。変化が影響しない部分だけを、そのまま使う。影響するか不明なら、やり直す。
「全部をやり直す条件も、書いておく」
ユノは頷いた。
短い説明を作るほうが、計算をするより時間がかかった。わかっているつもりの関係を、何度も言い直した。
レンが説明を読み、手順の順番を変えてほしいと言った。飛行中に先に知りたいのは、速くなる理由ではなく、いつ使うのをやめるかだという。
タツオは初め不満だった。自分の工夫を紹介する頁が後ろへ回る。だが、一枚目の注意欄を読んだだけでレンが頷いたのを見て、用途が違うのだとわかった。
研究発表のための文章ではない。動く機体の中で使う文章だった。
翌朝の荷物便で、初めて正式に利用した。
短縮できたのは七分だった。
タツオは落胆しかけた。研究に何年もかけて、七分。
レンは端末を見て、依頼人に連絡した。
「受付に間に合う。先に箱を用意しといて」
運ぶのは交換用の医療部品だった。受付が終わると、次の受け渡しまで待たなければならない。
七分で、半日の待ち時間が消えた。
午後、荷物の受取人から短い礼が届いた。名前は知らない。感謝の文章の後ろに、部品を装着した装置の写真がついていた。
タツオは写真を拡大した。自分が関わった何かが、そこにある。
「次は、積み合わせも整理できる」
勢いづいて彼は言った。同じ地域へ三度行く日は、二度に減らせるはずだ。
レンは一覧を見て、二件に印をつけた。
「この人は午後に帰ってくる。こっちは朝しか受け取れない」
「受取時刻を変えてもらえば」
「誰の都合で?」
「効率のために」
「俺たちの効率だな」
タツオは反論しかけたが、昨日届いた写真を思い出した。七分が嬉しかったのは、その先に別の都合があったからだ。
ユノが、時刻変更を依頼してよい相手だけに問い合わせる案を出した。
返事はばらばらだった。一件は快く応じ、一件は理由を説明して断り、一件はまだ返事がない。計算は、そのばらばらな返事のあとに始まった。
夕方、レンが戸締まりをしながら言った。
「七分、助かった」
「もっと短くできると思う」
「今日は、七分で助かったんだ」
タツオは頷いた。
部屋へ帰って研究記録を開いた。既知の解に似た頁を、今日は閉じなかった。余白に、医療部品の受付に間に合った、と書いた。
数式の隣に置くには奇妙な文章だった。しかし削除しなかった。




