↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/19

第5話 朝食を選ぶ

タワー暦1199年 11/15 | ミナト・住居/共同食堂


最初の朝、タツオは食事を取り損ねた。

 住居には調理設備があった。使い方の説明もある。だが昨夜、研究機関の一覧を読んでいるうちに、食材を手配する必要を忘れた。

 十一時四十分まで待つ理由はなかった。それでも時計がその時刻になるまで、空腹を予定のずれとして扱っていた。

 共同食堂には六種類の献立があった。

 栄養表示を比べ、価格を比べた。どれも致命的な違いはない。違いがないなら選べるはずなのに、どれを押しても、ほかにもっとよい選択があった気がした。

 後ろの人が咳払いをした。

「すみません」

 謝って脇へ寄ると、その人は一度も迷わず一番上を押した。

 タツオも同じものを買った。味は悪くなかった。それでいて、少し負けたような気分になった。

 住居へ戻ると、移行支援担当から連絡があった。

 給付の受取口座、医療の登録、緊急時の連絡先。順番に確認すれば終わる手続きだった。タツオは安心し、必要以上に丁寧に答えた。

「生活上、困っていることはありますか」

「ありません」

 冷蔵庫は空だったが、それを困り事として申告するのは違う気がした。

 給付の説明には、困ったときの相談例も載っていた。食事の確保、契約への不安、生活時間の乱れ。自分に当てはまる項目が三つもあった。

 タツオは画面を閉じかけ、食事の欄だけ開いた。栄養を完全に計算してから買う必要はない。数日分の主食と、調理せず食べられる食品から始めてもよい、とある。

 拍子抜けするほど単純だった。

 窓口へ短い質問を送った。共同食堂だけを使ってもよいか。返事は、費用と営業時間が合えばよい、だった。

 どちらか一つを正解にしてほしかったわけではない、と自分に言った。だが正解がないとわかっても、すぐには気持ちが楽にならなかった。

 住居の壁に、前の人が留め具を外した小さな跡があった。整備された室内で、そこだけ少し色が違う。何を掛けていたのだろう。予定表か、絵か。

 タツオは自分の予定を壁へ映そうとして、やめた。記入することが少なすぎた。起床、食事、研究応募。その三つだけでは一日が広すぎる。

 箱から歪んだ球を出し、机の端へ置いた。安定の悪い球は、一度転がって、端末の角にぶつかった。

「そこじゃない」

 一人で言ってから、誰にも聞かれていないことに気づいた。位置を少し変える。今度は止まった。

 それだけのことで、部屋に自分の物がある感じがした。

 午後は研究機関への応募書類を書いた。

 学習歴は長かった。基礎物理、材料、軌道解析、観測誤差の推定。評価を添えると、一覧は何頁にもなった。

 実務経験の欄は空白になった。

 研究の用途を説明する欄には、補正式を書いた。想定する利用者という項目で手が止まる。

 航行をする人、と入力し、削除した。

 五十年間、問題の前提は先生が与えた。誰が何のために使うかは、問われたことがない。

 レンから短い連絡が来た。箱の留め具を回収したいという。

「今からでいい?」

「いいよ」

 レンが着いたのは二十三分後だった。今から、という言葉には幅があった。

 部屋を見回したレンは、流しの乾いた食器を見た。

「飯は」

「食べた」

「何を」

「共同食堂の、一番上のもの」

「明日は?」

「まだ決めていない」

 レンは頷き、留め具を袋へしまった。それから自分の端末を出し、近くの食材店を表示した。

「この店、遅くまで開いてる。金があるうちに、食べるものだけ置いとけ」

「給付はある」

「じゃあ、なおさらだ」

 説明は正しかった。口調が少し乱暴なだけで。

 タツオは応募書類を見せた。レンは数式のところを飛ばし、最後まで目を通した。

「これで、何ができるんだ?」

「経路の再計算を効率化できる」

「何が助かる?」

「計算時間が短くなる」

「誰の?」

 タツオは黙った。

 レンは書類を返した。

「悪い。わからない奴が聞いた」

 謝られると、腹を立てる場所がなくなった。

 その夜、食材店で三日分の食料を買った。選ぶのに時間がかかり、帰り道には荷物が重かった。

 窓の外に、タワーの灯が見えた。

 あの灯の中では、夕食がもう終わっているはずだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。