第2話 配属先
タワー暦1199年 11/02–03 | 第一タワー・説明室/食堂
翌日、審査部門の職員が説明に来た。
年配に見える女性だった。もっとも、タツオは外見から年齢を判断する訓練を受けていない。彼女の手の甲には、人工皮膚の継ぎ目が細く走っていた。
職員は、ある飛行経路の図を見せた。
「この場合、承認できますか」
高度、積載量、風、機体の性能。十分な条件があった。タツオは二十秒ほどで答えた。
「基準内です」
「ええ。ですが、着陸先の設備が交換中なんです」
「それは、この図に記載されていません」
「だから照会します。それも仕事です」
職員は責める口調ではなかった。むしろ嬉しそうに、端末の別の窓を開いた。設備の責任者へ問い合わせ、回答を保存し、必要なら申請者に修正を求める。そうした仕事を、ひとつずつ説明した。
説明の途中で、職員の端末に短い通知が入った。彼女は学生たちへ断り、ひと言だけ返答した。
「着陸先の担当者を変えて確認してください。昨日の回答を、今日の回答として使わないで」
その声は授業の説明より低く、速かった。
「今のも、照会ですか」
タツオが尋ねると、職員は頷いた。
「昨日は使えた設備が、今日は点検中ということがあります」
「更新されるように仕組みを直せば」
「直しています。それが完成するまで、誰も飛ばさないわけにはいきませんから」
彼女の目尻に、薄い笑い皺が寄った。皮肉ではなかった。長く同じ質問を受け、長く同じ仕事をしてきた人の答えだった。
机の上に、実際に使う確認票が配られた。タツオは一番早く記入を終えた。ただし、設備名の略称を解釈する欄で一つ間違えた。似た二つの名称は別施設だった。
職員は正解を教える前に、どこを見れば照合できるか尋ねた。タツオは一覧を検索し、訂正した。
「採用されれば、このような実習から始めます」
「もう、修了試験は終わっています」
「ええ。ここでは、この職場の仕事を覚えます」
新しい試験なら解ける。でも、まだ何かを教わり直す必要がある。そのことが、なぜか成績を下げられたように感じられた。
タツオは画面の隅の時刻を見た。予定より七分長かった。
「新しい経路の提案はできますか」
「できます。ただ、先に申請案件を処理してもらいます」
「研究の時間は」
「契約した勤務の外なら。設備を使う場合は別の申請が必要です」
職員の説明は明瞭だった。タツオはその明瞭さに、逃げ道をふさがれる感じがした。
五十年間学んだ先で、画面の項目が揃っているかを確認する。それなら、機械にできるのではないか。
そう尋ねると、職員は頷いた。
「揃っているかは機械が見ます。何が足りないかを、相手に聞いて確かめる人が要るんです」
タツオは、配属の説明には納得したと記録した。仕事内容を理解した、という意味の項目だった。希望した、とは書かなかった。
ミオは説明会のあと、水循環部門への応募を済ませていた。
「もう決めたの?」
「見学してから、正式に契約する。でも、ほぼ」
昼食のスープをかき混ぜながら彼女は言った。
「興味がある仕事だから?」
「あるわ。ここで暮らしたいし」
「もっと新しいことをしたくない?」
ミオの手が止まった。
「古い設備でも、毎日違うことが起きるでしょう」
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味?」
タツオはうまく説明できなかった。彼女は優秀だった。安定した仕事で満足するには惜しい、と言えばよかったのだろうか。しかしその言い方も、何か違うとわかった。
「僕は、研究を続けたい」
「うん。それは知ってる」
ミオはスープを飲んだ。責められなかったことが、かえって落ち着かなかった。
午後、タツオは先生に個別面談を申し込んだ。
「僕には、外と中のどちらが適していますか」
「重視する条件を比較しましょう」
先生は居住、収入、健康管理、研究機会の四つの欄を出した。
「重要度を割り振ってください」
「その重要度は、どう決めますか」
「あなたが望む生活から考えます」
「望む生活が、わからない場合は?」
先生の目に相当する部分が淡く点滅した。応答に必要な時間は一秒もなかったはずだが、タツオには長く感じられた。
「見学や相談で、具体的な情報を集めることができます」
正しい答えだった。何をするかを教えてくれている。それなのに、いつもの安心がなかった。
タツオは四つの欄を見た。数を入れれば計算できる。数を入れるまでが、計算できない。
面談を終える直前、先生が休息を勧めた。
「睡眠時間が短くなっています。判断には疲労が影響します」
「では、明日になれば決められますか」
「決められるとは限りません」
初めて聞く種類の答えだった。
自室へ帰ると、翌日の予定に白い枠があった。自由検討時間、とある。三時間。
タツオは枠を触った。何も開かなかった。




