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第17話 線が一本消える

タワー暦1199年 11/29 | ミナト・事業所


採用の連絡は、二日後に届いた。

 条件付きという文字に緊張したが、条件は健康確認と契約内容への同意だった。成果の使用範囲、報酬、共同研究者としての表示も明記されている。

 タツオは名前の扱いを三度読んだ。

 今度は自分が知ったうえで、成果を渡せる。

 レンに伝えると、工具を置いて手を拭いた。

「おめでとう」

「ありがとう」

 二人の間には、まだ卒業という言葉が置き去りにされていた。今日はそれを踏まないように話した。

 引継ぎに必要な項目をユノと整理した。タツオが作った計算の手順、適用できない条件、確認を省略してはいけない箇所。書き出すと、頭の中で済ませていた判断がいくつも見つかった。

「これも説明が要るの?」

「タツオさんがいないときに使います」

 その答えで納得した。

 引継ぎの途中で、ユノが古い計算の一覧をタツオへ戻した。

「あなたが作業を終えたと思っている箇所にも、確認待ちが残っています」

 依頼人から返事の来ていない時刻変更が二件あった。タツオは催促すればよいと思っていたが、一件は介護で日中の連絡が難しい人だった。もう一件は、変更を望んでいないと口頭でレンへ伝えていた。

 タツオはその情報を確認して記録した。自分がいなくなったあとに、別の人が同じ問い合わせを繰り返さずに済む。

 小さな仕事を置いて宇宙へ行くことに、少し後ろめたさがあった。ここで必要とされた以上、ずっと残らなければいけないのだろうか。

 レンへ尋ねると、彼は工具を持ったまま振り向いた。

「辞めていい。だから、辞めたあとも回るように引き継ぐんだ」

「必要とされていても?」

「必要とされたら逃げられないなら、誰も気軽に頼めなくなる」

 タツオはその言葉を覚えた。救出の仕事を考えるときにも、忘れてはいけないと思った。

 レンが一度顔をしかめ、部品箱を持ち直した。重さを見誤ったらしい。タツオが手を貸すと、今度は礼を言われた。

 頼まれることと、頼まれた場所に永遠に縛られることは違う。その間の線を、今まで考えたことがなかった。

 夕方、ハルカ向けの荷物が戻ってきた。

 翌日の予定だった便が、認可経路の警戒度変更で保留になったという。まだ全面停止ではないが、出発時点で再確認が必要になった。

 サナからの連絡には、薬の優先順位が記されていた。急ぐものと、数日待てるもの。全部を急ぐとは書いていない。

 レンは内容を確認し、ユノへ代替便の照会を頼んだ。

「地上の輸送は?」

 タツオが聞いた。

「同じ低地を通る。荷物だけなら選択肢はあるが、人は時間がかかる」

 地図を広げると、ハルカへ向かう道は思ったほど多くなかった。街は線でつながっている。その線が消えれば、距離が変わらなくても遠くなる。

 タツオは海側を指した。

「こっちは」

「観測と申請が要る。遠回りで濾過器も電力も使う」

 レンは、可能とも不可能とも言わなかった。

 夜、採用承諾の下書きを作った。出発時刻は、十二月八日八時四十分。宇宙港の集合は一時間前だった。

 研究棟の写真には、海の青い曲面が写っていた。

 別の窓では、同じ海沿いの経路が黄色に変わっていた。


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