第16話 本当の研究室
タワー暦1199年 11/27 | 第一タワー・職員棟
イサクの部屋には、窓がなかった。
タツオは少し意外だった。責任者なら、最上階の景色を毎日見ているのだと思っていた。
壁には設備の稼働状況が表示されていた。派手な地図ではなく、点検期限と補修状況の一覧だった。
「来てくれてありがとう」
イサクは立ち上がった。声は静かで、左腕の動作が右腕よりわずかに遅い。人工器官の調整中だと、自分から説明した。
まず、成果の利用について話した。
「あなたの課題が、現実の資料をもとにしていたことは事実です」
「なぜ、知らせなかったんですか」
「評価条件を揃えることと、委託元の情報を分けることが理由とされています。ただ、用途を知らせないことまで必要かは、別に考えるべきでしょう」
「僕は、役立っていないと思っていました」
「それは、伝える側の不足です」
謝罪の形には聞こえたが、それだけで済むとも思えなかった。
イサクは続けて、研究施設の資料を出した。
軌道上の航行研究棟。実際の観測と輸送記録を使い、経路更新技術を検証する。タツオの補正方法は、特定の条件で再計算の負担を小さくできる。ただし、条件の切り分けと検証はまだ必要である。
「私の推薦で自動的に採用されるわけではありません。担当者との技術面談があります」
遠隔の面談担当者は、タツオの式の二か所を質問した。
一つには答えられた。一つは、まだ検証していなかった。
「わかりません。ここから先は、適用範囲外としています」
担当者は頷き、その区別が必要だと言った。
担当者は、地上での輸送改善についても聞いた。タツオは七分の短縮を説明した。
「二十三便の過去記録で照合し、一便の誤差から時刻の扱いを修正しました」
「失敗した例も、資料にありますか」
「あります」
追加した頁を開くと、担当者はそこを詳しく読んだ。最もきれいに一致したグラフより、ずれた一件への質問が長かった。
タツオは不安になった。欠点を見せすぎたのかもしれない。
「この誤差は、その後の手順で防げますか」
「同じ形式なら検出できます。ただし、入力側の時刻自体が誤っている場合は、別の照合が要ります」
「その区別は、こちらの研究にも必要です」
担当者は、星間の長い航路でも、観測と受信の時刻を分けて扱うことが重要だと話した。規模は違う。使う機体も違う。しかし、何が変わり、何が変わっていないかを正しく扱うという問題はつながっていた。
タツオは身を乗り出した。演習のために覚えた式を使うのではなく、自分が確かめたい問いが、相手の問いと接した。
面談の予定時間が過ぎた。延長してよいか尋ねられ、タツオはすぐに頷いた。以前の自分なら七分の超過を気にしていたはずだが、今日は時計を見ていなかった。
最高評価の印は出なかった。それでも、自分の話が通じているという感触があった。
採用審査は数日以内。赴任便は十二月八日、朝。勤務は三年を基本とし、滞在中の外部活動は施設運用と輸送日程に従う。個別の地域業務との兼務はできない。
「考える時間はあります」
イサクは言った。
「ただし、採用枠を次の輸送便まで保留する約束はできません」
タツオは契約書を保存した。
「先生に、会えますか」
意外そうな顔をされると思ったが、イサクは受付に確認した。
K-17は現在も教育区の担当業務に従事している。卒業生との個別面会には別の手続きが必要で、今日の許可には含まれない。
「推薦のために、先生の権限を変えることはできません」
「そうですか」
研究施設では、本人が持ち出した学習記録を支援系へ読み込ませることはできるという。ただし、それは先生と同じ存在ではない。
帰りの廊下で、タツオは一度立ち止まった。
欲しかった未来が、本当に目の前へ来た。
五十年は無駄ではなかった。そう誰かに言いたくて、連絡先を開いた。
先生の番号は、利用できないままだった。




