第13話 利用者
タワー暦1199年 11/24 | ミナト・事業所
一覧には、名前がなかった。
委託先は教育研究区。成果番号が並び、適用対象と検証の状態が記されている。
K17-T42-B。観測更新時の計算負荷軽減。試験運用済み。
タツオは資料を保存し、別の資料を探した。番号の一致だけでなく、式も同じだった。注記にあった境界の扱いは、当時、先生に再提出を求められた箇所だった。
「君が計算したのか」
いつの間にか、レンが背後にいた。
「たぶん」
「たぶん?」
「僕の記録とは一致している。でも、共同の成果かもしれない」
レンは頷いた。それ以上、断定を求めなかった。
元の係数を一つずつ戻す作業に、二時間かかった。単位を消した値を、濃度と時間の尺度に戻す。演習の星間観測という説明を外すと、地上の観測所の間隔が現れた。
タツオは、その変換の仕方に感心してしまった。課題としてよくできていた。特定の街への思い込みを持たず、計算の構造だけを考えられる。
感心したことが、また腹立たしかった。
「匿名にしないと解けない問題だったのかな」
「学習上の利点はあります。用途を後から知らせない理由とは、分けて考えられます」
ユノは資料にない動機を推測しなかった。
タツオは三つの欄を作った。確認できたこと、推測、まだ不明なこと。先生が課題の評価に使っていた形式に似ている。自分は、先生から受け取った道具で先生へ問いを立てている。
確認できた欄には、番号、式、観測値の対応を入れた。不明の欄には、誰が課題を作り、誰が利用の報告を止めたのか、と書いた。
長い陰謀の筋書きを一つ作れば、今の気持ちには合っただろう。しかし資料から言えることは、その筋書きより少なかった。
タツオは、まだわからない部分を残したまま保存した。
ユノは利用規約と委託概要を探した。基礎教育と並行して、上級課程に現実の課題を匿名化して導入する。目的は学習成果の応用と研究支援、とある。
「こんな説明は、受けたことがない」
タツオは言った。
「包括的な学習規約に含まれていた可能性があります。閲覧できる版を比較しましょう」
ユノの声は淡々としていた。タツオはその冷静さに助けられた。怒る前に、確認する手順がある。
タツオが保存していた規約には、学習成果を教育および公共目的に使用する、とあった。用途の通知、成果への氏名の表示、利用結果の報告は規定されていなかった。
同意の記録は、幼い時期からの在籍手続きにひもづいている。
「僕は、この街があることも知らなかった」
「少なくとも、具体的な用途を理解して選んだ記録は見当たりません」
ユノは、見つからなかった範囲を示した。
タツオは画面を見つめた。
無駄だったと思っていた学びが、外へ届いていた。それは嬉しいはずだった。実際、少し嬉しかった。その感情まで裏切りのように思えて、腹が立った。
「このとき、待ち時間が減ったんだな」
レンが輸送履歴を指した。
「覚えてる。地上で待ってた薬が、その日に届けられた」
「誰か、僕の名前を知っていた?」
「知らない」
レンは嘘をつかなかった。
タツオは、自分が礼を求めているように聞こえたことに気づいた。しかし知りたかったのは、それだけではなかった。
先生は、その薬のことを知っていたのだろうか。
自分が解いた問題の先に人がいると、一度でも教えられていたら。
レンは言った。
「これが、七分の元か」
「同じ考え方だよ」
「なら、助かったのは二度目だな」
許すという言葉ではなかった。仕事の成果を、そのまま返してくれただけだった。
タツオは翌日の面会をミオに頼んだ。先生のところへ直接は行けない。まず、確認できる人へ聞くしかなかった。




