第12話 余白の名前
タワー暦1199年 11/23 | ミナト・住居/事業所
翌日、タツオは保存していた日記を開いた。
何を確かめるつもりだったのかは、わからない。レンを気にかけた記録が、どこかにあればよかったのかもしれない。
四十二年生、タワー暦1191年10月29日。
適切な時間に起き、適切な課題を解いていた日の記録。五十年生まであと八年、とある。卒業後に行く宇宙について、当然の未来のように書いていた。
その途中に、残された同級生のことがあった。
僕にとってもどうでもいい話なのだが。
タツオは画面を伏せた。
八年前なら、レンはすでに二十年、外で暮らしていた。その二十年を、思いつきもしなかった。
日記を最初に書かせたのは先生だった。感情や体調を自分で把握する補助になるという。提出する欄と、自分だけが保存する欄があった。四十二年生のこの記録は、私用の欄に残されている。
先生に褒めてもらうための文章ではなかった。それでも、先生が読みそうな言葉で書いていた。粗悪な学生。適切な指導。成長のための課程。
粗悪とは、どういう意味だったのだろう。
自分で体調の異変を訴える人も、食事の規則に文句を言う人も、同じ語で片づけていた。中には、単に他人を傷つける人もいた。違いを考える必要を感じずに、一つにした。
記録を遡ると、レンと一緒に工作をした日の写真があった。まだ小さい二人が、うまく丸くならなかった球を持っている。レンのほうが笑っていた。
タツオは机の球を取った。形は歪んだままだった。捨てなかったのは、自分の作品だからだと思っていた。それだけだっただろうか。
写真の中のレンに、いま謝っても届かない。今日のレンに話す必要がある。そう思うと、古い記録を探す手が止まった。
画面を戻すと、余白にレンと書かれていた。本文とは別に入力した短い覚え書きだった。書いた理由は思い出せない。
気にかけていた証拠にしたくなった。
けれど、名前を書くだけで、何も尋ねなかったのだ。
昼、事業所でユノから過去の経路資料を渡された。気象条件と実際の待機時間を整理してほしいという。レンは整備区画にいて、挨拶だけを返した。
タツオは作業を始めた。
過去の一期間、外気の変動が一定の間隔で山を作っていた。端末のグラフを見て、指が止まった。
山の形に覚えがある。
自分の研究記録を開いた。四十二年生の演習、観測遅延下の経路更新。そこでは値が単位を持たない比率で示され、時間も区間番号に置き換えられていた。
倍率を合わせると、二つの線が重なった。
完全には重ならない。観測値が欠けた三か所だけ、演習側は補間されている。
タツオは椅子を近づけた。
「ユノ。この記録の出所は」
「ハルカ北方の観測所です。公開済みの過去記録です」
「演習用に加工したものではなく?」
「観測記録です。補正履歴も保存されています」
元データの日付は、演習の三か月前だった。
タツオは変換の手順を紙に書いた。似ているだけで断定してはいけない。ずれも、欠けも記録した。
演習の識別欄に、K17-T42-Bとあった。
ユノに検索を頼もうとして、やめた。自分で公共資料の検索欄へ入力した。
一件の結果が表示された。
地域輸送評価、委託解析一覧。
タツオは息を止めて開いた。




