第11話 空白ではない
タワー暦1199年 11/22 | ミナト・事業所
レンの契約記録を整理していると、修了資格の欄に別課程とあった。
タツオはそこで手を止めた。今なら、昔のことを尋ねられる気がした。昨日は同じ機体で飛び、同じ食堂で食事をした。
「二十年生のとき、何があった?」
レンは部品箱を閉じた。
「前にも話した。外へ移った」
「その前だよ」
沈黙のあと、レンは椅子に腰を下ろした。
体調を崩した同級生がいた。連絡したが、当初の応答は経過観察だった。レンには悪くなっているように見え、許可を待たず境界を越え、別の区画にいた医療担当を呼びに行った。
処置は間に合った。境界を越えたことは、別に記録された。
「それだけで?」
「それだけじゃない。先生に、何で最初に来なかったって何度も聞いた。向こうは手順を説明した。俺は同じことを聞いた。それを繰り返した」
行動指導、別課程への変更、外部生活への移行。どの段階にも説明はあった。だが、通常課程へ戻りたいという訴えへの答えは、準備が整っていない、だった。
「残る仕事は選べなかった?」
「そのための修了条件を満たしていないと言われた」
「異議を申し立てれば」
「出した」
レンは短く答えた。
「何度?」
「数を言えば、足りたことになるのか」
タツオは黙った。適切な手順があれば結果も適切になる、という説明を探していたことに気づいた。
「でも今なら、学び直す方法があるかもしれない。記録を見てもらって」
「何を取り戻すんだ」
「失われた時間を」
レンの顔から表情が消えた。
「ここで二十八年、生きてきた」
「それは、わかってる」
「わかってない。俺の二十八年を、お前が空白にするな」
作業場の換気音が大きく聞こえた。
タツオは傷つけるつもりではなかったと言いたかった。だが、レンの言い方には、自分の五十年間まで否定されたような響きがあった。
「僕は、助けられるかもしれないと思って」
「頼んでない」
「でも、君は卒業していないだろう」
言った瞬間、取り消したかった。
タツオの頭に、別の返事が次々に浮かんだ。僕だって楽をしたわけじゃない。五十年間、毎日勉強した。君が嫌いで尋ねなかったわけじゃない。
どれも自分を守る言葉だった。
レンは、少しも声を荒らげなかった。
「卒業したら、人の話がわかるようになるのか」
答えられなかった。
机の横に、古い工具が吊ってあった。握るところが磨かれて、別の色になっている。二十八年とは、その色が変わる時間だったのかもしれない。タツオには、そこでレンが何を修理したか一つもわからなかった。
「ここに来て最初の一年は、仕事が続かなかった」
レンが言った。
「俺も人の話を聞かなかった。できると思って引き受けて、できなくて、怒られた。手伝ってくれた人がいた。もう会えない人もいる」
タツオは顔を上げた。
「そういうのを全部なくして、学校へ戻せばよかったって言われても、困る」
レンは端末を消した。
タツオは、自分の善意に相手が感謝する場面を、知らないうちに想像していたと気づいた。長く会えなかった友人が、優秀になった自分を頼る。そういう再会なら、自分はもっと簡単に親切でいられただろう。
現実のレンは、すでに自分の暮らしを持ち、逆にタツオへ仕事を渡していた。
レンは立ち上がり、部品箱を持った。
「今日の記録はユノに渡してくれ」
扉が閉じた。激しい音ではなかった。それがなお、最終的に聞こえた。
ユノは隣の机で作業をしていた。
「僕の言い方が悪かった」
「レンへ伝える内容ですか」
「いや」
代わりにわかってもらおうとした自分が、急に恥ずかしくなった。
その日の作業を終え、報酬の確認を受けた。仕事は切られなかった。許されたわけでもなかった。
外へ出ると雨が降っていた。通路の屋根の切れ目で足を止め、濡れずに帰れる経路を探した。
どこを通っても、最後の短い区間には屋根がなかった。




