第10話 宇宙にも利用規約があった
誰も触れていないはずの船内モニターに、白い文字が浮かび上がっていた。
COMMERCIAL USE DETECTED.
琴音は固まった。
次の行。
LICENSE AGREEMENT REQUIRED.
「宇宙に……利用規約?」
有馬の声が通信越しに聞こえた。
「最悪です。商用ライセンスがいるタイプの宇宙でした」
御厨が叫んだ。
「料金体系は!? 従量課金ですか!? 月額ですか!?」
「そこですか!」
黒服の男の声が入る。
「高梨さん、まだ表示が続いています」
モニターに、さらに文字が出た。
LOCAL CIVILIZATION HAS ENTERED BILLABLE INTERFACE.
「請求可能インターフェース……」
琴音は乾いた笑いを漏らした。
次の行。
WELCOME TO OUTER NETWORK.
その瞬間、窓の外の星が揺れた。
いや、星ではない。
星と星の間に、見えないはずの線が走っていた。
光ではない。
通信でもない。
空間でもない。
宇宙と宇宙をつなぐ、更新経路。
外部ネットワーク。
琴音は、理解した。
ラグ・ドライブは、宇宙空間へ出る技術ではなかった。
宇宙の外側にある、計算資源の共有網へ接続する技術だった。
メトロノームが、二度目の一拍を刻んだ。
カチ。
その音に重なるように、通信が入った。
ノイズ混じりの音声。
古い録音のような、若い男の声。
『高梨さん。もし聞こえているなら、成功だ』
琴音の喉が詰まった。
「瀬尾先輩……?」
『ようこそ、外側へ。こっちは広いぞ。あと、利用規約はちゃんと読め。僕は読まずに同意して、三年ほどサポート窓口に回されている』
管制室が騒然となる。
有馬が叫ぶ。
「通信源を特定!」
「できません!」
「因果履歴は?」
「存在しません!」
「未定義現象監査室!」
黒服の男が、落ち着いた声で言った。
「記録しています」
琴音は、笑った。
笑うしかなかった。
地球は遠い。
月も遠い。
けれど、宇宙は思っていたより、ずっと近かった。
それは空間が狭いという意味ではない。
接続先が、多すぎるのだ。
モニターに、新しい表示が出た。
PLEASE SELECT PLAN.
その下に、三つの選択肢。
FREE
PRO
ENTERPRISE
御厨の悲鳴が通信に乗った。
「Enterpriseは高い! 絶対高い!」
有馬が叫んだ。
「押さないでください! 何も押さないで!」
黒服の男が言った。
「高梨さん、慎重に」
琴音は、メトロノームを見た。
カチ。
カチ。
カチ。
放課後の物理準備室から、ここまで来た。
メトロノームの一拍の遅れから、宇宙の外側まで。
胸ポケットの中で、瀬尾先輩の便箋が、ほんの少し温かい気がした。
琴音は、ゆっくりと笑った。
「瀬尾先輩」
『何?』
「無料枠でどこまで行けます?」
通信の向こうで、瀬尾が笑った。
『いい質問だ。君ならそう聞くと思ってた』
琴音は、選択肢を見つめる。
人類は、火を使った。
蒸気を使った。
原子力を使った。
情報を使った。
そして今、宇宙のラグを使おうとしている。
きっとまた、失敗する。
間違える。
請求される。
怒られる。
それでも進む。
ならば必要なのは、進まない勇気ではない。
安全な失敗の仕方だ。
琴音は、まだ何も押さなかった。
ただ、窓の外の星々を見た。
星と星の間に、無数の経路が見えていた。
まだ誰も知らない航路。
まだ誰も払っていない料金。
まだ誰も読んでいない利用規約。
放課後は、まだ終わっていなかった。
第一章 完




