第48話:国益という言葉
獄での面会から二便目の輸出が発ち、三便目の支度も整った。工房は忙しく、あの日の重い話を皆で少しずつ日々の中に沈めていくところだった。
王都に戻ると、工房の受注簿が、目に見えて薄くなっていた。
「三割、落ちています」
レナール様が、帳面を見せながら言った。
「先月まで注文をくださっていた貴族筋の、半分近くが、今月は音沙汰がありません」
「理由は」
「聞いて参りました。──『デュラン工房は、王国の技を国外へ流している』と」
噂の出所は、すぐに分かった。ギルド連合の臨時集会で、副議長オーブリーが、その言葉を公に口にしたのだという。
「王国の意匠が、他国の市場で真似られている。その真似の元を辿れば、輸出という名の技術流出に行き着く。……看過できることではありません」
オーブリーの演説は、集会の記録として、私たちの手元にも回ってきた。
筋は通っている。輸出をしたから意匠が国外に知られた。知られたから真似が生まれた。そこだけを見れば正しい話に聞こえる。
「正しく、聞こえますわね」
「聞こえます。事実の半分だけを使えば」
レナール様は、苦い顔で言った。
「アシャール商会の型は、二十年前から存在していました。うちが輸出を始めるより、ずっと前です。真似の元は、うちの輸出ではありません」
「では、なぜ、今」
「今、言うのがいちばん効くからです」
彼は、帳面を閉じた。
「輸出が話題になっている今なら、国益という言葉が、いちばん人の耳に入りやすい」
私たちは、ギルド会館へ足を運んだ。
議場の前で、オーブリー副議長が待っていた。恰幅のいい五十がらみの男である。ゴーティエとは違う種類の圧を体全体から放っていた。
「デュラン殿。奥方様。──ご説明を、伺いに参られたか」
「ご説明は、伺わなくても結構です」
レナール様が言った。
「ですが、事実の順番を、正しくお伝えしたいと思って参りました」
「事実の順番」
背後で、親方が小さく舌打ちした。この人が議場に付いてくることは滅多にないが、今日ばかりは黙っていられなかったらしい。
「オルレアの模倣品は、二十年前から存在します。私どもの輸出とは、無関係です」
「無関係とは、言い切れますまい」
オーブリーは鷹揚に笑った。ゴーティエと同じ笑い方だった。この工房にとって、この笑い方は、いつも敵の合図らしい。
「輸出が始まってから、噂が広まったのは事実だ。順番の話をしても、市井の者には届きませんぞ」
「では、あなたは」
私は、口を挟んだ。
「事実より、噂の広まり方のほうを、重んじていらっしゃいますの」
「わたしは、王国の技を守りたいだけです」
「守るために、何をなさいますの」
オーブリーは、しばらく言葉を選ぶように黙った。
その間が私には、答えを既に持っている人の間に見えた。用意していた台詞を、ちょうどいい重さで出す間。ゴーティエの談合とは違う。この人は正しさを武器の形に整えるのが、たぶん得意なのだ。
「輸出の枠を、制限させていただきます。連合の裁量で」
オーブリーは静かに、しかしはっきりと言った。
「デュラン工房の輸出量を、当面、現状の半分までに」
「──それは」
「決まったことではありません。連合の議に、諮る話です。ただ、わたしは、諮る側の一人として、その方向で動きます」
議場を出てから、私はしばらく口が利けなかった。
輸出は順調に伸びていた。四百基の約束まで、あと少しのところまで来ていた。それが根拠の薄い噂ひとつで、半分に削られようとしている。
「レナール様」
「はい」
「あの方は、本気で国を思っていらっしゃるのかしら。それとも」
「それとも、選挙のための旗印か」
彼は、正確に私の疑問を引き継いだ。
「連合議長選が、近づいています。ゴーティエが失脚してから、議長職は空席のままです。……オーブリー殿は、その椅子を狙っている一人です」
「国益は、旗印」
「旗印です。旗印であっても、掲げれば人は集まります。──厄介なのは、そこです」
私たちは、しばらく無言で王都の通りを歩いた。
輸出を止めれば、国内の噂は静まるだろう。けれどそれは、オルレアの家庭に届きはじめた灯りをまた閉ざすことになる。国境で止まらなかった意匠が、今度は内側の声で止められる。
「止めたく、ございませんわね」
私が言うと、レナール様は頷いた。
「止めません。……ただ、正面から戦うだけでは、票の数で負けます」
「では」
「一つ、心当たりがございます」
彼の目に、あの早口の予兆が浮かんだ。
「オーブリー殿は、票の話をしています。票を数える相手は、理事と、有力な商会主だけではありません」
「まだ、おりますの」
「職人票です。──ギルド共済金庫に掛け金を払う、すべての職人が、実は票を持っています。ただし、掛け金を払っていない者は、票を持てない」
「その仕組みは」
「今まで、ほとんど使われたことがありません。使う職人が、いなかったからです」
彼は、静かに言った。
「エステル様。共済金庫の名簿を、当たってみませんか」
「あの、初夜に伺った、返済先の金庫ですのね」
「そうです。うちの初期負債も、あそこへ返してきました。──あそこに払っている職人は、うち以外にも、王都中に数百人います」
「その方々が、票を」
「持っています。持っていることを、たぶん、ご本人たちもよく知りません」
彼は帳面に「共済金庫・名簿」と書き足した。字が、いつもより少し勢いづいて見えた。この工房を守る戦いが、また一つ、新しい場所で始まろうとしていた。
第49話「もっと高く売れるとき」。名簿を当たり始めた矢先、応接に、思わぬ客が座っておりました。
正論で殴られる回です。ブックマークが、逆風の中の追い風になります。




