第47話:獄の証言
王都の獄は、街の外れの古い塔だった。面会の許しを得るのに、五日かかった。理事会の口利きがなければ、もっとかかっていただろう。
待つあいだ、私は何度も、塔を訪ねる自分を想像した。
怒りをぶつける自分。涙ながらに問い詰める自分。──どの想像もうまくいかなかった。二十年前の真相を前にして、どんな顔をすればいいのか私にはまだ分からなかった。
「無理に、行かなくてもよろしいのですよ」
出立の朝、レナール様がそう言った。
「わたくしが参りますわ」
「なぜ、そう思われるのです」
「母の名誉のために、わたくしはこの一年、ずっと戦って参りました。……最後まで、逃げるわけには参りませんもの」
彼はそれ以上、止めなかった。案内された面会室は、石の壁と、鉄格子だけの狭い部屋だった。格子の向こうに、ゴーティエがいた。
鷹揚だった体は、心なしか一回り小さくなっている。それでも格子越しに私を見た目には、まだあの日の笑みの名残があった。
「──これは。誰かと思えば」
「ゴーティエ様」
「様、はやめていただきたいな。もう議長ではない」
彼は、乾いた声で笑った。
「わざわざ、こんな場所へ。娘の顔を見に来たかね。それとも、まだ何か、こちらから搾り取るものが残っているとお思いか」
「二十年前の話を、伺いに参りました」
彼の目が、ほんの一瞬、鋭くなった。
「──ほう」
「オルレアで、母の意匠が売られておりました。継ぎ目を裏へ回す型です。売主の署名は、母のもの。ですが、取引は代理人を通じて行われたと聞きました」
「それが、何か」
「その代理人の風貌が、あなたに似ていると」
沈黙が、面会室に落ちた。ゴーティエは、しばらく格子を握ったまま、動かなかった。
「……売った」
ようやく出た声は、小さかった。
「わたしが、売った」
「母の同意は」
「無い」
あっさりと、彼は言った。
「エレーヌの署名は、審査記録から抹消するときに、控えとして手元にあったものを使った。……二文字だけの銘だ。写すのは、造作もない」
私は膝の力が抜けそうになるのを、堪えた。
「なぜ、そんなことを」
「金だ」
彼は、格子越しに私を見た。
「エレーヌの意匠を握り潰したとき、わたしは、ただの嫉妬でやったと思われている。それも間違いではない。だが、それだけでは、あの図面を潰す理由にはならなかった」
「では」
「潰して、隠して、それから、静かに売る。──潰した意匠は、二度と世に出ない。世に出ない意匠は、盗んでも誰にも分からない」
彼の声に、恥じる色はなかった。
「あのころ、わたしの議長職は、危うかった。談合の穴が、少しずつ見つかりはじめていた頃だ。金が要った。……エレーヌの意匠は、王国の中では二度と使えなくしておいて、海の向こうで売る。それが、いちばん足のつかない金の作り方だった」
「母は」
「知らない」
彼は、断言した。
「エレーヌは、最後まで知らなかった。自分の意匠が、抹消されただけでなく、売られてもいたことを。──知らせなかった。知らせれば、わたしの首が飛ぶ」
私は、ようやく息を吐いた。母は、自分で売ったのではなかった。安堵と、それを上回る怒りが、同時に体の中を巡った。
「……あなたは」
声が震えた。
「母の名誉を、二度、汚したのですわね。一度は、記録から消して。一度は、他人に売って」
「そうなる」
ゴーティエは、目を逸らさなかった。
「今さら、詫びるつもりはない。詫びて済む話ではないのは、わたし自身がいちばんよく分かっている」
「では、なぜ、正直にお話しになりましたの」
「──獄の中で、することがないのでね」
彼は、乾いた笑みを浮かべた。
「それに。娘に嘘をつくことにも、いい加減、飽きたよ」
私は、しばらく彼の顔を見ていた。
憎むべき相手のはずだった。それなのに目の前の老人は、ただ小さく力のない顔をしているだけだった。憎しみを向ける先が、思ったより頼りない。
「エステル」
塔を出ようとした私の背に、彼が呼びかけた。様、をつけなかった。二十年ぶりに聞く、呼び捨ての響きだった。
「一つだけ、聞いてくれ」
「……なんですの」
「エレーヌの意匠は、本物だった。二十年間、誰にも真似のできない本物だった。──わたしは、それを潰すのに、金と権力の全部を使った。それでも、潰しきれなかった」
彼は、格子に額を押し当てた。
「今日、公開比較の話を、獄の中でも聞いた。……あの意匠が、まだ生きていると聞いて、わたしは、正直、安堵した。潰したはずのものが、生きていることに、安堵した。──おかしな話だろう」
「おかしゅうございますわ」
「ああ。おかしい」
彼は、力なく笑った。
「──失礼いたします」
私は、一礼して背を向けた。
振り返らなかった。振り返れば赦してしまいそうな気がした。赦しはこの人が求めているものではないし、私が与えられるものでもない。
塔を出ると、レナール様が待っていた。
「聞こえましたわね」
「聞こえました」
彼は私の手を、そっと取った。
「オルレアへ、参りましょう。アシャール氏に会って、この話を伝えます。……そして、王都に戻る前に、片づけなければならないことが、もう一つございます」
「なんですの」
「国内です」
彼の顔が、初めて曇った。
「輸出が広まってから、王都の商人たちの間で、良くない噂が立ちはじめています。──『デュラン工房は、王国の技を国外へ流している』と」
第48話「国益という言葉」。輸出の成功が、国内では逆風になりはじめています。
獄中の証言でした。☆評価が、次の一歩の後押しになります。




