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契約結婚の初夜、旦那様は花束ではなく帳簿を持ってきました 〜愛のない政略夫婦、傾いた灯り工房を二人で立て直します〜  作者: 雪乃フィオナ


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第42話:合法の偽物

 アシャール灯火商会の本店は、オルレアの市場の中心にあった。


 間口が、うちの工房の三倍はある。硝子張りの棚に、何十という灯りが並び、朝から客の出入りが絶えない。


「……盛況ですこと」


「盛況です」


 レナール様の声は、平らだった。平らすぎて、かえって身構えているのが分かる。


 店の奥、いちばん目立つ棚に、それはあった。


 満月灯。うちのものと、見分けがつかない。重ねの段数、硝子の厚み、台座の縁の削り方。すべてが、うちの月光灯の寸法と一致していた。


 値は、うちの六割。


「──いらっしゃいませ」


 店の奥から、恰幅のいい男が出てきた。歳のわりに肌艶がよく、指には金の指輪が三つ。歩き方に、隙がない。


「ドニ・アシャールと申します。当店へは、初めてでいらっしゃいますね」


「デュラン魔導灯工房の者です」


 レナール様が名乗ると、アシャール氏の目が、ほんの一瞬、面白がるように動いた。


「──ああ。噂の。オルレアで急に評判になっている、あの工房様」


「棚のこの灯り、拝見してもよろしいですか」


「どうぞどうぞ。当店の看板品でございます」


 私はその灯りを手に取った。


 重さも、光も、感触も、うちの品とほとんど変わらない。継ぎ目の位置だけが違う。うちは母の型どおり裏へ回す。この灯りは、正面から見える横だった。


「同じ形の品を、王国でも作っておりますの」


「ええ。存じております」


 悪びれもしなかった。


「灯りの形というのは、そう何十通りもございません。似ることは、よくございます」


「似すぎておりませんこと」


「奥方様」


 アシャール氏は、初めて笑った。商人の笑い方だった。


「うちの国の紙は、うちの国では紙でございます。……そちらの国で登録なさった紙が、オルレアで何を証明できるとお思いですか」


「何も、証明できませんわ」


「ご存じでいらっしゃる」


「ですから、伺っておりますの。証明できるものが何もないと知ったうえで、あなた方は、この形をお選びになったのかと」


 アシャール氏は答えなかった。答えの代わりに、棚から別の一基を取って見せた。


「うちの品を、一つご覧に入れましょう」


 それは、満月灯ではなかった。


 見たことのない型だった。台座が二重になっていて、光が二段の輪になって広がる。うちの意匠にはない工夫だった。


「これは、うちが独自に考えたものです。──真似だけをしているわけではございません、と申し上げたいのです」


「では、なぜあちらは真似をなさいますの」


「儲かるからでございます」


 あっさりした返事だった。


「奥方様。商いというのは、そういうものです。うちがこの国でいちばんの灯火商になったのは、良いものを見て、良いところだけ頂いて、それを安く量産する力があったからでございます。──恥じておりません」


 レナール様が、静かに口を挟んだ。


「では、こちらもお伺いします。うちの意匠を分解して寸法を写した職人は、うちの中の者ですか、それとも」


「さあ」


 アシャール氏は、肩をすくめた。


「うちで買った客が持ち込んだのか、うちの職人が市場で見て写したのか、わたくしも存じません。──ただ一つ、申し上げられることがございます」


「なんでしょう」


「灯りというものは、この国に届いた瞬間から、この国のものになります。誰が最初に作ったかは、この国では、大して重い話ではないのでございます」


 私は、灯りを棚に戻した。


 手の中の感触が、まだ残っている。母の手つきが、他人の名で、他人の店で、当たり前の顔をして並んでいる。


 アシャール氏は棚から新しい皿を取り出し、茶を勧めてきた。


「奥方様。どうか、悪人を見るような目でご覧にならないでください」


「では、どのような目で見ればよろしいの」


「商人を見る目で、結構でございます」


 彼は、自分の店を見回して言った。


「わたくしは、二十五の年、行商から始めました。灯り一つ担いで、村から村へ。良い品を見つけたら、真似て、改良して、安く売る。──それだけを、四半世紀続けてまいりました」


「良心は、お持ちでないのかしら」


「持っております。ただし、わたくしの良心は『良い灯りを、多くの家に届ける』ことに向いております。──誰の名で作られたかは、その良心の勘定には入っておりません」


 レナール様が、それまでの沈黙を破って口を挟んだ。


「奥方の母君は、二十年前にお亡くなりです。あなたの看板品は、十八年前から売られている」


「……ずいぶん、お調べで」


「調べます。うちの帳簿です」


 アシャール氏の表情が、初めてわずかに動いた。店を出る前、私は棚の隅にもう一つ、目を留めた。


 台座に二重の輪を持つ、見慣れない型がある。アシャール氏が独自に考えたと言っていたものと、同じ系統の品らしい。値は月光灯の倍近い。


「これも、あなたの意匠ですの」


「三年前の作でございます。うちにも、真似だけでない品はございます」


「よくお売れになって」


「売れます。ただし、値が張るぶん、月に十基がせいぜいです」


 商人としての正直さだけは、この人にはあるらしい。真似た品は安く速く売れ、独自の品は高く緩やかにしか売れない。それが、この店の内実なのだろう。


「アシャール様」


「はい」


「あなたの商会が扱っている品の中に」


 私は、声が震えないよう気をつけて続けた。


「二十年ほど前から、変わらず売れ続けている型がございますでしょう。継ぎ目を裏へ回した、地味な卓上灯」


 アシャール氏の目が、初めて面白がる色を消した。


「──ずいぶん、古い型をご存じで」


「知っております」


「あれは、当商会の礎になった品です。あの型がなければ、今のうちはございません」


「どちらで、お求めになりましたの」


 アシャール氏は、私をしばらく見ていた。値踏みするような、それでいて、どこか懐かしむような目だった。


「──奥方様。あなた、あの型を作った者に、少し似ておいでですね」

第43話「引き抜き」。工房の内側が、静かに揺れはじめます。誘われたのは、あの子でした。

合法の模倣という、いちばん厄介な敵の登場です。ブックマークが励みになります。

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